“譫言（うわごと）” の例文
ムニャというような譫言（うわごと）を発するの余裕ある先生を、米友は呆れ返りもし、また、それとなく敬服もしているようなあんばいでした。
大菩薩峠：36 新月の巻 (新字新仮名) ／ 中里介山(著)
それは譫言（うわごと）のような、魘されているような声であった。よろめきながら立ち上り、よろめきながら前へ進み、松女は近々と顔を寄せた。
仇討姉妹笠 (新字新仮名) ／ 国枝史郎(著)
そんなに強（し）いるなら仕方がない。私はね、心に一つ秘密がある。痲酔剤（ねむりぐすり）は譫言（うわごと）を謂（い）うと申すから、それがこわくってなりません。
外科室 (新字新仮名) ／ 泉鏡花(著)
胴の間に横えられた彼女は、手足をもがいて、譫言（うわごと）の様にわめき続けていたが、遂に力尽きたか、グッタリと静まってしまった。
黄金仮面 (新字新仮名) ／ 江戸川乱歩(著)
お神はそう言って涙を拭（ふ）いたが、昏睡（こんすい）中熱に浮かされた銀子は、しばしば呪（のろ）いの譫言（うわごと）を口走り、春次や福太郎が傍（そば）ではらはらするような
縮図 (新字新仮名) ／ 徳田秋声(著)
年わかい女は、可哀そうに、その悲しみに打ちのめされて、どッと床（とこ）に臥就（ねつ）いてしまい、六週間と云うものは譫言（うわごと）ばかり云いつづけていた。
狂女 (新字新仮名) ／ ギ・ド・モーパッサン(著)
「ボーイがやっと意識を回復したようですが。……どうもヒステリーの被告みたいに、神経性の熱を四十度も出しやがって譫言（うわごと）ばかり……」
暗黒公使 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
彼女は、昨日今日生理的に持ち堪えきれず、譫言（うわごと）に出そうになった内心の苦しさ、自由な生活への憧れを、その手紙へ吐露したのであった。
伸子 (新字新仮名) ／ 宮本百合子(著)
かと思えば、高度の大熱に、こんこんとして、「基氏（もとうじ）か、何しに来た？」と譫言（うわごと）に言ったり、また「筑紫（つくし）はどうした、義詮（よしあきら）はまだ返らんか」
私本太平記：13 黒白帖 (新字新仮名) ／ 吉川英治(著)
喚（わめ）く、怒る、譫言（うわごと）をいう、人を怒りつける、大声あげてあんあんと泣く、したい放題のことをして最早遠慮も何もする余地がなくなって来た。
病牀苦語 (新字新仮名) ／ 正岡子規(著)
その夜半（よなか）から大原の熱がいよいよ高くなって、ときどきに譫言（うわごと）をいうようにもなったので、家内の者も捨て置かれないので医者を呼んで来た。
鐘ヶ淵 (新字新仮名) ／ 岡本綺堂(著)
「なに分にも、肝腎（かんじん）のお美代坊が譫言（うわごと）ばかりいうていて、なかなか正気づかんのじゃから、どこでどんな目に遭ったのか皆目分らせんのじゃ」
地球盗難 (新字新仮名) ／ 海野十三(著)
その後間もなくシャクは妙（みょう）な譫言（うわごと）をいうようになった。何がこの男にのり移って奇怪（きかい）な言葉を吐かせるのか、初め近処の人々には判（わか）らなかった。
狐憑 (新字新仮名) ／ 中島敦(著)
一時の感情とはいえ譫言（うわごと）のような言葉に興奮して、殺人罪まで犯すようになった自分の愚さに思い至ると、全身恥と悔のために冷汗をかきます。
消えた霊媒女 (新字新仮名) ／ 大倉燁子(著)
真の絶望というものは、ただ、人を痴呆（ちほう）状態に置く。脱力した状態のままで、ただ何となく口に希望らしいものを譫言（うわごと）のようにいわせるだけだ。
母子叙情 (新字新仮名) ／ 岡本かの子(著)
今日でまる三日の間、譫言（うわごと）ばかり云っている君の看病で、お敏さんは元より阿母（おかあ）さんも、まんじりとさえなさらないんだ。
妖婆 (新字新仮名) ／ 芥川竜之介(著)
と、そこはお梅どんにあんじょういわして、二日でも三日でもじいッとしたなりで、寝たふりしながら譫言（うわごと）いうたり
卍 (新字新仮名) ／ 谷崎潤一郎(著)
それが陶酔の頂点に於ける譫言（うわごと）だつた。その陶酔の頂点に於て目が怒りに燃えてゐる。常に変らざる習慣だつた。なんといふことだらう、と私は思ふ。
いづこへ (新字旧仮名) ／ 坂口安吾(著)
「神様が逢わせて下すったのだ」と譫言（うわごと）をいう。が、すぐさま眼をあいて、暗闇のなかで水を手探りする。
グーセフ (新字新仮名) ／ アントン・チェーホフ(著)
と胸を大波のように喘（あえ）がせながら、譫言（うわごと）のように繰り返していた。もう、冗談や悪ふざけどころではない。
葛根湯 (新字新仮名) ／ 橘外男(著)
と泣声を出すと、御所にいた公卿殿上人や女房にいたるまで、今度こそこの世の見納めと震える手を固く握りしめ、譫言（うわごと）のような声をだして願を立てはじめた。
現代語訳　平家物語：09 第九巻 (新字新仮名) ／ 作者不詳(著)
「脳症を起したんですよ。他に芸のない男ですから、譫言（うわごと）に学校の講義のノートを口走ったんでしょう」
勝ち運負け運 (新字新仮名) ／ 佐々木邦(著)
人を見ると自分を叱るのではないかと怯（おび）える卑屈な癖が身についていて、この時も、譫言（うわごと）のように「すみません」を連発しながら寝返りを打って、また眼をつぶる。
竹青 (新字新仮名) ／ 太宰治(著)
譫言（うわごと）のようにもらした「腹を仕損じた」という言葉のほかに当人がなにも云わないし、また見ていた者がないのだろう、どこからもそれらしい噂（うわさ）は立たずじまいで
日本婦道記：藪の蔭 (新字新仮名) ／ 山本周五郎(著)
そのうち、棄てる神あれば助ける神、という小市民的譫言（うわごと）を、助けるような出来事が降って湧（わ）いた。
黒船前後 (新字新仮名) ／ 服部之総(著)
が、それが伊曾の本だつたことは、彼女は今はじめて知つた。彼が譫言（うわごと）のやうに言ひ続けてゐた。
青いポアン (新字旧仮名) ／ 神西清(著)
あっと云って後退（あとじさ）る女房の声と同時に、ぱったりそこへ倒れて、無残、それから後は病の床、頬はこける眼は窪む、夜昼となしの譫言（うわごと）に、あの小歌めが、あの小歌めが。
油地獄 (新字新仮名) ／ 斎藤緑雨(著)
彼女はその夜長く正気を失って高い声で譫言（うわごと）を続けていたが、やがては眠りに落ちてしまった。
レ・ミゼラブル：04 第一部　ファンテーヌ (新字新仮名) ／ ヴィクトル・ユゴー(著)
二人でようよう寝かしつけましたが、もう全く夢中でした。国へ帰りたいと譫言（うわごと）のように云い続けて、それからもう舌が廻らなくなって、二三時間後にいけなくなりました。
香奠 (新字新仮名) ／ 豊島与志雄(著)
追々たよりないようすになって、親や妻子や兄弟の名を呼びながら「重湯をつくってくれ」の、「素麺を食おう」の、「早く西瓜を切らないのか」のと譫言（うわごと）を言うようになった。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) ／ 久生十蘭(著)
物の怪につかれた人の譫言（うわごと）とも、気狂いの独白とも感じられるような声でございました。
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) ／ 酒井嘉七(著)
しかしマヌエラの目は、狂わしげなものを映してぎょろりと据（すわ）っている。ひょっとすると心痛のあまり気が可怪（おか）しくなったのかもしれない。その間も、なおも譫言（うわごと）は続いてゆく。
人外魔境：01 有尾人 (新字新仮名) ／ 小栗虫太郎(著)
「……ぢや、これからもう一切寂しい／＼なんていふ譫言（うわごと）を云ふのは止めにして——」
露路の友 (新字旧仮名) ／ 牧野信一(著)
斯様（こう）からだをつかったせいか、其晩から万作が腕は非常に痛み出して、少し熱さえ出て渇（かつ）を覚ゆると見え、頻りに焼酎が飲みたい飲みたいとくりかえしていう。譫言（うわごと）のようにいう。
漁師の娘 (新字新仮名) ／ 徳冨蘆花(著)
言わない、——どうしても言わない、私達をこんな羽目に陥（おと）し込んだのはお前だろう。——その代りお前の名前を譫言（うわごと）に言っているあの娘は、この御殿と一緒に木端微塵（こっぱみじん）に砕け散るよ。
銭形平次捕物控：001 金色の処女 (新字新仮名) ／ 野村胡堂(著)
譫言（うわごと）のように呟いても、辛じて、唇のはたが、かすかに痙攣するに過ぎなかった。
夢鬼 (新字新仮名) ／ 蘭郁二郎(著)
主筆から彼の批評は既に前号に載（の）せたという返書を得て調べて見ると、頁（ページ）の最後の一行にただ「ポーリン是は譫言（うわごと）なり」とあった。同雑誌の編輯者（へんしゅうしゃ）が一行余った処へ埋草に入れたものである。
長塚節氏の小説「土」 (新字新仮名) ／ 夏目漱石(著)
友木は譫言（うわごと）のように口の中でブツブツ呟きながら、ひた走りに走っていた。
罠に掛った人 (新字新仮名) ／ 甲賀三郎(著)
先生にとって人の象（かたち）をとった一番の宝は、あなたでした。臨終の譫言（うわごと）にもあなたの名を呼ばれたのでも分かる。あなたは最後までも先生の恋人でした。あなたの為に先生は彼様（あん）な死をされた。
みみずのたはこと (新字新仮名) ／ 徳冨健次郎、徳冨蘆花(著)
所がその夜、井伊掃部頭（かもんのかみ）の陣中にいた女が、痞（つかえ）おこり譫言（うわごと）を口走る。
大阪夏之陣 (新字新仮名) ／ 菊池寛(著)
伝平はそう譫言（うわごと）のように言い続けながら三日目に死んだ。
馬 (新字新仮名) ／ 佐左木俊郎(著)
「お譫言（うわごと）が、時々、おうなされ遊ばすことが、時々——」
南国太平記 (新字新仮名) ／ 直木三十五(著)
清原　（もはや全く気もおろろに、譫言（うわごと）のごとく）
なよたけ (新字新仮名) ／ 加藤道夫(著)
彼は再び目をとじると譫言（うわごと）のように呟いた。
光の中に (新字新仮名) ／ 金史良(著)
「うむ、墓原へでも寝に行（ゆ）くか、嘘を吐（つ）け！　き様掬摸（すり）じゃろう、」とほとんど狂人（きちがい）に斉（ひと）しい譫言（うわごと）を言ったけれども、梓はよく人を見て
湯島詣 (新字新仮名) ／ 泉鏡花(著)
「やはり城内の奥の女子が、病気で帰るのでござりましょう。大熱往来いたしおるため、譫言（うわごと）申したのでござりましょう」
血煙天明陣 (新字新仮名) ／ 国枝史郎(著)
自分がどこに居るやら、どうなっているやらわからないまま、眼が醒めない前（めえ）から続けていたらしい譫言（うわごと）を、そのまんま云いつづけておりました。
人間腸詰 (新字新仮名) ／ 夢野久作(著)
「崩れる鬼影」とは、あの老婦人も譫言（うわごと）のように叫んでいた言葉ではありませんか。これは一体どうしたというのでしょう。鬼影とはなんでしょう。
崩れる鬼影 (新字新仮名) ／ 海野十三(著)
それは自分でさえ何の意味か判らないほど切ないまぎれの譫言（うわごと）のようなものであった。頑是（がんぜ）ない息子は、それでも「あい、——あい」と聴いていた。
雛妓 (新字新仮名) ／ 岡本かの子(著)
譫言（うわごと）のように言いつづけたが、誰も水を持って来てくれそうな者はなく、水を欲しがる竜之助の面へは雨の雫がポタリポタリと落ちて来るばかりです。
大菩薩峠：08 白根山の巻 (新字新仮名) ／ 中里介山(著)