窓際まどぎわ)” の例文
きたな階子段はしごだんを上がって、編輯局へんしゅうきょくの戸を開けて這入はいると、北側の窓際まどぎわに寄せてえた洋机テーブルを囲んで、四五人話しをしているものがある。
長谷川君と余 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
或る朝、私はふとベッドから起き上って、こわごわ一人で、窓際まどぎわまで歩いて行ってみたい気になった。それほどそれは気持のいい朝だった。
燃ゆる頬 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
おげんはがっかりと窓際まどぎわに腰掛けた。彼女は六十の歳になって浮浪を始めたような自己おのれの姿を胸に描かずにはいられなかった。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
医者も竜之助もまだ来る様子はないのに、お浜はしかと郁太郎を抱えたなり、その窓際まどぎわに立ちつくしているのでありました。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ふと相手に気がついて見ると、恵蓮はいつか窓際まどぎわに行って、丁度明いていた硝子ガラス窓から、寂しい往来をながめているのです。
アグニの神 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
幸子が思わず障子の蔭から飛び出して欄干のところに立ち上るのと同時に、隣の部屋で勉強していた悦子も鉛筆をほうり出して、窓際まどぎわへ駈け寄った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そのうち綿糸堀へ来たので、銀子はおりてしばらく窓際まどぎわに立っていた。このころ銀子の家族は柳原からここへ移り、店も手狭に寂しくなっていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
仲居は、もう窓際まどぎわへ行っていた。しっ……と誰か外で云った。内蔵助は、そっと、見てしまった。女竹の葉の中に忍んでいた辻咄つじばなしの徳西の坊主頭を。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はしびれるような足を伸して、窓際まどぎわに行った。そして本庁の前をようやく通り始めた市内電車の空いた車体を眺めた。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
この頃はうちの子供たちも本に夢中になって、御飯ごはんによばれても来なかったり、夕闇ゆうやみ窓際まどぎわ電燈でんとうをつけずに読み入っていたりして、よく母親にしかられている。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
なんの衝撃ショックか⁈ しばらく窓際まどぎわに出て風を浴びせていたほど、カムポスには異常なものだったに違いない。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
書物を閉じると、彼は窓際まどぎわの椅子を離れて、受附のところへ歩いて行った。と、さきほどまで彼の頬に吹寄せていた生温かいが不思議に冷気を含んだ風の感触は消えていた。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
しかし、もうそれを口にあてて、窓際まどぎわで彼方の森の方に向って吹いて見る気にもなれなかった。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その花をる法を考えたが、やっと椅子いすのことを思いだして、へやの中から、よっちょらよっちょらと引張って来て、窓際まどぎわえ、その上にあがって執ろうとしたが、花がつかめないので
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
初午はつうまよいの七時ころ、「蒸気河岸がしの先生」は窓際まどぎわの机に向って原稿を書いていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
度の強い望遠鏡を窓際まどぎわに置いて、それをさまざまの角度にしては、目の下に見える人家の、あけはなった室内を盗み見るという、罪の深い、秘密な楽しみを味わっているのでありました。
鏡地獄 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
表の窓際まどぎわまで立戻って雨戸の一枚を少しばかり引き開けて往来を眺めたけれど、向側むこうがわ軒燈けんとうには酒屋らしい記号しるしのものは一ツも見えず、場末の街は宵ながらにもう大方おおかたは戸を閉めていて
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
さて洗礼式せいれいしきがすむと、マチアはわたしを窓際まどぎわまでれ出した。
三階へあがって見ると豆ばかりである。ただ窓際まどぎわだけが人の通る幅ぐらいのゆかになっている。余は静かに豆と壁の間をぐるぐる廻って歩いた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と美佐子はちょっと舌打ちをして、膝の上でいじくっていた帯地の巻物をだらりと投げると、立って窓際まどぎわの方へ行った。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
金吾にもつれて行った両女ふたりをやり過ごすと、また元の窓際まどぎわへ背をのばして、屋内の話に聞き耳をたてていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帆村が入ってみると、どの台にも客がいた。一番窓際まどぎわ卓子テーブルに、豊ちゃんの云った「例のお仲間」の四人が、一つの卓子テーブルを囲んで、競技に夢中になっていた。
麻雀殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼はその窓際まどぎわに立って遠く帰って行く旅の人を見送ろうとするかのように、千村の航海を想像した。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
だが、妻は彼の云う意味がわからないらしく、何ともこたえなかった。その窓際まどぎわを離れると、板壁に立掛けてあるデッキ・チェアーを地面に組み立てて、その上に彼は背をよこたえた。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
庸三は窓際まどぎわそべっていた。小夜子も彼の頭とほとんど垂直に顔をもって来て、そこに長くなっていた。そうして話していると、彼女の目に何か異様なすごいものが走るのであった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
どの病室びょうしつにも、顔色かおいろわる患者かんじゃが、ベッドのうえよこたわったり、あるいは、すわったりして、さも怠屈たいくつそうに、やがてれかかろうとする、窓際まどぎわ光線こうせん希望きぼうなくつめているのでした。
雲と子守歌 (新字新仮名) / 小川未明(著)
昼でも少し薄暗い四畳半の片隅には、夕闇ゆうやみがすぐ訪れた。その訪れにつれて、本を片手にだんだん窓際まどぎわに移って行った。ふと顔をあげると、疲れた眼に、すぐ前の孟宗籔もうそうやぶの緑があざやかにうつった。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それにベッドは窓際まどぎわからは余程離れてもいるのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
長い間黙然と天井をにらんでいたが、今しがた起きて富士の見える窓際まどぎわの方へ歩いて行ったところなのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓一つあるその部屋へ行って見ると、高いプラタアヌの並木の枝が岸本の部屋で見るよりも近く窓際まどぎわに延びて来ていて、濃い葉の緑は早や七月の来たことを語っていた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その時夕暮の窓際まどぎわに近く日暮ひぐらしが来て朗らに鋭どい声を立てたので、卓を囲んだ四人よつたりはしばらくそれに耳をかたむけた。あの鳴声にも以太利イタリヤの連想があるでしょうと余は先生に尋ねた。
ケーベル先生 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふらふらする足どりで、二階の窓際まどぎわへ寄ると、はるか西の方の空に黒煙こくえん濛々もうもう立騰たちのぼっていた。服装をととのえ階下に行った時には、しかし、もう飛行機は過ぎてしまった後であった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
しばらく二階の片隅かたすみ長椅子ソファで席のくのを待った後、やがてずっと奥の方の右側の窓際まどぎわのところへ座席をとることができ、銀子の好みでこの食堂での少し上等の方の定食を註文ちゅうもんした。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
バサッ——と窓際まどぎわ青桐あおぎりが揺すれ、人の駈け出すような寒竹かんちくのそよぎがした。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
博士は身を翻して、窓際まどぎわに駈けつけた。そして硝子ガラスを通して、往来を見た。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
窓が二つあって、一方は公園の通路に添い、一方は深い木の葉におおわれている。その窓際まどぎわには一段と高い床が造りつけてあって、そこに支那風の毛氈もうせんなぞも敷きつめてある。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
子供のようにうれしくって、何度でも呼んでみるのであったが、抱こうとしてもなかなかつかまえられないので、暫くの間、わざと窓際まどぎわを離れてみると、やがてリリーは身を躍らして
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
窓際まどぎわを枕に寝ていたので、空は蚊帳越にも見えた。ためしに赤いすそから、頭だけ出してながめると星がきらきらと光った。自分はこんな事をする間にも、下にいる岡田夫婦の今昔こんじゃくは忘れなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
多くの人の中を分けて窓際まどぎわへ岸本を捜しに来た美術学校のある教授もあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
と、窓際まどぎわるしてある蛍籠ほたるかごを取って、悦子のひざの上に載せた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
森本は窓際まどぎわへ坐ってしばらく下の方をながめていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)