なす)” の例文
「それに、君の絵はユニークなものらしい。筆を使わずに、指で絵具をなする指頭画というのがあるそうだが、君のはその流儀なんだね?」
肌色の月 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
実際、二、三本の棒がいかに彼の上で、または下で、はすかいに置かれるかが、そして彼の住む箱にどんな色がなすられるかが大問題なのだ。
飛田とびた遊廓の漏洩問題については主務省と府の当事者とたがひに責任のなすりつこをして、自分ばかりが良いにならうとしてゐる。
折角せつかく釣れ盛つて来たら三人の小船頭が綸をもつらかした責任のなすり合ひを始め、『お前がねや』『わしがねや』と語尾にねやねやとつけ乍ら喧嘩を始めた。
坊つちやん「遺蹟めぐり」 (新字旧仮名) / 岡本一平(著)
それは、いつの間にか頭を刈ってしまった理髪師が、私の襟筋えりすじるべくシャボンの泡をなすり付けたのであった。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
およそ嬰児あかんぼの今開けました掌ぐらい、そのせましたこと、からびたの葉で、なすりつけました形、まるで鳥で。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「君達は時局の認識が不足だよ。それだから酔狂な余技に貴重な時間を潰しているんだ。一体、謡曲うたいを唸ったり、童画をなすったりしていられる時だろうか?」
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼は倒れて居るボーシュレーのそばへ走って、その傷口から出る血を、自分の手や顔になすり付け、ジルベールに手がかかるや否やいきなり物をも云わず投げ倒した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
一切の疑いを殿下になすりつけんがため、わざわざ人目に付くようそうした手数まで演じたものであろう。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
丁度油をコテコテなすってかつらのように美くしく結上ゆいあげた束髪そくはつが如何にも日本臭いと同様の臭味があった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
理由わけを考え出そうとしても、考え出せない私は、罪を女という一字になすり付けて我慢した事もありました。必竟ひっきょう女だからああなのだ、女というものはどうせなものだ。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そんなになすくってどうするつもりだ。まるで粉桶から飛び出したようだ。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ぬす逐電ちくでんし夫のみならず大門番の重五郎を殺しつみをつとなすられし殘念ざんねんさに何卒此方樣に出會であひをつとつみゆるされんと此秋葉あきは樣へ誓願せいぐわんこめたる一心とゞきて今此處ここにて出會しも嗚呼あゝかたじけなしと宮居みやゐの方を伏拜ふしをがむを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
半眼はんがんにした、まゆにはくろまじつたけれど、あわなすつたていに、口許くちもとからおとがひへ、みじかひげみなしろい。
松の葉 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
王羲之がどんな文句をなすつたか、私はその団扇を買はなかつたから、そこ迄は知らない。
生涯を学問に貢献しやうといふ先生が嬢様のお気に入らうと頭髪あたま仏蘭西フランス風とかに刈つて香水をなすりつけコスメチツクで髯を堅め金縁目鏡に金指環でおつウ容子振つたさまは堪らない子。
犬物語 (新字旧仮名) / 内田魯庵(著)
足を引摺ひきずるようにしてそっと紋床へ這戻り、お懶惰なまけさんの親方が、内を明けて居ないのを勿怪もっけさいわい、お婆さんは就寝およってなり、あねさんは優しいから、いたわってくれた焼酎しょうちゅうなすって
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、だらしなく画絹の前に坐ると変な手附てつき馬鈴薯じやがいものやうなものをさつとなすくつた。そしてとろんこの眼でじつと見てゐたが「此奴こいつかん。」と言つて、画絹をさつと放り出した。
親仁おやじが、生計くらしの苦しさから、今夜こそは、どうでもものをと、しとぎもちで山の神を祈って出ました。玉味噌たまみそなすって、くしにさして焼いて持ちます、その握飯には、魔が寄ると申します。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きい文字を書く折にはわざと筆を用ゐないで、きぬをぐるぐる巻にして、その先に墨汁すみを含ませて、べたべたなすくるのをひどく自慢にしてゐたといふ事だが、これなどもまあ一寸したおもつきいたづらだ。
入れてなすりつけるように声をひそめて……(な、端金子を、ああもこうもあるものかい。俺が払うな、と言うたかて払え。さっさと一束にして突付けろ。帰れ! 大白痴おおたわけ、その位な事が分らんか。)
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)