飜弄ほんろう)” の例文
新字:翻弄
ここまで考えると、純一の心のうちには、例の女性に対する敵意がきざして来た。そしてあいつは己を不言の間に飜弄ほんろうしていると感じた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「同感々々、全くお説の通りですよ。———それで何ですか、その連中はみんなナオミに飜弄ほんろうされて、互に知らずにいたんですか?」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あなたの天才的頭脳に飜弄ほんろうされて、単純な夢遊病の発作と信じてしまったに違い無いと思って、人知れず身ぶるいをしたくらいです
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、浮袋につかまって、巨浪に飜弄ほんろうされているのとちがって、飛沫ひまつを浴びることもなければ、手足を動かすこともいらない。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
奇智紳士を飜弄ほんろうす 暫くするとその紳士と老僧が私の所へ尋ねて来まして「時にあなたはシナ人であるというがシナはどこか。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
君とあの賊とが気を合せて、僕達を飜弄ほんろうしている。というような感じがするのです。君の想像は、まるで神様のように的中する。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
白痴ばかのくせに妹分のお駒に懸想して、蚯蚓みゝずののたくつたやうな手紙を書いて、人の惡いお駒に飜弄ほんろうされて居たことが判つた位のものでした。
これを思うさま飜弄ほんろうしてやるということは、単に空想するだけでも愉快なのだが、私にはどうも生得大学生というものがひどく苦が手なのだ。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
温和しい妻が夫人のために、どんなに云いくるめられ、どんなに飜弄ほんろうされているかも知れぬと思うと、一刻も逡巡しゅんじゅんしているときではないと思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
武士は戦争の商売人だが、農民の鉄砲戦術に飜弄ほんろうされた。しかもそれが拙劣な戦法によることを悟らないのである。
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
同時に又彼自身の中の予言者は、——或は彼を生んだ聖霊はおのづから彼を飜弄ほんろうし出した。我々は蝋燭らふそくの火に焼かれる蛾の中にも彼を感じるであらう。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その富と不良な好奇心とをもつて異邦の若き女子を飜弄ほんろうする事を恥ぢない英米の偽善的男子であると想像する。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
それから早くも五十年——。今は回顧するもいやだ。私の回顧は自己嫌悪と悔恨と社会に対する憎悪ぞうをと運命の飜弄ほんろうにいきどほりをよびさますものにすぎないからである。
老残 (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
すると、宗助そうすけにはそれが、眞心まごゝろあるさいくちりて、自分じぶん飜弄ほんろうする運命うんめい毒舌どくぜつごとくにかんぜられた。宗助そうすけはさう場合ばあひにはなんにもこたへずにたゞ苦笑くせうするだけであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
鳴雪翁は短評を以て人を揶揄やゆしたり、寸言隻語すんげんせきごを加へて他の詩文を飜弄ほんろうしたりすることはむしろ大得意であつたのであるが、今この俳句選の評を見ると如何にも乳臭が多くて
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
慧鶴はこんな、さまざまな今までには覚えたことのない気持に飜弄ほんろうされながら坐禅を続けた。続けざるを得なかったのだ。富士と自分は、いま絶体絶命の試錬を受けつつあるのだ。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それはエーテルの大海おおうみに、木の葉のように飜弄ほんろうせられるシグナルでありました。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼は散々に飜弄ほんろうせられけるを、劣らじとののしりて、前後四時間ばかりその座を起ちもらでさかんに言争ひしが、病者に等き青二才とあなどりし貫一の、陰忍しんねり強く立向ひて屈する気色けしきあらざるより
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
到底たうてい自分は此の苦境を逃がれることの出来ぬ何等過去の業果と思ふから、此の肉体をば餓鬼がきの如き男子の飜弄ほんろうに一任するが、かし郎君あなた良人をつとと思ふ心にかつて変動を見たることの無いのは
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
風も無いのに海がにわかに荒れ出して、船は木の葉の如く飜弄ほんろうせられ、客は恐怖のために土色の顔になって、思う女の名を叫び出し、さらばよ、さらばよ、といやらしくもだえて見せる者もあり
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
彼は蕩揺する波に全く飜弄ほんろうされつつある。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
その秘密がこの事件の裏面に潜んでいて、二人を自由自在に飜弄ほんろうしているために、こんな矛盾を描きあらわす事になったのではないか……待てよ……。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
手記にれば、青年を飜弄ほんろうし、彼をして、形は奇禍であるが、心持の上では、自殺を遂げしめた彼女なる女性が、瑠璃子夫人であるようにも思われた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ナオミのやつ、顔が剃りたいのでも何でもないんだ、おれ飜弄ほんろうするつもりで湯にまで這入って来やがったんだ。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あやしい含み笑ひ、香氣馥郁ふくいくたるものを殘して、女は何處ともなく消えてしまひました。錢形平次はまさに、不用意に近づいたばかりに、存分に飜弄ほんろうされた形です。
池内が気の毒にさえ思われた。芙蓉は、池内に対しては、普通の人気女優らしい態度で、意地悪でもあれば、たかぶっても見せた。相手を飜弄ほんろうする様な口も利いた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
松永弾正だんじやう飜弄ほんろうした例の果心居士くわしんこじと云ふ男は、この悪魔だと云ふ説もあるが、これはラフカデイオ・ヘルン先生が書いてゐるから、ここには、御免をかうむる事にしよう。
煙草と悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕も、水夫も、巨浪に飜弄ほんろうされながら、懸命に、本船から遠ざかろうと努めた。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
どんなに、相手が美しい夫人であるとは云え、男性たるものが、こうも手軽に、人形か何かのように飜弄ほんろうせられることは、何うにもたまらないことだと思った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
滅茶々々に飜弄ほんろうした女、それは四千五百石取の大旗本の妾お勝が、たま/\奔放な野性のおもむくまゝ、名題の錢形平次をもてあそんだ積りの惡戯いたづらに外ならなかつたのでした。
宗俊は、斉広が飜弄ほんろうするとでも思ったのであろう。丁寧な語のうちに、鋭い口気こうきを籠めてこう云った。
煙管 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何十人という警官隊が、このたった一挺のおもちゃのピストルの為に、思うがまま飜弄ほんろうされたかと思うと、馬鹿馬鹿しさ、口惜くちおしさに、笑いどころではなかったのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「しかし、あの人をなぜ呼び戻すのだ!」前川は、全く夫人に、飜弄ほんろうされている形だった。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
これだけ曲者に飜弄ほんろうされると、我慢の角も折れて、錢形平次が唯一の頼りだつたのです。
そして、服装による一種の錯覚から、さも自分が妲妃のお百だとか蟒蛇およしだとかいう毒婦にでもなった気持で、色々な男達を自由自在に飜弄ほんろうする有様を想像しては、喜んでいるのです。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
のみならず金は必しも我々人間を飜弄ほんろうする唯一の力ではないのである。
あんじょう、彼はこの事件では、一時はまったく犯人のため飜弄ほんろうされ、死と紙一重かみひとえ瀬戸際せとぎわまで追いつめられさえした)のみならず、彼がこの事件に乗気のりきになったのには、もう一つ別の理由があったのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
所が、同僚の侍たちになると、進んで、彼を飜弄ほんろうしようとした。
芋粥 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)