益〻ますます)” の例文
「はーて、こいつは益〻ますますいぶかしい。下谷の溝店どぶだな売卜者ばいぼくしゃというと、おれにも心当りがあるんだが、そしておまはんは、何という者だね」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
伯夷はくい叔齊しゆくせいけんなりといへども、(七三)夫子ふうし益〻ますますあらはれ、顏淵がんえん篤學とくがくなりといへども、(七四)驥尾きびしておこなひ益〻ますますあらはる。
かくして、お前は心のすみに容易ならぬ矛盾と、不安と、情なさとを感じながら、益〻ますます高く虚妄きょもうなバベルの塔を登りつめて行こうとするのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
清信が役者一枚絵は元禄以降正徳しょうとく年中において次第に流行しその後継者たる鳥居派二世の絵師清倍きよますに至りて益〻ますます流行を極め
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この大旅行の突発性や無根拠さは、さらに事後の彼を見れば益〻ますますはっきりする。なるほど彼は笞刑ちけいの現場を見て幾晩か眠れなかったと告白する。
しかるにそののち趨勢すうせいとみに一変して貿易市場における信用全く地に落ち、輸出高益〻ますます減退するの悲況を呈するに至れり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
拝啓、益〻ますます御清栄奉賀候ごせいえいがしたてまつりそろ。昨晩親方お見えに相成り、建前有之由につき、何卒至急御帰宅被下度願上候くだされたくねがいあげそろ。先日のことは呉れ呉れも私が悪く、今更いまさら後悔罷在候こうかいまかりありそろ
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
行為的直観的に、ポイエシス的に、我々の自己は益〻ますます明となるのである。芸術は非論理的と考えられる。
絶対矛盾的自己同一 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
彼は益〻ますます神仏にすがつて到頭四国の遍路をへた。その時には眼が余程く見えるやうになつた。
遍路 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
こうして魔神宗介様は多数の眷族けんぞくを従えられ、いよいよ益〻ますます人間に向かって惨害をお下しなされるうち、世はややおさまって信長のぶなが時代となりさらに豊臣とよとみ時代となりとうとう徳川時代となった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
而して本校の学生諸君にして、学に理学に従わんと欲するものは、宜しく益〻ますますその志想を堅くし、今日の風潮以外に立ち、異日の好菓を収むべし。これ余が諸君に至嘱ししょくする所なり(大喝采)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
いつ、どこから、だれがこの部屋に這入はいって来て、自分の留守にいるのだろう。そうした想像の謎の中で、得体えたいのわからぬ一つの予感が、疑いを入れない確実さで、益〻ますますはっきりと感じられた。
ウォーソン夫人の黒猫 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
回向えこう引導いんどうも型の如くにり行ったが、和尚の顔色は益〻ますますすぐれず、土気色つちけいろのむくみを表わし、眉間みけんの憂悶は隠しもあえず、全身衰微の色深く、歩く足にも力失せがちな有様がただならなかった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ねたみと惜しみと悔恨くやみとの念が一緒になって旋風のように頭脳あたまの中を回転した。師としての道義の念もこれに交って、益〻ますます炎をさかんにした。わが愛する女の幸福の為めという犠牲の念も加わった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
梅雨鬱陶うっとうしき折柄貴家皆々様益〻ますます御隆盛之段奉大賀たいがたてまつり
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
然し二人の愛が互に完全に奪い合わないでいる場合でも、若し私の愛が強烈に働くことが出来れば、私の生長は益〻ますます拡張する。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
景公けいこう諸大夫しよたいふかうむかへ、ねぎられいし、しかのちかへつて(三二)しんかへる。すでにして穰苴じやうしよたつとんで大司馬たいしばす。田氏でんしもつ益〻ますますせいたつとし。
それも、行く程に駆ける程に、益〻ますます、加速度となって、息をつくまもありませんから、万太郎はわが身の動揺よりも郷士の労苦を気の毒に思っている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時下じか残暑ざんしょしのぎがたく候処そうろうところ益〻ますます御清穆ごせいぼく御事おんこと存上候ぞんじあげそうろう 却説さて 伯爵様はくしゃくさま折入おりいって直々じきじき貴殿きでん御意得度思召ぎょいえたきおぼしめし被在候間あらせられそうろうあいだ明朝みょうちょう御本邸ごほんてい御出仕可然ごしゅっししかるべく此段申進候このだんもうしすすめそうろう 早々そうそう頓首とんしゅ
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
その次の朝もみんなが絵を見せあふと、絵のところが益〻ますます黒くなつて乾いてゐるのに、ただ僕のだけはゆうべから癢味かゆみが増して来、それに痛味いたみが加はつて絵のところから汁が出はじめた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
浮世絵木板摺の技術は大津絵おおつえの板刻に始まり、菱川師宣ひしかわもろのぶの板画および書籍挿画さしえに因りて漸次に熟練し、鳥居派初期の役者絵いづるに及びて益〻ますます民間の需要に応じ江戸演劇と相並あいならびて進歩発達せるなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私はその境地にあって必ず何等かの不満を感ずる。そして一歩を誤れば、その不満をいやさんが為めに、益〻ますます本能の分裂に向って猪突ちょとつする。それは危い。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
酔ヘバ則チ一世ヲ睥睨へいげいシ、モシ意ニもとルコトアレバ、すなわチ面折シテ人ヲはずかシム。ここヲ以テ益〻ますます窮ス。シカモソノ志ノ潔ナル世知ル者ナシ。文久二年壬戌十一月二十八日病ンデ江戸不忍池しのばずのいけ僑居きょうきょニ没ス。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)