含羞はにか)” の例文
尾上おのえてるは、含羞はにかむような笑顔えがおと、しなやかな四肢とを持った気性のつよい娘であった。浅草の或る町の三味線職の長女として生れた。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
池には紅葉の木が枝を張り出して、根かたに篠笹がひとかたまり、明るい陽射しの中に福寿草が含羞はにかむようなすがたで咲いていた。
茶粥の記 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
襟のあたりを引掻くと、爪をくわえる子供のように、含羞はにかむ体に、ニヤリとした、が、そのまま、何を噛むか、むしゃむしゃと口舐くちなめずる。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼を伏せて含羞はにかんでいるじゃありませんか……それで、ついバカなことをいっちゃったんですけど、気がついて、いやァな感じがしたの。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
生れて間もないらしい乳呑ちのを抱えていたが、外にもう一人、六つぐらいになる男の児が彼女のうしろに含羞はにかみながら食っ着いていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お増は自分の膝にもたれかかって、含羞はにかんだようにお今の顔ばかり眺めている、静子に言いかけたが、顔には何の表情もなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
教授は不似合な山高帽子を丁寧ていねいに取って、すすけきったような鈍重な眼を強度の近眼鏡の後ろから覗かせながら、含羞はにかむように
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
まずマアガレットが、着ていたガウンを脱いで、含羞はにかみながらまだ処女らしいところの残っている若々しい身体を浴槽へ沈めた。浴槽の花嫁だ。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「え、え」二人は、大勢の人いきれに、何かしら含羞はにかみと、こわさをいだきながら、そっと、隅の柱のもとへ、坐っていた。まばゆそうに正面を見る——
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時雨女史は結婚の結納料でも訊くやうに、心もち含羞はにかむで言つた。これまで幾度いくたび無償たゞの原稿を書かされた身には、それだけは訊いておきたかつた。
と若子さんは些っとも含羞はにかまない。朗らか一方の人だ。小宮君も明るい性格だから、申分のない家庭が出来る。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「済みませんでした」おくみは含羞はにかみながら顔を伏せた、「あんまり心配が重なるものですから、ついのぼせてしまいましたの、どうか堪忍して下さいまし」
女は自分を励ますようにそう言いながら、それでも少し含羞はにかむ風情で、肌を押し脱ごうとしました。
そして含羞はにかみ乍ら笑ひ出した。すると又、駄夫は可笑しな奴である、咄嗟に劇しく感動して自分の右手を仔細に透して眺め廻してゐたが、間もなくハタト行詰り急に当惑しててれてしまつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
けれど、彼が成長して立派なとても美しい青年になった時、彼女は含羞はにかむようになり、間もなく夢中になってがれるようになった。この恋心は彼女がヤアギチと結婚するその日まで続いた。
蜂谷はその初々ういういしく含羞はにかんだような若者をおげんの前まで連れて来た。
ある女の生涯 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まるで屈託とか含羞はにかみとかは、何処にもないような明朗娘だった。
地図にない島 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
しなやかな不動の姿勢を取って、すこし含羞はにかみながら立っていた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ほんのすこしの含羞はにかみを輝いた眼のなかに浮べて、正二は
今朝の雪 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼は泥だらけの靴の先を瞶めてイヤに含羞はにかんでゐた。
スプリングコート (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
さて初恋のごと含羞はにかめる
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
ことばきまって含羞はにかんだ、あか手絡てがらのしおらしさ。一人の婦人が斜めに振向き、手に持ったのをそのままに、撫子なでしこす扇の影。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、五十嵐が半畳を入れながら途端に含羞はにかんで俯向うつむいてしまった雪子の横顔へ、食卓の此方こちらすみから敏速な視線を投げた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どこへ坐ればいいのかと、含羞はにかみ笑いをしながら座を見まわしているので、いい加減腹をたてていた須田が
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
静子は含羞はにかんだような顔をして、お増が鞄から出す、土産みやげものの寄木細工の小さい鏡台などをいじっていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
女は自分をはげますやうにさう言ひながら、それでも少し含羞はにかむ風情で、肌を押し脱がうとしました。
……十郎左、それやあいいことだ! やれよ、やれよ、なにを含羞はにかむ!
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お家へお帰りになると、矢張り含羞はにかんでいらっしゃいますのね」
嫁取婿取 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
姉の千賀は含羞はにかみながらこう云った。
思い違い物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
でも、ちょっと含羞はにかんだか、日に焼けた顔を真赤まっか俯向うつむく。同じ色した渋団扇、ばさばさばさ、と遣った処は巧緻うまいものなり。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
幸子達の方からは、軍服の背中と、横顔の一部しか見えなかったが、まだ二十台の青年であることは明かで、少し含羞はにかむような様子で唄っていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お増も浅井も空洞うつろな笑い声を立てた。お今はきついような、不安らしい含羞はにかんだ顔をして、黙っていた。室との結婚の正体が、はっきり頭脳あたまに考えられないようであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
十郎左は、含羞はにかむような口吻くちぶりで、うつ向いてしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは前に云ったようなひがみだの含羞はにかみだのゝせいもあろうが、その外にも、滋幹には別に何か、現実の母に会うことを恐れる気持があったのではなかろうか。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
神に祈ったりしていたその長女は、それから一年もたたないうちに死んでしまった。心配そうな含羞はにかんだようなその娘の幼い面影が、今でもそのまま魂のどこかにきついていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
貴方あなたはな、とそれ、かつる。あのまぶたくれなゐふものが、あたかもこれへる芙蓉ふようごとしさ。自慢じまんぢやないが、外國ぐわいこくにもたぐひあるまい。新婚當時しんこんたうじ含羞はにかんだ色合いろあひあたらしく拜見はいけんなどもおやすくないやつ
みつ柏 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
含羞はにかみながら俯向うつむいた途端に、見る見る顔をにして燃えるように上気して行くのに心づいた。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
子供は含羞はにかんだような、嬉しそうな顔をあからめて、父親の顔を見あげた。その後から、お銀も母親も出て来た。丈の高いお銀の父親の姿も現われた。弟も茶のにまごまごしていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
で、知りませんと、鼻をつまらせ加減に、含羞はにかんで、つい、と退くが、そのままでは夜這星の方へ来にくくなって、どこへか隠れる。ついお銚子が遅くなって、巻煙草の吸殻ばかりがうずたかい。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生れつきの含羞はにかみやはそう急に直るものではないので、井谷の忠告があったにもかかわらず、その日も特に勤めているらしい風は見えず、受け答えのはきはきしないことは相変らずであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
含羞はにかんだふうでかたくなっている青年園田を見たとき、その俊秀な風貌と、すくすくした新樹のような若さに打たれながら、庸三の六感に何かほのかな予感の影の差して来るのを感じはしたが
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お鉄は元気好く含羞はにかむお雪をやわらかに素直に寝かして、袖を叩き、裾をおさ
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「へ、何、下らないことを、」と内々恐悦で、少し含羞はにかむ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
含羞はにかむ児だから、小さな声して。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)