時宜じぎ)” の例文
それから指をんでいた子供に「さあ、坊ちゃん、お時宜じぎなさい」と声をかけた。男の子は勿論もちろん玄鶴がお芳に生ませた文太郎だった。
玄鶴山房 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お母あ様程には、秀麿の健康状態に就いて悲観していない父の子爵が、いつだったか食事の時息子を顧みて、「一肚皮いちとひ時宜じぎに合わずかな」
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
如何いかに説いても男は帰らぬ。さりとて国へ報知すれば、父母の許さぬのは知れたこと、時宜じぎればたちまち迎いに来ぬとも限らぬ。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
私はその詩人に通りすがりにお時宜じぎをしてゆく、幾たりかの少女のうちの一人が、いつか私の恋人になるであろうことを、ひそかに夢みた。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
して見れば落雲館の生徒がこの頭を目懸けて例のダムダムがんを集注するのは策のもっとも時宜じぎに適したものと云わねばならん。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれど手前は、第一にまず大人たいじんが悪人でないことを認めました。第二に、ご計画の義兵を挙げることは、すこぶる時宜じぎをえておると存じます。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまり時宜じぎに隨つて首を伸縮させる奴よ。見給へ。君はさうしてると、胴の中へ頭が嵌り込んだやうに見えるが、二重襟だぶるからあをかけた時は些とは可い。
我等の一団と彼 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
人多くは事の指支さしつかゆる時に臨み、作略さりやくを用て一旦其の指支を通せば、跡は時宜じぎ次第工夫の出來る樣に思へ共、作略の煩ひ屹度生じ、事必ず敗るゝものぞ。
遺訓 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
さてまた六右衞門は久八にむかひ如何にも貴殿きさま心底しんていには勿々なか/\引負ひきおひなど致す樣なる者では無と思ひしにあにはからんや昨日きのふ始末しまつと思ひのほかうつかはりし今日の時宜じぎ異見いけん
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そうして前述のごときあらゆる天災の根本的研究とその災害に対する科学的方策の綜合的考究に努力せしめるのが最も時宜じぎに適したものではないかと思われる。
新春偶語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
いずれとも時宜じぎに従うのはいうまでもないが、目ざす敵を一人だけに限っておくのが定法だ。その辺の心得がなかったので、野呂はやりそくなったのだとみえる。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ただし神代の神々、式内しきないの神々も時宜じぎんで院中に祭るべし。それ以下菅公、和気わけ公、楠公、新田公、織田公、豊臣公、近来の諸君子に至るまでその功徳くどく次第神牌を立つるなり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
木島は、この時宜じぎを得た処置のためか、ぐんぐん恢復してやがて、東京に帰って行った。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
この用心は確かに時宜じぎを得たものであった、というのは、その時ノズドゥリョフが力まかせに手を一つ振りまわしたからで……危く、我等の主人公のふっくらした気持の好い片頬に
一、運座うんざ点取てんとりなど人と競争するも善し。秀逸の賞品を得るが如きは卑野にして君子の為すべき所に非ず。俳句の下巻または巻を取るは苦しからず。時宜じぎりて俳書を賞品と為すも善かるべし。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ちょうどそこへはいってきたのはこの倶楽部クラブの給仕です。給仕はゲエルにお時宜じぎをしたのち、朗読でもするようにこう言いました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれに取るゝ共時宜じぎよらば長庵めを恨みの一たうあびかけ我も其場でいさぎよく自殺をなしうらみをはらさんオヽさうじや/\と覺悟を極めかねて其の身がたしなみの脇差わきざしそつと取出して四邊あたり
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それからはあんまり彼等とも遊ぶ機会がなくなった。その間、私はお前とだけは、屡々しばしば、町の中ですれちがった。何にも口をきかないで、ただ顔をあからめながら、お時宜じぎをしあった。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
時宜じぎによればすぐにも使者ししゃをやって、よく聞きただしてみてもいいから、今夜一ばんは不自由でもあろうが役場に宿とまってくれとのことであった。教員室には、教員が出たりはいったりしていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
K君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧にお墓へお時宜じぎをした。しかし僕はどう考えても、今更恬然てんぜんとK君と一しょにお時宜をする勇気は出悪でにくかった。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
得ず夫婦連立つれだち町役人に誘引いざなはれ奉行所さして出行いでゆきけりやがて白洲へ呼込よびこまれけるに長庵はの忠兵衞めがいらざる事をしやべりてかゝ時宜じぎに及ばせたれば今日こそは目に物見せんと覺悟を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
のみならずその犬は身震いをすると、たちまち一人の騎士に変り、丁寧にファウストにお時宜じぎをした。——
三つのなぜ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「早発性痴呆ちほうと云うやつですね。僕はあいつを見る度に気味が悪くってたまりません。あいつはこの間もどう云う量見か、馬頭観世音ばとうかんぜおんの前にお時宜じぎをしていました」
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「早発性痴呆ちはうと云ふやつですね。僕はあいつを見る度に気味が悪くつてたまりません。あいつはこの間もどう云ふ量見か、馬頭観世音ばとうくわんぜおんの前にお時宜じぎをしてゐました。」
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は見知越しの人に会ふと、必ずこちらからお時宜じぎをしてしまふ。従つて向うの気づかずにゐる時には「損をした」と思ふこともないではない。(大正一五・一二・四)
僕は (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
船長はくすの木の下へ来ると、ちょっと立ち止まって帽をとり、誰か見えないものにお時宜じぎをする。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
僕はとうとう控室へはいり、博奕打ちらしい男にお時宜じぎをした上、僕の場合を相談した。が、彼はにこりともせず、浪花節語なにわぶしかたりに近い声にこう云う返事をしただけだった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
たとへば宿屋に泊まつた時、そこの番頭や女中たちがわたしに愛想あいそよくお時宜じぎをするでせう。それから又ほかの客が来ると、やはり前と同じやうに愛想よくお時宜をしてゐるでせう。
貝殻 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
大抵は五厘か寛永通宝である。その又穴銭の中の文銭を集め、所謂「文銭の指環ゆびわ」をこしらえたのも何年前の流行であろう。僕等は拝殿の前へ立ち止まり、ちょっと帽をとってお時宜じぎをした。
本所両国 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ラップも詩人トックといっしょにたびたびクラバックには会っているはずです。しかしこの容子ようすに恐れたとみえ、きょうは丁寧ていねいにお時宜じぎをしたなり、黙って部屋のすみに腰をおろしました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大抵たいていは五厘銭か寛永通宝くわんえいつうはうである。その又穴銭の中の文銭ぶんせんを集め、所謂いはゆる「文銭の指環ゆびわ」をこしらへたのも何年まへの流行であらう。僕等は拝殿の前へ立ち止まり、ちよつと帽をとつてお時宜じぎをした。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この方法によつて成功をち得る時、彼は時宜じぎに適すると適せざるとを問はず、一面にはそれが楽である所から、又一面には、それによつて成功する所から、ややもすればこの手段に赴かんとする。
手巾 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
窓の下の人々は不相変あいかわらず万歳の声を挙げていた。それはまた「万歳、万歳」と三度繰り返してとなえるものだった。従兄の弟は玄関の前へ出、手ん手に提灯ちょうちんをさし上げた大勢おおぜいの人々にお時宜じぎをしていた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
相手の河童もお時宜じぎをしたのち、やはり丁寧に返事をしました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)