呵責かしゃく)” の例文
ましてそれを、(そうであろう)を(そうであった)にして、鵜呑うのみにしてしまって、冷罵れいばするのはあまりの呵責かしゃくではあるまいか。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
このものすごおそれが昼も夜も私を悩ました。昼はそのもの思いの呵責かしゃくがひどいものであったし——夜となればこのうえもなかった。
けれど彼は、自分のために姉が刻苦してるのを見ると、重苦しい呵責かしゃくの念を感ずるのだった。彼はそのことを姉に言った。姉は答えた。
探偵に頼みさえしなければ、すくなくとも私自身が妻を裏切っているような心の呵責かしゃくからだけは、免れることができるからであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
罪を責められるよりも、それは道之進にとって耐えがたい呵責かしゃくの言葉だった……彼は低く頭を垂れややしばらく息をのんでいた。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その呵責かしゃくが終った後に、道人は三人に筆と紙とをあたえて、服罪の口供こうきょうを書かせ、さらに大きな筆をとってみずからその判決文を書きました。
……なべて、美人の美の、真をあらわに見ようとなれば、悩ませてみるか、泣かせてみるか、呵責かしゃくしなければ見えてまいりませぬ
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたしはこのうえこのおそろしい呵責かしゃくを見ずにすんだ。なぜといってこのしゅんかんドアがあいて、ヴィタリス親方がはいって来たからである。
「その方はここをどこだと思う? すみやかに返答をすれば好し、さもなければ時を移さず、地獄の呵責かしゃくわせてくれるぞ」と、威丈高いたけだかののしりました。
杜子春 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
拷問というのは、その呵責かしゃくのつらさに、罪のないものでも、虚偽の自白をする場合の起り得るような責め方です。肉体上の拷問がこれに当ります。
月と手袋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
とてもここにこうしてはいられぬ、面目のないことだと思いました。米友は、それ故に良心の呵責かしゃくを受けています。
それがためにチベット政府は非常の疑いを増して、無辜むこの知人を獄に下し大いに呵責かしゃく拷問ごうもんして居るということです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かのインフェルノの煉獄の永劫えいごう呵責かしゃくの相伴者として描き出されたものであることを、想いおこされるのであった。
イワノウィッチは、隊伍のうちに加わりながら、大きい良心の呵責かしゃくを担っていた。彼は、勇敢に戦い、自分の生命をできるだけ高価に売ることを考えた。
勲章を貰う話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私はそれにならされました。自分はなぐさまれる犠牲いけにえ、お客は呵責かしゃくする鬼ときめました。あなたは私を娘として取り扱ってくださった最初のかたでした。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
そして愛子の見ている前で、愛するものが愛する者を憎んだ時ばかりに見せる残虐な呵責かしゃくを貞世に与えたりした。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鞭影べんえいへの恐怖、言いかえれば世の中から爪弾つまはじきされはせぬかという懸念、牢屋への憎悪、そんなものを人は良心の呵責かしゃくと呼んで落ちついているようである。
当てもない妻の霊に対して、おんなじようなびごとを繰返し繰返し良心の呵責かしゃく胡麻化ごまかしているのであった。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし、若い巡査には、左枝の苦悶も、呵責かしゃくにひしめくような有様も、しかもそうしていながら、なにかを凝然じっと見詰めているような気がしてならなかった。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
良心の呵責かしゃくのもとに、精根の尽きるような生活を、典型的な放恣ほうしな異常な、自分でも心の底ではいやでたまらない生活を送ることになるよりほかはなかった。
息子のために娘を犠牲にする事を承知したので、自分でも内心ひそかに良心の呵責かしゃくを感じているのだろうか。
綱手は、それで、地獄のような呵責かしゃくを感じているのであった。十分に、それくらいのことは、承知していた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
こんな呵責かしゃくに逢うのはつまり甕から上へあがりたいばかりの願である。あがりたいのは山々であるが上がれないのは知れ切っている。吾輩の足は三寸に足らぬ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
囚徒らは背をかがめ、呵責かしゃくの下に恐るべき服従を強いられ、鎖につながれたおおかみのような目つきをして皆黙ってしまった。コゼットは全身を震わした、そして言った。
かくの如き道徳上深甚の意義あるにかかわらず、あまり東洋人の脳裏には強き感じを持っておらぬが、しかも真理の自然に有する力は大なるもので何となく良心の呵責かしゃくがあり
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
話の辻褄つじつまはそれで合いました。お崎も自分がお染だったことに、何の疑いも挟みませんが、そう信ずる一方には、恐ろしい呵責かしゃくしもとが、犇々ひしひしとお染の心をさいなむのです。
彼にも良心の呵責かしゃくがいくらかあったのです。しかし彼にあっては恐怖心よりも好奇心の方が強くありました。彼はイエスを見たいものだと求めました(ルカ九の九参照)。
あの人たちは、地上にいたときに愛していた人たちから離されている間に、この人たちにとって最も残酷な呵責かしゃくである放心の苦難を受けて、煉獄の浄火にきよめられたのです。
彼が自己の行為に関して、何か良心の呵責かしゃくを受けているのであると、わたしは思われない。
良心の呵責かしゃくという程のものを覚えない。勿論あんな処へ行くのは、悪い事だと思う。あんな処へ行こうと預期して、自分の家のしきいを越えて出掛けることがあろうとは思わない。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ですから、そんな打破ぶちこわしをしないでも、妙子さんさえ下さると、円満に納まるばかりか、私も、どんなにか気がやすまって、良心の呵責かしゃくを免れることが出来ますッて云うのにね。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
また金だけ送って疎開先におき放しになっている妻子、特に子供たちに良心的呵責かしゃくも感じるようになる。更に共産党、人民の党と考えていたものを裏切ったと思う、苦痛もある。
野狐 (新字新仮名) / 田中英光(著)
冷たい私の知恵は私の耳にささやいて、恋ではない、恋ではないとわれとわが心を欺いてわずかに良心の呵責かしゃくを免れていたが、今宵この月の光を浴びて来し方の詐欺いつわりに思い至ると
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
第三に、犯罪者が犯行後、良心の呵責かしゃくその他の理由によりて、自殺をする場合がある。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と左膳はお藤を自室に幽閉して日々打つ殴る蹴るの呵責かしゃくを加えているのだが、お藤は源十郎のために、お艶をさらう便宜をはかったにすぎないことは、左膳にもよくわかっていたから
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
が今まで私の記してきたことは私の受けた呵責かしゃくの歴史の、ほんの一部分にすぎないのだ。それも最も代表的な、もっとも残酷な呵責の記録ではないのだ。私はわざとそれを書かなかった。
節約を忘れたというはげしい呵責かしゃくの念にとりつかれ、ほんのわずかな出費をもぱったりと差しひかえてしまい、やがて零落して養老院に入れられてしまうだろうなどと自棄やけになって言うのだ。
任を果した安らかさと同時に良心の呵責かしゃくも加わって、別に追手などいるわけもないのに、はかまのもも立ちを高くとると、そのまま外へ逃げ出し、家に帰ると、ひっそり小さくなっていた。
往昔むかし、孔子は「怪力かいりょく乱神を語らず」といわれたるに、予がごとき浅学の者、天地間の大怪たる幽霊、鬼神を論ずるは、孔子もしましまさば、一声の下に呵責かしゃくし去るはもちろんなりといえども
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
児太郎は、それきり奥の間へ黙って這入はいってしまった。弥吉はぼんやり坐って、このごろは唯呵責かしゃく折檻せっかんよりしか児太郎から受けない彼は、なおそこから脱け切れない自分を自分でのろうていた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
うちしりぞけることのできない呵責かしゃくむちを、力いっぱいふるうのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
天降った「救い」そのものさえも天が人間に降す呵責かしゃくの道具であった。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
乗客これを船長或は会計役へ申し入るべく自身呵責かしゃく等かたく無用のこと
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼は老伯爵夫人の死についても別に良心の呵責かしゃくなどを感じなかった。ただ彼を悲しませたのは、一攫千金を夢みていた大切な秘密を失って、取り返しのつかないことをしたという後悔だけであった。
それでも僧侶として、わたしの良心の呵責かしゃくは今まで以上にわたしを苦しめ始めました。わたしはいかなる方法で自分の肉体を抑制し、浄化することが出来るかについて、まったく途方とほうに暮れたのです。
良心の呵責かしゃくは一歩毎に強く加わるので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
相手が素直にかの笛を渡してくれただけに、斬取り強盗にひとしい重々の罪悪が彼のこころにいよいよ強い呵責かしゃくをあたえた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
昂進こうしんするばかりであったが、同時に(どんなに狂的な快楽のなかでも)いつも罪の呵責かしゃくと赦しを乞う涙をともなっていた。
葦は見ていた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
拭いがたい呵責かしゃくをわれとわが身にしているのである。そのうえについ先頃は、身の毛をよだてるような一事もあった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから皆が一層非常な呵責かしゃくを受けるようになったのですが、一体あなたはニャートンからこちらへお越しになったかあるいは空を飛んでお越しになったか
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)