柳行李やなぎごうり)” の例文
その名千代香ちよかは女学生か看護婦の引越同様、わけもなく表の車屋を呼んで来て、柳行李やなぎごうりに風呂敷包、それに鏡台一つを人力じんりきに積ませ
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
白樺しらかばの皮をかべにした殖民地式の小屋だが、内は可なりひろくて、たたみを敷き、奥に箪笥たんす柳行李やなぎごうりなどならべてある。妻君かみさんい顔をして居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
東京から持って来た柳行李やなぎごうりにはろくな着物一枚入っていない。その中には洗いさらした飛白かすり単衣ひとえだの、中古で買求めて来たはかまなどがある。
足袋 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
特に焼物で丹波を語りましたが、但馬たじまを語るものは「柳行李やなぎごうり」であります。これは豊岡とよおか町が主な産地で仕事は盛なものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「お安い御用だ、親分、——その押入の中にある柳行李やなぎごうりと風呂敷があっしの世帯しょたいだ。はばかりながら錦の小袖も、絹のふんどしもあるわけじゃねえ」
かれは柳行李やなぎごうりをあけて、そのころの日記を出して見た。九月二十四日——秋季皇霊祭。その文字に朱で圏点けんてんが打ってあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一穂いっすい春灯しゅんとうで豊かに照らされていた六畳のは、陰士の影に鋭どく二分せられて柳行李やなぎごうりへんから吾輩の頭の上を越えて壁のなかばが真黒になる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はだかのふとんと一しょに、大小の柳行李やなぎごうりが八つついてきた。机も本箱もないのに行李が八つなのだ。しかも、ほとんどそれはからっぽだった。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
引越しによけいな手はいらなかった。古い茶箪笥ちゃだんすと、僅かな勝手道具と、柳行李やなぎごうりが二つと、古夜具が二た組しかない。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
脚絆きゃはんを着け、素足に麻裏穿き、柳行李やなぎごうり袱裹ふくさづつみ振分ふりわけにして、左の肩に懸け、右の手にさんど笠をげ、早足に出づ。
ともかくも古い柳行李やなぎごうりのふたに古い座ぶとんを入れたのを茶の間の箪笥たんすの影に用意してその中に三毛をすわらせた。
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
隣家について聞いて見ると、出した荷物は支那鞄に柳行李やなぎごうり合せて四、五個らしく、手荷車で引出したのだが、さて運送店の事になると少しも手懸りがない。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
由蔵の部屋は、わずか三畳敷の小室こべやであった。西に小窓が一つあって、不完全な押入が設けられてあった。その押入の中には、柳行李やなぎごうりやら鞄やらが入っている。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「準備はもうすっかりできたのかね?」と、私は床の間の本箱の側に飾られた黒革のトランクや、革具のついた柳行李やなぎごうりや、とうの籠などに眼をりながら、言った。
遁走 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
兄のたつ日、小さな車に兄の柳行李やなぎごうりを積んで弟と歌津子とが町の停車場まで送っていった。汽車が出てしまってからも彼女はいつまでもあとを見送って立っていた。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
ふたのあいた柳行李やなぎごうりの前に立膝になり、ちょっと小首を傾けて、向うへ押して、ころりと、仰向けに蓋を取って、右手を差入れて底の方からもたげてみて、その手を返して
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
夫婦の居間になつてゐる奥の六畳の押入を開けると、下の段の隅ツこの、柳行李やなぎごうり用箪笥ようだんすの隙間の暗い穴ぼこになつた所に、紅くもく/\かたまつてゐるものが見える。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
妊娠の婦人は、その腹よりも、もっとふくらんだ二ツ折の柳行李やなぎごうりを、支那人のボーイに、一箇は肩にかつがし、一箇は片手に提げさして、肩で息を切らしながらやって来た。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
柳行李やなぎごうりの中に、長女からもらった銀のペーパーナイフをかくしてある。懐剣のつもりなのである。色は浅黒いけれど、小さく引きしまった顔である。身なりも清潔に、きちんとしている。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ぽつりと言い、彼は立ってミチに背中を見せて、棚の上に手を延ばし、小さな柳行李やなぎごうりを引き降ろすと、腹の処で蓋を取り、さつ勘定かんじょうし始めた。銀行や郵便局の嫌いな彼は現金をいつも持って居た。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
名倉の母達が泊っている宿からは、柳行李やなぎごうり幾個いくつも届いた。「まあ、大変な荷物だ」と稲垣も来て言って、仮にそこへ積重ねてくれた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
柳行李やなぎごうりよりはそのほうがよいと思ったのだ。それどころか、からだにつたわってくる弁当のぬくみは、彼女の心をほかほかと温めつづけていた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
いよいよ来たな、こうなってはもう駄目だとあきらめて、ふすま柳行李やなぎごうりの間にしばしの間身を忍ばせて動静をうかがう。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
主人は疲れて大にいやであったが、遠方から来たものを、と勉強して兎に角戸をあけて内にしょうじた。吉祥寺きちじょうじから来たと云う車夫は、柳行李やなぎごうりを置いて帰った。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
柳行李やなぎごうりと瀬戸の火鉢、などが眼につくだけで、ほかにこれという家財道具はみあたらなかったが、六帖の広さには変りがないから、主人と客たちが食卓を囲むと
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
夫婦の居間になっている奥の六畳の押入を開けると、下の段のすみッこの、柳行李やなぎごうり用箪笥ようだんすの隙間の暗い穴ぼこになった所に、あかくもくもくかたまっているものが見える。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一つは薬売りが背負っている小型の柳行李やなぎごうりであり、一つは薬を包む和紙なのであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
柳行李やなぎごうりの蓋にてそこらを叩き立て「へえ、旦那、御常談ごじょうだんをなすつちやあいけません、わつちが道を急いで居るものだから、おかくしなすつてからかはうと思つていらつしやるのでせう」
午頃ひるごろに荷物が着いて、大きな支那鞄しなかばん柳行李やなぎごうり、信玄袋、本箱、机、夜具、これを二階に運ぶのには中々骨が折れる。時雄はこの手伝いに一日社を休むべく余儀なくされたのである。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
室の中央に投げ出された柳行李やなぎごうりの中に、一杯女の裸体写真がまっていたのだ。
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
お雪や子供と一緒に町の湯から帰って来たお種は、自分の柳行李やなぎごうりの置いてある部屋へ入って、身じまいする道具をひろげた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういってその場を流されたのだが、松江のためにさがしだしてくれたのが、古い昔の柳行李やなぎごうりの弁当入れとわかると、松江はがっかりして泣きだした。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
医者は少し呼吸器をおかされているようだからと云って、切に転地を勧めた。安井は心ならず押入の中の柳行李やなぎごうり麻縄あさなわを掛けた。御米は手提鞄てさげかばんじょうをおろした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その脇に茶箪笥ちゃだんすや、たたんだ卓袱台ちゃぶだいや、炭取、柳行李やなぎごうり、駒箱をのせた将棋盤、そのほかこまごました道具類が、いかにもきれい好きな老人の独りぐらしらしく、きちんと整理されてあった。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
と言いながら繁は離座敷はなれの電燈をひねって歩いて、かばん柳行李やなぎごうりなどの取出してある二つの部屋を明るくした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
部屋いっぱいに並べられた着類きるいや、手まわりのものなどを大きな柳行李やなぎごうりに入れたり、またそれを取り出してつめかえたりしているお母さんのそばにつっ立って、健はふくれかえっていた。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
こちらにも小さな火鉢ひばちがあり、そのわき茶箪笥ちゃだんすや、たたんだ卓袱台ちゃぶだいや、炭取、柳行李やなぎごうり駒箱こまばこをのせた将棋盤、そのほかこまごました道具類が、いかにもきれい好きな老人の独りぐらしらしく
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それを柳行李やなぎごうりにつめさせてなどと家のものが語り合うのも、なんとなく若者の旅立ちの前らしかった。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
窓に寄せて、大きな柳行李やなぎごうりふたが取ってあって、その中に達雄の筆で表題を書いたものが幾冊か取散してある。ふるい日記だ。何気なく三吉はその一冊を取上げて見た。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そんな場合ですら、彼女は自分で自分の身のまわりの物をどう仕末して可いかも解らなかった。殆んど途方に暮れていた。夫の手伝いなしには、ろく柳行李やなぎごうり一つまとめることも出来なかった。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼は着物を改めに自分の柳行李やなぎごうりの置いてある二階の方へ行こうとしたが、お隅がそれをおしとどめて、そのままからだを洗いきよめて来てもらいたいと言うので、彼も言われるままにした。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)