萌芽ほうが)” の例文
この年齢に達したイエスに、神をわが父と呼び、神の宮をわが父の家と呼ぶ一種特別なる宗教的自覚の萌芽ほうがが現われたものとみえる。
キリスト教入門 (新字新仮名) / 矢内原忠雄(著)
けれど諸国の武族は各〻みなその郷国での地盤をかため、自信をたくわえ、それが次に来る群雄割拠ぐんゆうかっきょ萌芽ほうがを地表にあらわし始めていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにかかわらず現在においてこの方面を開拓しようとする運動の萌芽ほうがすらわが国のどこにも認められないのは残念なことである。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
けれども私は衝動がそのまま芸術の萌芽ほうがであるといったことはない。その衝動の醇化が実現された場合のみが芸術の萌芽となりうるのだ。
想片 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこには将来に希望をつなぐことのできる一つの萌芽ほうがさえみつけることはできない、なにもかもが不幸と悲しみを予告するように思えるのだった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
音楽取調所は当時創立せられたもので、後の東京音楽学校の萌芽ほうがである。この頃水木みきは勝久のもとを去って母の家に来た。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは少くとも要の中にあるフェミニズムの最初の萌芽ほうがだったであろう。彼は今でもその時の彼女が幾つぐらいのとしごろであったか見当がつかない。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すべてそれらの特質は、健全でも不健全でもあり得るのであった——場合によっては、実際にそうであった。その中には死の萌芽ほうがは少しもなかった。
勿論もちろん前にも萌芽ほうがはあり、後にも遺風は伝わっておろうが、俳諧が芭蕉の世の東国を語るごとく、精彩を帯びたる生活描写はかつて無かったのである。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
虚譚のようだが全く所拠よりどころなきにあらず、『旧唐書くとうじょ』に払菻国ふつりんこく羊羔ひつじのこありて土中に生ず、その国人その萌芽ほうがを伺い垣をめぐらして外獣に食われぬ防ぎとす。
わが国においてそれの微細な萌芽ほうがさえも見られなかったことを対比して、われわれはいまさらに両者の著しい相違に驚かないわけにはゆかないであろう。
日本文化と科学的思想 (新字新仮名) / 石原純(著)
道教思想の萌芽ほうが老聃ろうたん出現の遠い以前に見られる。シナ古代の記録、特に易経えききょうは老子の思想の先駆をなしている。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
これと伴って、小さな小手さきの手品を演ずる腕のさえの萌芽ほうがもある。この性質は、将来何に適するであろうか。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
世の中を見渡すと無能無才の小人ほど、いやにのさばり出てがらにもない官職に登りたがるものだが、あの性質は全くこの坊ば時代から萌芽ほうがしているのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ワグナーの音楽の感銘は強大深甚しんじんで、その支持者はきわめて熱烈であった反面には、常にアンチワグネリスムスの萌芽ほうがはぐくまれ、時あって全ワグナーの功業、芸術を
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
どんな素朴な萌芽ほうがであったにせよ、既に共同生活の統制組織があったであろうことは否定できない。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
千々岩は分明ぶんみょうに叔母が心の逕路けいろをたどりて、これよりおりおり足を運びては、たださりげなく微雨軽風の両三点を放って、その顧慮をゆるめ、その萌芽ほうがをつちかいつつ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「傳令鞭絲」の老婆糸争いの裁判は、原理としては、この微視的鑑識法と同じもので、こういう大昔に書かれたものに、早くも微視鑑識の萌芽ほうががみえることは、実に面白いと思う。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかしそれらは、後年のチェーホフがより磨かれた形で愛用した形式のプリミチヴな萌芽ほうがにしか過ぎず、初期の諸作を貫く定まった形式というものはまず見当らぬと言って差支えない。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
ちょうどプロレタリア文学の萌芽ほうがが現われかけて来たころで、若い人々の文学談にもそんな影が差していたが、話の好きな葉子はことに若い人たちから何かを得ようと、神経をとがらせていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
事件は既に、その三年前から萌芽ほうがしていた。仙之助氏と勝治の衝突である。仙之助氏は、小柄で、上品な紳士である。若い頃には、かなりの毒舌家だったらしいが、いまは、まるで無口である。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
この縞はしまいにはずっと遠くの方までひろがってゆき、互いに結びあって、いったんしずまった渦巻の旋回運動をふたたび始め、さらに巨大な渦巻の萌芽ほうがを形づくろうとしているようであった。
これらも実に善く都鄙とひの特色をあらはして居る。東京の子は活溌でおてんばで陽気な事を好み田舎の子は陰気でおとなしくてはでな事をはづかしがるといふ反対の性質が既に萌芽ほうがを発して居る。
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
各人を本来の地位に復せしめながらあらゆる頡頏けっこう萌芽ほうがを根絶し、世界の広大なる一致に王位がもたらす障害を除き、人類を正当なる権利の水準に引き戻すこと、これ以上に正しい主旨があろうか
即ち貞操の萌芽ほうがともいうものを生じたのであろうと思われる。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
山脈や河流の交錯によって細かく区分された地形的単位ごとに小都市の萌芽ほうがが発達し、それが後日封建時代の割拠の基礎を作ったであろう。
日本人の自然観 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし目前の態度が意外だということだけは直ぐに感ぜられた。そして一種の物足らぬような情と、萌芽ほうがのような反抗心とが、己の意識の底に起った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そんな点から考えると、自分の母を恋うる気持はただ漠然ばくぜんたる「未知の女性」に対する憧憬どうけい、———つまり少年期の恋愛れんあい萌芽ほうがと関係がありはしないか。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
醸造だる中の葡萄ぶどうの実のように、飽満せる魂は坩堝るつぼの中で沸きたつ。生と死との無数の萌芽ほうがが、魂を悩ます。
火は、あらゆるものの決裁と清掃をり行うとき氏神うじがみだ。そして残る白い灰は、次の土壌どじょうに対して、はやくも文化の新しい萌芽ほうがをうながし、灰分的かいぶんてき施肥せひの役目をはたしている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
僅かにその萌芽ほうがを見せた矢先に、今度のような忌わしい事変が出現して、故老は次々と世を去り、遺跡は名ばかりになろうとしているのは、歎いても歎ききれぬほどの情けない転変であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ところで前にいうように、共同生活の統制秩序ということこそ国家の本質なのであるから、国家の萌芽ほうがそのものは、どんなに素朴そぼくな形であっても、人間とともに発生したものだと考えざるを得ぬ。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
例へばちょうといへば翩々へんぺんたる小羽虫しょううちゅうの飛び去り飛び来る一個の小景を現はすのみならず、春暖ようやく催し草木わずかに萌芽ほうがを放ち菜黄さいこう麦緑ばくりょくの間に三々五々士女の嬉遊きゆうするが如き光景をも聯想せしむるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
磁石の作用を考えている中に「感応」の観念の胚子はいし、「力の場」「指力線」などの考えの萌芽ほうがらしいものも見られる。
ルクレチウスと科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分は homosexuelオモセクシュエル ではない積りだが、尋常の人間にも、心のどこかにそんな萌芽ほうがが潜んでいるのではあるまいかということが、一寸ちょっと頭に浮んだ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その懶惰らんだな優美さと表面の享楽主義との下に、クリストフはフランスの音楽家らが自己の芸術の未墾地の中に、未来を豊富ならしむるべき萌芽ほうがを捜し求めてる、革新の熱と焦慮とを
暗黒と頽廃たいはいと社会的混乱の続いた室町期の末にその萌芽ほうがはらみ、信長勢力の組織改変とその武力的統制の機運に乗じて、彼らも専門的に兵法者と称して現われ、その道を提唱しまた
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少くとも二人の間に恋愛の萌芽ほうがのようなものがきざしているのではないでしょうか
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そこに既に国家の萌芽ほうががある。
政治学入門 (新字新仮名) / 矢部貞治(著)
しかしもしも万一これら質的研究の十中の一から生まれうべき健全なるものの萌芽ほうがが以上に仮想したような学風のあらしに吹きちぎられてしまうような事があり
量的と質的と統計的と (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
無論恋愛の萌芽ほうがであろうと思うのだが、それがどうも性欲その物と密接に関聯かんれんしていなかったのだ。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今のうちに、この危険な萌芽ほうがんでしまわないと、どんな事態を将来かもすかもしれない。しかし、目代の法令ばかりでは、おさえはきかないし、武力で圧するには兵員が不足である。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
事物とのもっとも微細な接触だけで、風にもたらされる花粉だけで、すでに内部の萌芽は、無数の萌芽ほうがは、頭をもたげる……。クリストフは考えるだけのひまがなく、生きるだけの隙がなかった。
しかしこの物の形の基礎には立体的正多面体の基本定型が伏在していて、条件によってその中の格好なものが成長の萌芽ほうがとなるであろうという想像がついたようである。
自然界の縞模様 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
舞台ではおりおおかみのボルクマンが、自分にピアノを弾いて聞せてくれる小娘の、小さい心の臓をそっと開けて見て、ここにも早く失意の人の、苦痛の萌芽ほうがが籠もっているのを見て
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
西山せいざんへ隠居すると、むしろの下のもやしが陽の目をみたように、にわかに萌芽ほうがをそだて出して、わが世の春と、事々に、その一派の擡頭たいとうと、闇のうごきが、目立ってきたのもぜひなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
風雅の精神の萌芽ほうがのようなものは記紀の歌にも本文の中にも至るところに発露しているように思われる。ただその時代にはそれがまだ寂滅の思想にしみない積極的な姿で現われている。
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかし、それらの萌芽ほうがにとっては、季節はまだ、春は浅いという時であろう。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分は少年の時から、余りに自分を知り抜いていたので、その悟性が情熱を萌芽ほうがのうちに枯らしてしまったのである。それがふとつまらない動機に誤られて、受けなくても好い dub を受けた。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
実はおれもまだ自分の性欲が、どう萌芽ほうがしてどう発展したか、つくづく考えて見たことがない。一つ考えて書いて見ようかしらん。白い上に黒く、はっきり書いて見たら、自分が自分でわかるだろう。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)