鳩尾みずおち)” の例文
お絹は鳩尾みずおちをかかえるように俯向きながら考えていたが、ふと何物かがその眼先きをひらめいて過ぎたように、きっと顔をあげた。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
侍女七 はすの糸をつかねましたようですから、わにの牙が、脊筋と鳩尾みずおち噛合かみあいましても、薄紙一重ひとえ透きます内は、血にも肉にも障りません。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その床几の上に横たわっている人間の二本の脚もとから——顔の方をずっと見上げて、どきっと、鳩尾みずおち当身あてみを食ったような衝動をうけた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥方「はいあゝひどく痛い、今迄んなに痛いと思った事は無かったが、誠に此の鳩尾みずおちの所に打たれたのが立割られたようで」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いきなり新聞をひざの上に落としたかと思うと、まるで自分の腹の上に冷水でもはねかけられたように、鳩尾みずおちのところに冷やりと実にいい気持がした。
富籤 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
ところが、爆裂弾の破裂したときに僕は、左の片頬と両腕と両脚とをもぎ取られ、鳩尾みずおちのところに大きな穴をあけられたにかかわらず不思議にも死ねなかったのだよ。
卑怯な毒殺 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
ミサ子は義兄の云うことをきいているうちに鳩尾みずおちの辺がつめたくなるように感じた。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
腹部の頼りなさがくすぐられるようである。くく、くく、という笑いが、鳩尾みずおちから頸を上って鼻へ来る。それが逆に空腹に響くとまたおかしい。くく、くく、という笑いが止め度もなく起る。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
鳩尾みずおちの所でくっきりと一線を劃して、それから上は肋骨が一枚々々浮出して見えていた。順造は見かねて眼を外らした。見舞に来ていた叔母がその場に居合せないのを、幸と思ったほどだった。
幻の彼方 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お力は、匕首を、自分の鳩尾みずおちへ刺通したお千代の手を両手で握ったが
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……その時鳩尾みずおちに巻いていたのは、高津こうづ辺の蛇屋で売ります……大瓶おおがめの中にぞろぞろ、という一件もので、貴方御存じですか。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
バラバラッと蓆囲いを目がけて躍り込んで行くと、物蔭に隠れていた熊谷笠の大月玄蕃が、いきなりドンとこんがらの鳩尾みずおちを狙って突き出した当身あてみけん
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この騒ぎが一団ひとかたまり仏掌藷つくねいものような悪玉あくだまになって、下腹から鳩尾みずおちへ突上げるので、うむと云って歯を喰切くいしばって、のけぞるという奇病にかかった。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
儀助は稽古たんぽ槍の石突を右の後ろへ深くしごいて、左は軽く、本物の槍にすれば千段の先辺りまで穂短かに持ち、一足退さがって新九郎の鳩尾みずおちを狙ったが、青眼の木剣が伸びてくるので
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまつさえ貴い血まで見せた、その貴下あなた、いきれを吹きそうな鳩尾みずおちのむき出た処に、ぽちぽちぽちとのみのくった痕がある。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
間髪かんはつ、さらに隙を突いて、燕青の肩か頭が、相手の鳩尾みずおちへ体当りを与えたかと思うと、任原は二ツ三ツしどろ足を踏んでよろけた。観衆がわーッとよろこぶ。任原は吠えた。猛虎の勢いで
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一つくぐって鳩尾みずおちからひざのあたりへずり下った、その扱帯の端を引上げざまに、ともしを手にして、柳の腰を上へ引いてすらりと立ったが、小用こように、と思い切った。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
天蔵の石あたまは、いやというほど、その鳩尾みずおちつかッて逆立さかだちする。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
端然きちん居坐いずまいを直して、そのふっくりした乳房へ響くまで、身に染みて、鳩尾みずおちへはっと呼吸いきを引いて
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
撥を鳩尾みずおちに当てたまま、大きな息を全身でついている。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羽二重のくれないなるに、緋で渦巻を絞ったお千世のその長襦袢のしぼりが濃いので、乳の下、鳩尾みずおち、窪みに陰のすあたり、鮮紅からくれないに血汐が染むように見えた——俎に出刃を控えて
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うつくしき人はせきとして石像のごとくしずかなる鳩尾みずおちのしたよりしてやがて半身をひたし尽しぬ。
竜潭譚 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
うつくしき人はせきとして石像の如くしずかなる鳩尾みずおちのしたよりしてやがて半身をひたしつくしぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
小箱を包んだのを乳の下鳩尾みずおちへ首からつるした、頬へ乱れた捌髪さばきがみが、その白色を蛇のように這ったのが、あるくにつれて、ぬらぬら動くのが蝋燭の灯の揺れるのに映ると思うと
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
七日なぬか目の朝、ようようのことで抱主かかえぬしから半日のいとまを許され、再び母親を小石川の荒屋あばらやに見舞うと、三日が間、夜も昼も差込み通し、鳩尾みずおちの処へぐッと上げた握掌にぎりこぶしほどのものが
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さてもそのは暑かりしや、夢の恐怖おそれもだえしや、紅裏もみうらの絹の掻巻かいまき鳩尾みずおちすべ退いて、寝衣ねまき衣紋えもん崩れたる、雪のはだえに蚊帳の色、残燈ありあけの灯に青く染まって、まくらに乱れたびんの毛も
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
取憑とッついた男どもが、眉間尺みけんじゃくのように噛合かみあったまま、出まいとして、の下をくぐって転げる、其奴そいつを追っ懸け追っ懸け、お綾がさすると、腕へすべって、舞戻って、鳩尾みずおちをビクリと下って
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は生血を吸うのだと震えあがった。トどうかは知らんが、わかい女のからんだ腕は、ひとりで貴婦人のうなじを解けて、ぐたりと仰向あおむけに寝ましたがね、鳩尾みずおちの下にも一ヶ所、めらめらと炎の痣。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鳩尾みずおちめた白羽二重しろはぶたえの腹巻の中へ、生々なまなまとした、長いのが一ぴき、蛇ですよ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肩と鳩尾みずおちに手を懸けて後抱うろろだきに引起す、腕を伝うて生暖なまぬるきもの、たらたらたら。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男は顔を両手で隠して固く放さず、女は両手を下〆したじめ鳩尾みずおちに巻きしめていた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
咽喉のどを突かれてでも、居はしまいか、鳩尾みずおちったあとでもあるまいか、ふと愛惜あいじゃくの念さかんに、のぞみの糸にすがりついたから、危ぶんで、七兵衛は胸がとどろいて、慈悲の外何の色をも交えぬおいまなこふさいだ。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)