灯影ひかげ)” の例文
旧字:燈影
牛込見附みつけとき、遠くの小石川のもりに数点の灯影ひかげみとめた。代助は夕飯ゆふめしふ考もなく、三千代のゐる方角へいてあるいてつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
お作は何やら糸織りの小袖に着換えて、派手な花簪はなかんざしし、長火鉢の前に、灯影ひかげそむいて、うつむいたままぽつねんと坐っていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
向う側の其の深い樹立こだちの中に、小さく穴のふたづしたやうに、あか/\と灯影ひかげすのは、聞及ききおよんだ鍵屋であらう、二軒のほかは無いとうげ
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
灯影ひかげが割合に乏しく、道を歩く人もわけて日暮れ頃なぞには少いのだが、その夕方はどうしたものか井深君はたった一人も
少女 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
たまさかに、障子が橙色の灯影ひかげに燃え立つように明って見える二階はあったが、それでもまだ素見ひやかしの客の姿も、そこらの格子戸の中には見透かせなかった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
恥じてばかりもいず熱心に見いだした灯影ひかげの顔には何の欠点もなく、どこも皆美しくきれいであった。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
橋のそばに店を出している氷屋の提灯ちょうちん灯影ひかげがチラチラとうつる、流れる水の影が淡く暗く見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
牛込見附うしごめみつけまで来た時、遠くの小石川の森に数点の灯影ひかげを認めた。代助は夕飯ゆうめしを食う考もなく、三千代のいる方角へ向いて歩いて行った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
餉台ちゃぶだいにおかれたランプの灯影ひかげに、薄い下唇したくちびるんで、考え深い目を見据みすえている女の、輪廓りんかくの正しい顔が蒼白く見られた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
灯影ひかげは縁を照らして、跫音あしおとは近づけり。白糸はひたと雨戸に身を寄せて、何者か来たるとうかがいぬ。この家の内儀なるべし。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くるはを取巻いた柵の中には、灯影ひかげが明るく花のやうに輝いて居た。三味線の音につれて騒ぐ人達の声も手に取るやうに聞えて来た。しかしそれも瞬間であつた。灯影は時の間に過ぎ去つて了つた。
百日紅 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
右側にあるへやはことごとく暗かった。角を二つ折れ曲ると、むこうはずれの障子に灯影ひかげが差した。宗助はその敷居際しきいぎわへ来て留まった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これはしたり! 祭礼まつり谷間たにまの里からかけて、此処ここがそのとまりらしい。見たところで、薄くなって段々に下へ灯影ひかげが濃くなって次第ににぎやかになっています。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
日暮里にっぽりへ来ると、灯影ひかげが人家にちらちら見えだした。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
平岡のんでゐるまちは、猶静かであつた。大抵なうち灯影ひかげらさなかつた。向ふからた一台の空車からぐるまの輪のおとが胸を躍らす様にひゞいた。代助は平岡のいへの塀際迄とまつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
老人は健三の手に持った暗い灯影ひかげから、鈍い眼を光らしてまた彼を見上げた。その眼にはやっぱりどこかに隙があったら彼の懐にもぐり込もうという人の悪いいやな色か動いていた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平岡の住んでいる町は、なお静かであった。大抵な家は灯影ひかげを洩らさなかった。向うから来た一台の空車からぐるまの輪の音が胸を躍らす様に響いた。代助は平岡の家の塀際へいぎわまで来て留った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かれ弱味よわみのある自分じぶんおそれをいだきつゝ、入口いりぐちつめたい廊下らうかあしした。廊下らうかながつゞいた。右側みぎがはにあるへやこと/″\くらかつた。かどふたまがると、むかふはづれの障子しやうじ灯影ひかげした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さうしてこのあかるい灯影ひかげに、宗助そうすけ御米およねだけを、御米およねまた宗助そうすけだけ意識いしきして、洋燈ランプちからとゞかないくら社會しやくわいわすれてゐた。彼等かれら毎晩まいばんかうらしてうちに、自分達じぶんたち生命せいめい見出みいだしてゐたのである。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そうしてこの薄暗い灯影ひかげに、真白な着物を着た人間が二人すわっていた。二人とも口をかなかった。二人とも動かなかった。二人ともひざの上へ手を置いて、互いの肩を並べたままじっとしていた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)