あっ)” の例文
旧字:
「マアどうしたのだろう!」校長は喫驚びっくりすると共に、何とも言い難き苦悩が胸をあっして来た。心も空に、気が気ではない。倉蔵は門を開けながら
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そのとき烈しい香料の匂いが、溝の臭気をあっしながら、ふうわりとうすもののように漂いながら匂っていることをかんじた。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
かかる議論ぎろんにまるでこころあっしられたアンドレイ、エヒミチはついさじげて、病院びょういんにも毎日まいにちかよわなくなるにいたった。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
けれど、親木おやぎは、子供こどもあっせられて、地面じめんをはって、どろよごされて、かげもなかったのであります。
親木と若木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ぽっちりと目をあいて見廻す瞳に、まずあっしかかる黒いいわおの天井を意識した。次いで、氷になった岩牀いわどこ。両脇に垂れさがる荒石の壁。したしたと、岩伝うしずくの音。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
父親は今でも然うだが、独り言のようにことわざつぶやく癖があった。僕はそれを小耳に挾んで覚えていたのだった。博覧強記の点はその頃から菊太郎君をあっしていたのらしい。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
石垣をあがると、廟の廻廊に、金剛獅子の常明燈が、あたりを淡く照らしていて、その大屋根をあっしている敏達帝びだつていの御陵のある冬山のあたりを、千鳥の影がかすめて行った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
通りすがりに考えつつ、立離たちはなれた。おもてあっして菜種なたねの花。まばゆい日影が輝くばかり。左手ゆんでがけの緑なのも、向うの山の青いのも、かたえにこの真黄色まっきいろの、わずかかぎりあるを語るに過ぎず。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
戸の外を、桜樹立こだちがぐるりと囲む……桜が……しんしんと咲き静まった桜樹立が真夜中に……むねあっして桜樹立が……桜樹立がしんしんと……私は、ぞっとして夜具やぐをかぶった。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼の同僚は、彼の威勢にあっせられて唯々いいたり、彼の下僚は、彼の意を迎合して倉皇そうこうたり、天下の民心は、彼が手剛てごわき仕打に聳動しょうどうせられて愕然がくぜんたり。彼は騎虎きこの勢に乗じて、印幡沼いんばぬま開鑿かいさくに着手せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
しかし数日前の月輪家の招宴から帰った後の状態はさらに悪くなっている、刻々と、意思はむしばまれ、信念は敗地へ追いつめられて行く、どうしようもない本能のあっす力である。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この歌は、平安朝に艶名えんめい一世いっせあっした、かりけるわらべあおをかりて、あをかりしより思ひそめてき、とあこがれたなさけに感じて、奥へと言ひて呼び入れけるとなむ……名媛めいえんの作と思う。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さてまたかんがえればかんがうるほどまよって、心中しんちゅうはいよいよ苦悶くもんと、恐怖きょうふとにあっしられる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
上陸じょうりくすると、すぐに、かれ部隊ぶたいは、前線ぜんせん出動しゅつどうめいぜられました。そこでは、はげしい戦闘せんとう開始かいしされた。大砲たいほうおと山野さんやあっし、銃弾じゅうだんは、一ぽんのこさずくさばしてあめのごとくそそいだ。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
「そうだとも、われらよりは深い思慮で遊ばすことだ。つまらぬ憂いは、かえってご思念のさまたげになる」すると黄昏たそがれじゃくとした物静かな空気が、伽藍がらんの高い天井からあっしるように下りてきて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、忠明は、彼の顔を睨まえて師の座から一言にあっして
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼をあっして、明智勢は城門の下までむらがり駈けた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)