逍遙しょうよう)” の例文
しかし私は途中でこのあてなしの逍遙しょうようを切り上げもう一ぺん元の所へ立ち帰り「前句」の場面に立ちもどってしかとこれを見直してみる。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、いつもの逍遙しょうようの癖から二度目にベンチに近寄った時、注意深く彼女をながめた時、彼はそれがやはり同じ人であることを認めた。
八月十六日以来、謙信は只々山上を逍遙しょうようして古詩を咏じ琵琶を弾じ自ら小鼓をうって近習に謡わせるなど余裕綽々しゃくしゃくであった。
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『月光をしてなんじ逍遙しょうようを照らさしめ』、自分は夜となく朝となく山となく野となくほとんど一年の歳月を逍遙に暮らした。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
エマルソン言えることあり、最も冷淡なる哲学者といえども恋愛の猛勢に駆られて逍遙しょうよう徘徊はいかいせし少壮なりし時の霊魂が負うたるおいめすまあたわずと。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
前後撞着どうちゃく、意気沮喪そそう逍遙しょうよう、頭の中だけの恋愛、そんなことに時間と力とを無駄むだに費やしては、数か月の努力勉強をもたえず駄目にしてしまっていた。
新しい薔薇戦争の勃起する魅力がそこにある。黄浦口コウホコウにのぞんだパブリック・ガーデン、そこでは四十幾種類かの人種がプラタナスの木蔭を逍遙しょうようしている。
新種族ノラ (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
そのなかを、おしのびの南町奉行大岡越前守忠相、自邸の庭でも逍遙しょうようするように片手を袖に悠然と縫ってゆく。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そうして木の葉の網目あみめる日光が金の斑点はんてんを地に落すあの白樺しらかばの林の逍遙しょうよう! 先生も其処に眠って居られる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ある日の午後、庸三と葉子はまだ秋草には少し早い百花園を逍遙しょうようしていたが、楽焼らくやきに二人で句や歌を書きなどしてから、すぐ近くの鳥金へ飯を食べに寄ってみた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
客観的には憎ったらしい程図々ずうずうしく、しっかりとした足どりで、歩いたらしい。しかも一つ処を幾度も幾度もサロンデッキを逍遙しょうようする一等船客のように往復したらしい。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
一日も早くあすこから『この土手に登るべからず』という時代遅れの制札が取除かれ、自由に愉快に逍遙しょうよう漫歩まんぽを楽しみ得るの日の来らんことを鶴首かくしゅしている次第である。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
今日の日曜を野径のみち逍遙しょうようして春を探り歩きたり。藍色あいいろを漂わす大空にはまだ消えやらぬ薄靄うすもやのちぎれちぎれにたなびきて、晴れやかなる朝の光はあらゆるものに流るるなり。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
それは遊びであり、また休息であり、逍遙しょうよう徒渉としょう、掘ること、捕えること、ねそべること、泳ぐことであった——壇の上の婦人たちに見張られ、呼びかけられながらである。
そして葉子が家の中をいやが上にも整頓せいとんして、倉地のために住み心地ごこちのいい巣を造る間に、倉地は天気さえよければ庭に出て、葉子の逍遙しょうようを楽しませるために精魂を尽くした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
嘯詠吟哦しょうえいぎんがあるい獅子しし繍毬しゅうきゅうろうして日を消するがごとくに、その身を終ることはこれ有るべし、寒山子かんざんしの如くに、蕭散閑曠しょうさんかんこう塵表じんぴょう逍遙しょうようして、其身をわするゝを可きやあらずや、疑う可き也。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
墳墓の土地の風景と、濶歩かっぽした城廓の姿と——そして、それらの人に混って、自分もまたそこに逍遙しょうようしていた。大小を腰に挾み、麻がみしもに威儀をただして大広間に進んでいた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
冬の一番の眺めは雪の降った中に数多あまたの鶴が逍遙しょうようして居るのを見るのですが、ラサ府では雪が降っても大抵二、三日で融けてしまう。その雪も一尺以上積もるということは稀です。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
夕べの観経かんきんの前のいっときを、気まま身ままに、いと悩みなく逍遙しょうようしていたのです。
御歯黒蜻蛉おはぐろとんぼが、鉄漿かねつけた女房にょうぼの、かすかな夢の影らしく、ひら/\と一つ、葉ばかりの燕子花かきつばたを伝つて飛ぶのが、此のあたり御殿女中の逍遙しょうようした昔の幻を、さびしく描いて、都を出た日
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
破れたまがきの前に座して野菊と語った陶淵明とうえんめいや、たそがれに、西湖せいこの梅花の間を逍遙しょうようしながら、暗香浮動の趣に我れを忘れた林和靖りんかせいのごとく、花の生まれ故郷に花をたずねる人々である。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
文学は伝記にあらず、記実にあらず、文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながらその理想は天地八荒のうちに逍遙しょうようして無碍自在むげじざいに美趣を求む。羽なくして空にかけるべし、ひれなくして海に潜むべし。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
今夜やって来て逍遙しょうようしていたところ、民弥が屋敷からあらわれた。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
われわれ階級の生活に許される程度のわずかな面積を泉水や植え込みや石燈籠いしどうろうなどでわざわざ狭くしてしまって、逍遙しょうようの自由を束縛したり
芝刈り (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
物語がようやくここまで進んできた時、すなわちこの二年目に、マリユスのリュクサンブール逍遙しょうようはちょっと中絶した。
ふたたび彼は野の逍遙しょうようを始めた。そして不可抗の力でベルトルトの農家の方へ引きつけられた。しかし中へははいらなかった。近寄ることもしかねた。遠くからその周囲を回った。
それ手を取れ足を持ち上げよと多勢おおぜい口々に罵り騒ぐところへ、後園の花二枝にし三枝はさんで床の眺めにせんと、境内けいだいあちこち逍遙しょうようされし朗円上人、木蘭色もくらんじき無垢むくを着て左の手に女郎花おみなえし桔梗ききょう
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
フォート区に馬車が出ると各国の若い男女が街路樹の下を腕をくんで逍遙しょうようしている。夜遊びした孟買女学校の生徒が茶色の肩掛で顔を包んで皮膚には香気ある花を飾って帰途を急いでいる。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
あの時は山羊やぎのごとくしかり山野泉流ただ自然の導くままに逍遙しょうようしたり。
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その屋敷を眺めながら、六人の男女が逍遙しょうようしていた。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ぶらぶらとその辺を逍遙しょうようしておりました。
四 深林の逍遙しょうよう、其他
若菜集 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
その日サン・クルーのマロニエの木の下を逍遙しょうようしていると、朝の十時ごろ彼らが通るのを見かけた、そして三女神カリテスのことを思い出して叫んだ
乾坤けんこんの変であるが、しかもそれは不易にして流行のただ中を得たものであり、虚実の境に出入し逍遙しょうようするものであろうとするのが蕉門正風のねらいどころである。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
かくて子供は音響の森の中を逍遙しょうようする。自分のまわりに無数の知らない力を感ずる。それらの力は彼を待受け、彼を呼びかけ、そして彼を愛撫あいぶせんとし、あるいは彼を呑噬どんぜいせんとする……。
この夕は空高く晴れて星の光もひときわあざやかなればにや、に入りてもややしばらくは流れのほとり逍遙しょうようしてありしが、ついに老僕をよびて落ち葉つみたる一つへ火を移さしめておのれは内に入りぬ。
(新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは彼女が、ルブラン氏を促してベンチを去り道を逍遙しょうようした幾日かのうちの、ある日のことだった。晩春の強い風が吹いて篠懸すずかけの木のこずえを揺すっていた。
先頭の人影は年取った市民らしく、少し前かがみに何か考え込んでいて、ごく質素な服装をし、老年のせいかゆっくり歩いて、星明りの夕を逍遙しょうようしてるもののようだった。