顰蹙ひんしゅく)” の例文
このほかに不良読者と云うのがあるが、これはつまり集金不良の読者のことで、集金人のおばさんが最も顰蹙ひんしゅくするところのものである。
安い頭 (新字新仮名) / 小山清(著)
ひとの下品な歩き恰好かっこう顰蹙ひんしゅくしていながら、ふと、自分も、そんな歩きかたしているのに気がついた時みたいに、すごく、しょげちゃった。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もし今兄を、東京の市中でも歩かせようものなら、浮薄な都人みやこびとからはたちまち田舎ッペイとして、軽蔑されたり顰蹙ひんしゅくされてしまうでしょう。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
おそらくそういったら、彼以外の者は、それを彼の虚偽と顰蹙ひんしゅくするであろうほど、人知れずそれは彼のみが本懐ほんかいとしていた境地だったのだ。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
前議員某氏は激怒の相を現わし、その禿頭より赤光を放射した。他の会員は思わず失笑する者もあり、顰蹙ひんしゅくする者もあった。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
口中に臭気しゅうきあるをさとらず師の前に出でて稽古しけるに、春琴例のごとく三のいと鏗然こうぜんはじきてそのまま三味線を置き、顰蹙ひんしゅくして一語を発せず
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
当時、戯作者といえば一括して軽薄放漫なる聵々者がいがいしゃ流として顰蹙ひんしゅくされた中にひとり馬琴が重視されたは学問淵源があるを信ぜられていたからである。
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
覇気と頑強と、精力的なので多少主人を顰蹙ひんしゅくさせ、朋輩ほうばい達に憎がられはしても、どんどん彼は他を抜いて行つた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
欧米人をやたらに有難がり、一から十まで外人の所作事真似事風習は、心ある者をして顰蹙ひんしゅくせしめているが、洋食に砂糖気のないことには気付かないのか。
味を知るもの鮮し (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
皆に顰蹙ひんしゅくされ切っていながら、鈍感とも鉄面皮とも判断つかない笑顔で金とプラチナの歯を光らしながら、沖は依然として部屋部屋を歩いているのであった。
海流 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それから「いっぱい食わせた」の「わしをひっかけた」の「ぺてん」だのという、士君子の顰蹙ひんしゅくすべき言も並べたてた。これを要するに、老人は怒っていたのである。
明暗嫁問答 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
そして家でおとなしく飲んでいられないような野性的な彼の卑しい飲み癖が、一層お島を顰蹙ひんしゅくさせた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その無慈悲な正直、申し分なきことにたいする尊重、「不規則な」優秀さにたいする顰蹙ひんしゅく的な軽蔑。
私自身に就いて云うならば、斯ういう島民の扱い方に対して別に人道主義的な顰蹙ひんしゅくも感じないが、さりとて之を以て最上の遣り方と推奨することにも多分の躊躇を感ずる。
南島譚:03 雞 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ほこりだらけで一日を此処に過し、聚楽荘てふお寒いところで宴会、安田信託の小川氏の挨拶、文芸部の川島順平が狂人じみた余興、お定の巻てものをやり一同を顰蹙ひんしゅくさす。
よほど年のいった典侍ないしのすけで、いい家の出でもあり、才女でもあって、世間からは相当にえらく思われていながら、多情な性質であってその点では人を顰蹙ひんしゅくさせている女があった。
源氏物語:07 紅葉賀 (新字新仮名) / 紫式部(著)
私のおりおり顰蹙ひんしゅくすることは、その人たちがしばしば「女子の中性化」というような言葉を用いて現代の重要問題の一つである女子解放運動を善くないことのように論じることです。
「女らしさ」とは何か (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
野育ちだから、生来具有の百の欠点を臆面もなくさらけ出して、所謂いわゆる教育ある人達を顰蹙ひんしゅくせしめたけれど、其代り子供の時分は、今の様に矯飾きょうしょくはしなかった。みんな無教育な親達のお蔭だ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ただ役人を顰蹙ひんしゅくさせるのは、この人物が、名古屋城下へ護送されることを物の数ともせず、ことに家老の平岩がどうの、成瀬がこうの、竹腰がああの、鈴木とは親類づきあいだのと
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その後、欧州大戦後の悪い音楽の世界的汎濫の影響を受けて、日本の音楽鑑賞界も、甚だしく毒されたことは事実であったが、我らの顰蹙ひんしゅくと慨歎もさまで久しきにわたる必要はなかった。
この私の傾向は、多くの学友たちの顰蹙ひんしゅくを買つたに相違ない。中でも或る友人は、私を『軽い』といふ学校仲間の術語で面罵めんばして、その下宿の二階で私に向つて懇々と感激的な忠告をしてくれた。
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
蕭条しょうじょうたる漁村に相応ふさわしからぬ優雅な音をたてているのだが、コン吉はそれほどまでに深く自然の美観を鑑賞する教養がないためか、いたずらに、臭い、臭いといって顰蹙ひんしゅくし、この島における印象は
一つの人知れぬ顰蹙ひんしゅくが、天の奥に見えている。
人身窮理の端を持ち出して顰蹙ひんしゅくして言わん
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
他の誰の試合の場合に徴しても試合は果し合いだったのである。殺伐さつばつが人生を高調させている動乱の中では、彼の残忍だけを顰蹙ひんしゅくできない。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
或いは気障きざとか言われ、あの者たちに、顰蹙ひんしゅくせられるのは承知の上で、つまり、自分の抗議を書いてみるつもりなのである。
如是我聞 (新字新仮名) / 太宰治(著)
恐らくは河内介、———武州公自身も、極めて迷惑な位置にあるおのれを見出して、一寸の間顰蹙ひんしゅくしたことであろうと察する。
今の道徳からいったら人情本の常套じょうとうの団円たる妻妾の三曲合奏というような歓楽は顰蹙ひんしゅくすべき沙汰さたの限りだが、江戸時代には富豪の家庭の美くしい理想であったのだ。
美事なグラジオラスの一はちを、通りの花屋から買って来て、庸三を顰蹙ひんしゅくせしめたものだが、お節句にはデパアトから幾箇いくつかの人形を買って来て、子供の雛壇ひなだんにぎわせたり
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
天下蒼生そうせいの安危ということよりも大切なのであろうか? というのは、今の泄冶がもし眼前の乱倫に顰蹙ひんしゅくして身を退いたとすれば、なるほど彼の一身はそれで良いかも知れぬが
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……クリストフはやはりつづけて公務のために宮廷へ伺候していたが、そこでも例の悪趣味を出して、親しく大公爵に向かって、世に尊敬されてる楽匠らについて顰蹙ひんしゅくすべき無作法な言辞をろうした。
いわば、日本のはだしの足の、指ではがれている生爪を見ることを顰蹙ひんしゅくするかたぎをもっている。このことは、それらの人々の文学の言葉では、リアリズムへのぬきがたい疑いとして語られつつある。
ひそかに顰蹙ひんしゅくしている一人です。
平塚さんと私の論争 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
私は顰蹙ひんしゅくした。
現代能書批評 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
いつぞや曹操が入城する時も、同様な高慢を云いちらして、諸将が顰蹙ひんしゅくしていたのを思い出して、許褚はぐっと持ち前の癇癪かんしゃくを面上にみなぎらせた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おなじ羽色のからすが数百羽集ると猥雑わいざつに見えて来るので同類たがいに顰蹙ひんしゅくし合うに到る、という可笑おかしい心理に依るのかも知れないが、自分もやはり清国留学生
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
………いやいや、御牧自身は妙子についてどんな醜悪な事実があっても意に介しないであろうけれども、彼の周囲の人々、父の子爵や国嶋夫妻などが顰蹙ひんしゅくせずにいるであろうか。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今なら文部省に睨まれ教育界から顰蹙ひんしゅくされるすこぶる放胆な自由恋愛説が官学の中から鼓吹され、当の文部大臣の家庭に三角恋愛の破綻を生じた如き、当時の欧化熱は今どころじゃなかった。
沿道の民衆の間にはさすがにひそやかな嘆声たんせい顰蹙ひんしゅくとが起る。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
瑛子は顰蹙ひんしゅくした声で云った。
雑沓 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ユダの悪魔あくまぶりにはキリストも持てあましたし、十二使徒しとの人々も顰蹙ひんしゅくして、あいつはとても、真人間まにんげんにはなりませんといったくらいだ——という話を
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかりとか何とか、矢鱈やたらに合槌打ってみたり、きっと皆は、あの隅のほうにいる酔っぱらいは薄汚いやつだ、と内心不快、嫌悪の情を覚え、顰蹙ひんしゅくなされていたに違いない。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
常から放縦な恋愛を顰蹙ひんしゅくする自分は大杉のかなりに打明けた正直な告白に苦虫にがむしつぶさないまでも余り同感しなかったのを気拙きまずく思ったと見えて、家が遠くなると同時に足が遠のいてしまった。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
他国に例を見ないほどであるし、何よりも、光秀の顰蹙ひんしゅくしていたのは、主君の閨門けいもんのおさまらない点であった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私でさえ、鼻をつまんで読んだ事があります。女のひとは、ひとりのこらず、貴下を軽蔑し、顰蹙ひんしゅくするのも当然です。私は、貴下の小説をお友だちに隠れて読んでいました。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
てて加えて沼南夫人の極彩色にお化粧した顔はお葬い向きでなかった。その上に間断なくニタニタ笑いながら沼南と喃々なんなん私語して行くていたらくはひつぎを見送るものを顰蹙ひんしゅくせしめずにはかなかった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
武門の家に男と生れて甲斐のない新九郎の性質は、無論兄の重蔵が強く顰蹙ひんしゅくするところであったから、今日までには幾百回の強意見こわいけんが繰り返されたか知れない。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まっぱだかで大酒を飲んでいた。時の所謂いわゆる『道徳家』たちは彼等を、ごろつきの背徳者としてののしり、いやいまだって上品ぶった正人君子たちは彼等の行状には顰蹙ひんしゅくしているのです。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それも世人の顰蹙ひんしゅくするなどという程度の制裁ではない。実際の戸籍面にも印されて一生汚れがついたものだった。これを、子供心にもぼくは知っていたのであろうか。
ばかばかしいと顰蹙ひんしゅくせられて、私自身も何だか大損をしたような気さえしたのであるが、このたびの先生の花吹雪格闘事件もまた、世の賢者たちにあるいは憫笑びんしょうせられるかも知れない。
花吹雪 (新字新仮名) / 太宰治(著)