標榜ひょうぼう)” の例文
くだれる世に立って、わが真を貫徹し、わが善を標榜ひょうぼうし、わが美を提唱するの際、拖泥帯水たでいたいすいへいをまぬがれ、勇猛精進ゆうもうしょうじんこころざしを固くして
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「これが人道を叫び紳士を標榜ひょうぼうする英国が、印度で常套じょうとう手段です。英国人にとっては印度人の命ほど安いものはありますまい」
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いわゆる実行的人生の理想または帰結を標榜ひょうぼうすることでないか。もしそうであるなら、私にはまだ人生観を論ずる資格はない。
だれよりも自分はまじめな人間であると標榜ひょうぼうしている人が、そんな常識で想像もできぬようなことを仕組んで愛人をそっと持つなどということは
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
また安貞二年奥書本をも見ていないことを標榜ひょうぼうしているのであるから、氏の解釈を待つまでもなく、そういう論者にほかならなかったのである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
化粧品には争ってマダム貞奴の仏蘭西土産であることを標榜ひょうぼうした新製品が盛んに売出され、広告にはそのチャーミングな顔が印刷されたりした。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
『城』と言うのは、四五人の文科の学生が「芸術の為の芸術」を標榜ひょうぼうして、この頃発行し始めた同人雑誌の名前である。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かの仏蘭西フランスの高蹈派が、自ら客観主義を標榜ひょうぼうして、主観の排斥を唱えたのも同じような通俗の見解にもとづくのである。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ところが、蔵書家には門外不出を標榜ひょうぼうしている人が多く、自宅へ来て読むというならば読ませてやるが、貸出しはいっさい断わるというのである。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
石のような無言は、反抗の標榜ひょうぼうだった。もちろん、奉行のいう言葉の意味などは、心の堤防をかためて、一滴でも、内へ入れようとはしていない。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小タマセセは、王及び全白人の島外放逐(或いは殲滅せんめつ)を標榜ひょうぼうして起ったのだが、結局ラウペパ王麾下きかのサヴァイイ勢に攻められ、アアナでついえた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
この名前によって、私達は私達の意向をはっきり標榜ひょうぼうしましたが、同時にこのために色々誤解を受けました。今も誤解されていることに変りありません。
日本民芸館について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「困難な登攀」を標榜ひょうぼうする人たちでも、困難な登攀を少しでも楽に果たすことを考えているのであり、所詮は「楽な登攀」をしか思ってはいないのである。
山想う心 (新字新仮名) / 松濤明(著)
いな、幸徳らの躰を殺して無政府主義を殺し得たつもりでいる。彼ら当局者は無神無霊魂の信者で、無神無霊魂を標榜ひょうぼうした幸徳らこそ真の永生えいせいの信者である。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
人間嫌いを標榜ひょうぼうする、病的なほど人の悪口あっこうをいう、人に近づくにも横合いから寄っていって、じろりと横目でにらんで「ああ、こいつは気ちがいだよ」とか
ヤトラカン・サミ博士が、その一つの邪魔派を標榜ひょうぼうする練達の道士であることは、いうまでもないのである。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
諸国の人の注意は尊攘を標榜ひょうぼうする水戸人士の行動と、筑波つくば挙兵以来の出来事とに集まっている当時のことで
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
金にあかして多数の犬をもてあそんだという金持の文士が、民衆を標榜ひょうぼうして打って出でると、それに五千の投票が集まるという、甘辛せんべいみたような帝都の人気を
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
しかし、今日どこにでもある東京のにぎりを真似まねしたいかがわしいものは、江戸前が残念がる。みだりに「江戸前寿司」と看板に標榜ひょうぼうする無責任さは叱責しっせきせねばなるまい。
握り寿司の名人 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
自分で小説書きを標榜ひょうぼうする以上、上手下手はべつとして、僕としては仕事に励む気になっている。それに応じて仕事そのものが精を出してくれたなら、申し分ないのだが。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
努力奮闘を標榜ひょうぼうする者も静坐せいざ黙想もくそうをすることは潜勢力せんせいりょくを増加するのもっとも得たるさくだと思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
当時病天才の名をほしいままにした高山樗牛たかやまちょぎゅうらの一団はニイチェの思想を標榜ひょうぼうして「美的生活」とか「清盛論きよもりろん」というような大胆奔放な言説をもって思想の維新を叫んでいた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
リアリズムを標榜ひょうぼうする多くの作家が、描かんとする人生のすべての些末事を、ゴテゴテと何らの撰択もなく並べ立てるに比して、志賀氏の表現には厳粛な手堅い撰択が行われている。
志賀直哉氏の作品 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
板倉と云うのは、阪神国道の田中の停留所を少し北へ這入った所に「板倉写場」と云う看板を掲げて、芸術写真を標榜ひょうぼうした小さなスタディオを経営している写真館の主人であった。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まず、彼は売薬業者の眼のかたきである医者征伐を標榜ひょうぼうし、これに全力を傾注した。
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
また特に粋を標榜ひょうぼうしていた深川の辰巳風俗としては、油を用いない水髪が喜ばれた。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
「平明にして余韻ある句」というのは、かつて私が当時のいわゆる新傾向句の難解にしてやはり諷詠を忘れた句の多かったのに対して、正しい俳句を標榜ひょうぼうした言葉であったのでした。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この「純正アナーキスト」はあくまで純粋な自由連合主義を標榜ひょうぼうしていて、ボル派まがいの組織活動や組合運動などを不純なものとしていたのだが、実際はそのために孤立化して行った。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
孔雀くじゃく」「蟋蟀」「白鳥」「かわせみ」「小紋鳥」の五つである。ルナールは性来の音楽嫌いを標榜ひょうぼうしているが、皮肉にもその作品が世界中の美しいのどによってあまねく歌われているのである。
博物誌あとがき (新字新仮名) / 岸田国士(著)
黙々は勝った、波濤はとうのごとき喝采が起こった、中立を標榜ひょうぼうしていた師範生はことごとく黙々の味方となった。安場が先頭になって一同は中学の門前で凱歌がいかをあげた、そうして町を練り歩いた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
一時はプロレタリア芸術を標榜ひょうぼうして洋画塾を開いていた青楓氏は、その頃もはや日本画専門となられ、以前からのアトリエも売ってしまい、新たに日本式の家屋を買い取って、住んで居られた。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
学校に附属した教会、其処で祈祷きとうの尊いこと、クリスマスの晩の面白いこと、理想を養うということの味をも知って、人間のいやしいことを隠して美しいことを標榜ひょうぼうするというむれの仲間となった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
あまり無制限に災難歓迎を標榜ひょうぼうするのも考えものである。
災難雑考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
僕は自由人を標榜ひょうぼうして伊藤公暗殺——。
たいていの事が否応いやおうなしに進行します。万事が腹の底で済んでしまいます。それで上部うわべだけはどこまでも理想通りの人物を標榜ひょうぼう致します。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
近頃は、滅多にそんな癖も他人ひとには洩らさない。また、江戸の人間であることを標榜ひょうぼうするのは勤王派の策源地ともいわれるこの土地では危険でもあった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
当時すでに書きなおしたい希望もあったが、旅行当時の印象をあとから訂正するわけにも行かず、学問の書ではないということを標榜ひょうぼうして手を加えなかった。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
小袖こそで類にもその臭気は移っていたから、妻の嫉妬しっとにあったことを標榜ひょうぼうしているようで、先方の反感を買うことになるであろうと思って、一度着た衣服をいで
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
高利貸アイス退治と新派劇の保護を標榜ひょうぼうしたのであったが、東京市の有力な新聞紙——たしか『万朝報よろずちょうほう』であった——の大反対にあって非なる形勢となってしまった。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
或いは神楽師を標榜ひょうぼうして、世を忍ぶやからではないか、そうだとすれば、時節柄、意外の人材が隠れていないものでもない、つきあい様によっては、話しようによっては
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
任侠にんきょう標榜ひょうぼうするところには、些細ささいなる点においてまことに児戯じぎに似たることも少なくない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この記事が流布本に載せられていない理由は、恐らくその余りに荒唐無稽に類する所から、こう云う破邪顕正はじゃけんしょう標榜ひょうぼうする書物の性質上、故意の脱漏だつろうを利としたからでもあろうか。
るしへる (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ですから貧しいのに、決して貧しさを恥じているのでもなく、さりとて貧しさをわざと標榜ひょうぼうしているのでもなく、ここにこれらの雑器の動かす事の出来ぬ強みがあるのを感じます。
多々良の雑器 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
北条氏等の庇護ひごを得たのも偶然でないが、何にしても反覆常なき諸大名の間を渡り歩いていた彼は、陽に遊藝を標榜ひょうぼうして陰に軍事探偵を副業とした典型的な座頭の一人だったのである。
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
温泉の出ているということを標榜ひょうぼうして、そこを別荘地にえらむ顧客を待っているのである。そうして堀ぬき井戸を掘るような装置が至るところにしてあるのは、皆新らしく温泉を掘っているのである。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
何等罪状の指摘できないマターファ(彼は、いわば喧嘩けんかを売られたに過ぎぬのだから)が千カイリ離れた孤島に流謫るたくされ、一方、島内白人の殲滅せんめつ標榜ひょうぼうして立った小タマセセは小銃五十ちょうの没収で済んだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
思慮の周密しゅうみつ弁別べんべつ細緻さいち標榜ひょうぼうする学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非難を甘んじて受ける資格があると思う。
学者と名誉 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いま、勝家すでに滅び、北ノ庄も陥ちたとはいえ、生来の猛気と、秀吉嫌いを標榜ひょうぼうしていた意地からしても
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
俗人と違うことを標榜ひょうぼうしていたものが、俗の世間へ帰った気が自分でもして妙なものであろう。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
やがて夕方になると福村は、しばしば標榜ひょうぼうしていた通り、茗荷谷の切支丹屋敷に近い長屋門のイヤに傾いだ一方に、福村の名を打ってある、おのれの屋敷へ戻って来ました。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)