便びん)” の例文
これよりはその時のさまを樂しき夢に見んとぞおもふ。便びんなきアントニオよと語りもあへず、ジエンナロはおのが臥房ふしどに跳り入りぬ。
ただ惜しいことに十二月七日とあるばかりで、年号が書き入れてないのだが、多分このふみは娘を大阪へ出してからの最初の便びんであろうと思われる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いひけるは、父よ我等をくらひたまはゞ我等の苦痛いたみは却つて輕からむ、この便びんなき肉を我等に着せたまへるは汝なれば汝これをぎたまへ 六一—六三
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
東国の常陸久慈くじ郡へは、一族のひとり楠木正家が彼の代官として年暮くれから下向していた。そこからの一便びんらしい。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう、その方法はいいと思うね、今室蘭には、一人も、休んでるものはないそうだ。二、三日前まで休んでいた者が、二人ばかりあったそうだが、仁威丸じんいまるに、便びん
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
そこで敵打の一行はすぐに伊予船いよぶね便びんを求めて、寛文かんぶん七年の夏の最中もなかつつがなく松山の城下へはいった。
或敵打の話 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彦七不怺こらえずあまりつゆも深く候えば、あれまで負進おいまいらせ候わんとて、前にひざまずきたれば、女房すこしも不辞じせず便びんのう、いかにかと云いながら、やがてうしろにぞよりかかりける、南無妙。
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
論者文字を改めて通用に便びんせんとほっし、あるいは平仮名を用いんとい、あるいは片仮名を用いんと云い、あるいは洋字に改めんと云い、あるいは新字を作らんと云い
平仮名の説 (新字新仮名) / 清水卯三郎(著)
「以前の御厚情を忘れておりませんが、失礼かと存じますし、浦風に似た気のいたしました今暁の山風にも、御挨拶を取り次いでいただく便びんもございませんでしたから」
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
便びんを求めて守田勘弥かんやの弟子筋になって、坂東又三郎と改名した。それと同時に、かれは多年踏んで来た柳盛座の舞台を去って、さらに浅草公園の宮戸座に出勤することになった。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
博士はくしは、思いまよったすえ、ひきだしから便びんせんをとりだすと、ペンを走らせだした。
その次は四国の三津が浜に一泊して汽船便びんを待った時のことであった。夏の初めと記憶しているが僕は朝早く旅宿やどを出て汽船の来るのは午後と聞いたのでこの港の浜や町を散歩した。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
やめあつく庄兵衞があととむらふ可し元益は又其母勝こととしより相續人さうぞくにんの庄兵衞に死別しにわかれ然こそ便びんなく思ふ可ければ元益は醫業いげふはいしてさらに音羽町の町役人となり庄兵衞のあとを相續してはゝかつ孝養かうやう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
五日目に、ダラットへ行くトラックの便びんがあるといふので、茂木技師一行について、ゆき子はまた旅支度をした。——サイゴンは、昔、クメール族の名づけで、プレイ・ノコールと云つてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
かくては前途のためからじと思案して、ある日将来ゆくすえの事ども相談し、かついろいろと運動する所ありしに、おりよくも朝鮮政府の法律顧問なる資格にて、かの地へ渡航するの便びんを得たるを以て
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
余は、それをことごとく映画におさめたので、本日、なんかの便びんを得て、そちらへ送ろうと思う。原稿の方はすぐ続いて打電するつもりだ。只今、き出しを呉れるというから、これで一応報告を切る。
沈没男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
扨、先間便びんに差下候字はいたみなく相屆候哉、自然御披見被下候半。
遺牘 (旧字旧仮名) / 西郷隆盛(著)
母上はこれを聞きて復た言ふべきこともあらねば、便びんなき少年の上をおもひて大息といきつき給ひぬ。かたへぎきせしわれは泣き出しつ。
元成のことばにまかせて、母子は、住吉ノ浦で朝を待ち、舟から舟の便びんで、京へ帰ろうと、思案をきめた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……それよりもくすのき氏の姫が、田舎武士いなかざむらいをなぶるらしい。——大森彦七——そばへ寄ると、——便びんのういかがや——と莞爾にっこりして、直ぐふわりと肩にかかりそうで、不気味なうちにも背がほてった。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼はたちまち眼中に涙を浮べて、財産家に生るるが幸福なりとか、御身おんみの言葉たがえり、仮令たとえばその日暮ひぐらしのいと便びんなきものなりとも、一家団欒だんらんの楽しみあらば、人の世に取りて如何いかばかりか幸福ならん。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
フランチエスカは我頬を撫でゝ、我が餘りに心弱きをいさめ、かくては世に立たんをり、いと便びんなかるべしと氣づかひ給ひぬ。
「さりとは商売冥利みょうりのわるい。……信長などは望んでもまだ日本を離れてよい日を得ないゆえ、ぜひもないが、おことらは、船も持ち、出店も持ち、便びんも常にありながら、なぜ参らぬか」
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
便びんなし、しんひやしたおいしやくなやみかろからず。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「訴訟は、勝った」と、妻や一族へ、便びんをもって、先に報じた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)