凡庸ぼんよう)” の例文
それは最も凡庸ぼんようなものばかりで——大公爵の誕生日のために作った、大鷹という協奏曲コンセルト、大公爵令嬢アデライドの結婚のおりに書いた
その信雄が、もう少し、どうにか取柄とりえのある人物だと、この二人の人知れぬ苦労も少ないだろうが、いかにせん凡庸ぼんようはもう定かだ。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これは俗人の極めて凡庸ぼんような判断で、私自身さえ興覚めるくらいのものだが、しかし、私などには、どうも、そうとしか思われない。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
『詩では凡庸ぼんようということぐらい悪いことはありませんよ。それにあの男ときたら、一歩も凡庸以上に出ていないんですからね』
着ているものは、汗によごれ、わかめのようにぼろの下がった松坂木綿の素袷すあわせだが、豪快のふうあたりをはらって、とうてい凡庸ぼんようの相ではない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
アカデミー的な凡庸ぼんようなヴィラ・メディチの空気は、どうにも我慢が出来ず、一八八七年には、ついにパリに帰ってしまった。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
小穴隆一をあなりゆういち君(特に「君」の字をつけるのも可笑をかしい位である)は僕よりも年少である。が、小穴君の仕事は凡庸ぼんようではない。
僕の友だち二三人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それが凡庸ぼんような政治家の規範となって個々の時代、個々の政治を貫く一つの歴史の形で巨大な生き者の意志を示している。
堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
古来凡庸ぼんようの人と評しきたりしは必ずあやまりなるべく、北条ほうじょう氏をはばかりて韜晦とうかいせし人かさらずば大器晩成の人なりしかと覚え候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
そうしてこの凡庸ぼんような顔のうしろに解すべからざる怪しい物がぼんやり立っているように思った。そうして彼が記念かたみにくれると云った妙な洋杖ステッキ聯想れんそうした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
極く凡庸ぼんような若旦那だと思っていたところ、急に切れ始めたから驚いたのだろう。隣りに菊太郎君という見本がいるから迷惑する。同じ白鞘でも中身が違う。
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
彼には一人の凡庸ぼんような弟があって、その市の場末で雑貨商を営み、何のわずらいもない平和な日々を送っている。天才的詩人にはこの凡庸がうらやましかった。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それ故この土瓶の絵附は凡人を招くことを決して躊躇ちゅうちょ致しません。無学な者、凡庸ぼんような者をも避けは致しません。なぜなら他力の道を準備しているからであります。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
なるほど、蝶子さんから見たらば、われ/\のこれまでの家族の生活は凡庸ぼんよう極まるものであるであろう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それがシャクの作り話だとしても、生来凡庸ぼんようなあのシャクに、あんな素晴らしい話を作らせるものは確かに憑きものに違いないと、彼等もまた作者自身と同様の考え方をした。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
しかし凡庸ぼんようの眼をもって視察し、平凡の耳をもって歴史を聴く僕のことであるから、やかましい議論はしばらくいて、いささか個人的の教訓に資すべき事柄をはなしたいと思う。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
力ある天使らよ、天に於て安らかにあれ! 彼等はいやしい魂が勝を占め、弱々しい魂が敗れて嘆くときに微笑ほゝゑむ。詩は、破壞されたか? 天才は、放逐されたか? 否! 凡庸ぼんようよ、否。
蟠居ばんきょし、関ヶ原以来は、上下の分が定まって、士分階級が二つに分れ、以後三百年来、凡庸ぼんようと雖も、門地さえ高ければ、傲然として下に臨み、下の者はいかに人材であろうとも、容易に
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼が学校にいるかぎり、彼の意識の底には、いつもその眼があり、古ぼけた校舎もそれで光っていたし、彼の教室に出て来る凡庸ぼんような先生たちにも、それでいくらか我慢が出来ていたのである。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
凡庸ぼんようなる科学者を名画の前へ連れて行くと、心得たりとばかりに画面へ顔をりつけながら、天文学で使用するような拡大鏡を取り出して両眼に当て、画面の隅々隈々すみずみくまぐままでも熱心に見つめる。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
奴隷の卑劣さは専制君主から直接に生まれ出たものである。主人の姿を反映するそれらの腐敗した良心からは一種の毒気が立ち上り、公衆の権威は汚れ、人の心は小さく、良心は凡庸ぼんようで、魂は臭い。
彼は激昂げっこうのあまり、彼らの憎悪ぞうお心をなお誇張して考えていた。それらの凡庸ぼんような奴らがいだき得ない本気さをも、彼はそこに想像していた。
けれども離れ離れに見ると凡庸ぼんような道具がそろって、面長おもながな顔の表にそれぞれの位地を占めた時、彼は尋常以上に品格のある紳士としか誰の目にも映らなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それによって各自の凡庸ぼんようさを擁護し、芸術の個性と天才による争覇を罪悪視し組合違反と心得て、相互扶助の精神による才能の貧困の救済組織を完備していた。
白痴 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
一点のけつ、一寸の曇りもなければ不安の揺ぎもない。真に凡庸ぼんようのありふれた達人使い手のたぐいではない——と心ひそかに重蔵は得知えしらぬ渇仰かつごうたれたのであった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たまに、「私」を出すことがあっても、それは凡庸ぼんような、おっとりした歯がゆいほどに善良な傍観者として、物語の外に全然オミットされるような性格として叙述されて在る。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
又甲乙ない成績に戻ったのである。五年で僕は早稲田大学、東金君は慶応大学の入学試験を受けたが、二人とも恨みっこなしに不合格だった。凡庸ぼんようなところ、小学校時代から伯仲の間にある。
村一番早慶戦 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
少なくとも、それほど低俗ていぞく凡庸ぼんような人物だとは思えない。内々心配されているように、指導方針について何か文句をつけたがっているとすれば、すでに最初からがその機会だったはずである。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
凡庸ぼんような科学者の頭はいかに努力しても算術級数的にしか進まないものだ。
偉大なる夢 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
古玩にして佳什かじふならざるも、凡庸ぼんようの徒の及ばざる所なるべし。
わが家の古玩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
丹下左膳、もとより凡庸ぼんようの剣士ではない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
彼がそれをあんなにしばしば憎んだのは、それが凡庸ぼんような魂のうちにおいて、偽善偽君子的愚劣さの源泉となってるからであった。
しかも私にはそれが実行上における自分を、凡庸ぼんような自然主義者として証拠しょうこ立てたように見えてならなかった。私は今でも半信半疑の眼でじっと自分の心を眺めている。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
またとなき僥倖ぎょうこうを天が授けているといえる理由は——この荊州の国主劉表りゅうひょう優柔不断ゆうじゅうふだんで、すでに老病の人たる上に、その子劉琦りゅうき劉琮りゅうそうも、凡庸ぼんよう頼むに足りないものばかりです。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああ、いい山だなあと、背を丸め、あごを突き出し、悲しそうに眉をひそめて、見とれている。あわれな姿である。その眼前の、凡庸ぼんような風景に、おめぐみ下さい、とつくづく祈っている姿である。
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
……大国民の芸術的至宝をこしらえている凡庸ぼんようと虚偽との量に、彼は驚かされた。審査に堪え得るページは、いかに僅少きんしょうなことだったろう!
けれども、今日こんにちまで宗助そうすけは、小六ころくたいして意見いけんがましいことつたこともなければ、將來しやうらいつい注意ちゆういあたへたこともなかつた。かれおとうとたいする待遇たいぐうはうはたゞ普通ふつう凡庸ぼんようのものであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「おそれいりまする。この凡庸ぼんようを、いかなるお眼がねによってか、破格なるお取立てにあずかり、何をもって、おこたえ申し上げんやと、越前、身のほどもおそろしく存じまする」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は愛情と尊重とをほしがってはいたが、喜びも苦しみも空気もない閉じこもった凡庸ぼんような生活では、息がつけなかったろう。
けれども、今日こんにちまで宗助は、小六に対して意見がましい事を云った事もなければ、将来について注意を与えた事もなかった。彼の弟に対する待遇ほうはただ普通凡庸ぼんようのものであった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
当主貞氏は長い病身で、営中でも忘れられていた程だし、一子高氏は凡庸ぼんようと見られて、久しく客もれな門だったのだ。それが、執権の近親赤橋どのの妹聟いもとむことなると分ったのである。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
瀕死ひんしの者をかついでる男の肩に反射し、貧しい事物や凡庸ぼんような人々の上に広がって、すべてが温和になり聖なる栄光を帯びる。
彼は京都聖護院の御内みうちの修験者であるから、元より武人ではないが、また世間にありふれた凡庸ぼんような山伏とは異なって、羽黒山に籠っては七年の行を遂げ、妙見山に入っては十年の間
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
兄さんは私のような凡庸ぼんような者の前に、頭を下げて涙を流すほどの正しい人です。それをあえてするほどの勇気をもった人です。それをあえてするのが当然だと判断するだけの識見をそなえた人です。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ数人の小説家だけが、パレスとアナトール・フランスとの数冊の書が、凡庸ぼんようの潮の上に浮き出して彼の手に達した。
私は元来、取るに足らない凡庸ぼんようです。周都督のご遺言といい、君命もだし難く、一応おうけ致したものの、決して天下人なきわけではありません。ぜひ、孔明にも勝るところの人物を
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わずかなことで満足する音楽上の無造作さと、世界で最も音楽的だといわれる人種のうちに充満してる完成した凡庸ぼんようさとを、彼らはそなえていた。
家時、凡庸ぼんようなりといへ、いかで祖廟そべう垂言すゐげんに報ふなく、生をぬすんで晏如あんじよたりえん。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
クリストフがかくも凡庸ぼんような魂を愛するということは、不可解なまたあまり名誉でないことのように彼女には思われた。
こういわれてみると、人間の弱さ、盧俊儀ろしゅんぎも何かひそかな危惧きぐを抱かずにいられなかった。わけて彼には、人間を観る目がある。その目で呉用を観れば、決してただの凡庸ぼんよう売卜者ばいぼくしゃではない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)