“供(きよう)” の例文
竜神より神仏へ供(くう)と云(いふ)が普通(ふつう)の説(せつ)なれど、こゝに珎(めづらし)き竜燈(りうとう)の談あり、少しく竜燈を解(げす)べき説なれば姑(しばら)くしるして好事家(かうずか)の茶話(ちやわ)に供(きよう)す。
彼等(かれら)のやうな低(ひく)い階級(かいきふ)の間(あひだ)でも相互(さうご)の交誼(かうぎ)を少(すこ)しでも破(やぶ)らないやうにするのには、其處(そこ)には必(かなら)ず其(それ)に對(たい)して金錢(きんせん)の若干(じやくかん)が犧牲(ぎせい)に供(きよう)されねばならぬ。
土 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
一層(いつそう)味(あぢ)の輕(かろ)い鳥(とり)の丸燒(まるやき)などはなか/\の御馳走(ごちさう)で、今(いま)の私(わたくし)の身(み)には、世界(せかい)第一(だいいち)のホテルで、世界(せかい)第一(だいいち)の珍味(ちんみ)を供(きよう)せられたよりも百倍(ひやくばい)も憘(うれ)しく感(かん)じた。
僅(わづか)な收入(しうにふ)は母(はゝ)の給養(きふやう)にも供(きよう)せねばならず、彼(かれ)は遂(つひ)に此(こ)の生活(せいくわつ)には堪(た)へ切(き)れず、斷然(だんぜん)大學(だいがく)を去(さ)つて、古郷(こきやう)に歸(かへ)つた。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
これでは国語調査会(こくごてうさくわい)が小説家や新聞記者を度外視(どぐわしし)するのも無理はないと思ふ。萬朝報(よろづてうはう)に限らず当分(たうぶん)此類(このるゐ)のが眼(め)に触れたら退屈(たいくつ)よけに拾(ひろ)ひ上げて御覧(ごらん)に供(きよう)さう。(十五日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
思(おも)ふにコロボツクルは適當の石(いし)を獲(え)たる時、又は氣(き)の向(む)きたる時に、必要以外(ひつえういぐわい)の石鏃(せきぞく)を作(つく)り置(お)き之を土器其他の入れ物に収(をさ)めて後日の豫備(よび)とし或は物品交換(ぶつぴんかうくわん)の用に供(きよう)する爲貯(たくは)へ置(お)きしならん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
技術(ぎじゆつ)の巧拙(かうせつ)は問(と)ふ處(ところ)でない、掲(かゝ)げて以(もつ)て衆人(しゆうじん)の展覽(てんらん)に供(きよう)すべき製作(せいさく)としては、いかに我慢強(がまんづよ)い自分(じぶん)も自分(じぶん)の方(はう)が佳(い)いとは言(い)へなかつた。さなきだに志村(しむら)崇拜(すうはい)の連中(れんちゆう)は、これを見(み)て歡呼(くわんこ)して居(ゐ)る。
画の悲み (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
竜神より神仏へ供(くう)と云(いふ)が普通(ふつう)の説(せつ)なれど、こゝに珎(めづらし)き竜燈(りうとう)の談あり、少しく竜燈を解(げす)べき説なれば姑(しばら)くしるして好事家(かうずか)の茶話(ちやわ)に供(きよう)す。
かの源内は江戸の饒地(げうち)に火浣布を織(おり)しゆゑ其聞(きこ)え高く、この両人は越後の辟境(へききやう)に火浣布をおりしゆゑ其名低(ひく)し、ゆゑにこゝにしるして好事家の一話に供(きよう)す。
かの源内は江戸の饒地(げうち)に火浣布を織(おり)しゆゑ其聞(きこ)え高く、この両人は越後の辟境(へききやう)に火浣布をおりしゆゑ其名低(ひく)し、ゆゑにこゝにしるして好事家の一話に供(きよう)す。