隈取くまど)” の例文
色の複雑な隈取くまどりがあって、少し離れて見ると何色ともはっきり分らないで色彩の揺曳ようえいとでも云ったようなものを感じる花とがある。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
珊瑚樹垣さんごじゅがきの根にはふきとうが無邪気に伸びて花を咲きかけている。外の小川にはところどころ隈取くまどりを作って芹生せりふが水の流れをせばめている。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
千切れたもとどり、顔にかかった髪、ああその顔のあおいことは! ゲッソリ痩せて、骨ばって、黒い輪が両眼を隈取くまどっている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それから眼の縁の青い隈取くまどり、頬紅、入れぼくろ、唇の線、鼻筋の線、と、ほとんど顔のあらゆる部分が不自然に作ってあります。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
稲荷のほこらも垣根も雪に隈取くまどられ、ふだんの紅殻べんがらいろは、河岸の黒まった倉庫に対し、緋縅ひおどしのよろいが投出されたような、鮮やかな一堆いったいに見える。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
だぶだぶの服、筒帽子、顔を真白に塗って眼口を隈取くまどっているピエロ。扮装しているので分らないが、体つきのどこやらに忘れ難い兄のおもかげがある
劇団「笑う妖魔」 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
五尺ばかり前にすらりと、立直たちなおる後姿、もすそを籠めた草の茂り、近く緑に、遠く浅葱あさぎに、日の色を隈取くまどる他に、一ぼくのありて長く影を倒すにあらず。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
最後の光芒こうぼうが、すすけた屋根ひさしをけばけばしく隈取くまどっていた。けまわる子供らのかんだかいこえがさざめいている。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
だが、いくら活溌かっぱつに動いて見せたところで、これが健康な人と云えるだろうか。あの顔色はどうだ。目のまわりを薄黒く隈取くまどっている死相はどうだ。
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
顏一面にあゐを塗つて、墨で隈取くまどつたやうな無氣味な顏が、自分の顏の横から、そつと覗いてるではありませんか。
如何にして? 顔を黒く隈取くまどって戦うことによってではない。家に火を放つことによってではない。豚を殺し、傷つける敵の首をねることによってではない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
調所の、眼の下に、脣に、薄い隈取くまどりが出てきた。細く、白眼を開けて、薄く、脣を開いたまま、だんだん冷たくなって行った。二三度、微かに、蒲団が、動いた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
支那の芝居の第三の特色は、隈取くまどりの変化が多い事である。何でも辻聴花翁つじちょうかおうによると、曹操そうそう一人の隈取りが、六十何種もあるそうだから、到底市川流いちかわりゅう所の騒ぎじゃない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
隈取くまどりでもしたようにかわをたるませた春重はるしげの、上気じょうきしたほほのあたりに、はえが一ぴきぽつんととまって、初秋しょしゅうが、路地ろじかわらから、くすぐったいかおをのぞかせていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
白い光るものも、鬼倉の隈取くまどりのやうに荒い皺の走つた顔も、それからあの、もやもやした怒りも。そして、ぼんやりとして次のやうな話がとり交はされるのを聞いてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
その道具立の一つ一つがゆったり出来ていて、此は隈取くまどられるために生みつけられた特別製の素材であった。其上に舞台上の修練によるあらゆる顔面筋の自由な発達があった。
九代目団十郎の首 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
冬枯れの形よく隈取くまどられたみちは、まだそのまま掃かれたことがなかった。経之はていねいに落葉のかさなりを見て行ったが、そのかさなりのはずれたあたりに、人の歩いたあとがあった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
次に来たのはとび色と白との粘土で顔をすっかり隈取くまどって、口が耳までけて、胸や足ははだかで、こしに厚いみののようなものを巻いたばけものでした。一人の判事が書類を読みあげました。
火光がてらてらと全身を隈取くまどりつつ照らしている。爺は静かに濡れた上衣チョゴリを脱いで背をちぢかめ、泥だらけの足袋ボソンをうんうん力んで脱ぎ取った。ばら銭が中からざらざらと藁の上に落ちて来るのだ。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
面色蒼褪あおざめているのは、あながち月の隈取くまどりばかりではないらしい。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
薄紅うすあかい影、青い隈取くまどり、水晶のような可愛い目、珊瑚さんごの玉は唇よ。揃って、すっ、はらりと、すっ、袖をば、すそをば、あいなびかし、紫に颯とさばく、薄紅うすべにひるがえす。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
少なくも子供たちに対する誘惑を無害な方面に転じる事になるだろうし、おとなに対しても三越というものの観念に一つの新しい道徳的な隈取くまどりを与えはしまいか。
丸善と三越 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼の女の青いひとみは海よりも廣く深く、眼瞼まぶたふちえ揃った睫毛まつげ鯨鬚くじらひげよりも長く、その周囲には鉛筆のに似た黒い物で、月のかさのような隈取くまどりが施されて居る。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さっきの涙はもう乾いていたが、手でぬぐうと、その涙の跡がひろがって、隈取くまどりのようになった。
俳優の似顔の目の隈取くまどりや、それを照らす白い強い電燈の光や、それに見入る娘たちや雛妓すうぎらの様子までもはっきり、彼女らの髪油の匂までもありありと、浮かんで来た。
「思い切り、人間の、苦痛というものをばかにした顔に描いてやれ、腫物とは見えない人の顔に」彼は、人の顔らしく地塗りをし、隈取くまどりをし鼻、口、眼と描き入れかけた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その両眼はとざされていた。彼女は祈っているのであった。眼の縁を陰影かげ隈取くまどっていた。陰影を一層濃くしているのは、眼瞼まぶたからはみ出した睫毛まつげであった。唇が半分開いていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ツイ先刻、お染が淋しそうに見送って居た、ささやかな空地には、秋草がハタハタとなびくだけ、四方あたり隈取くまどった箱根笹の海に呑まれたか、其処そこにはお染の影も形もなかったのです。
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
とにかくうすら寒い時候に可愛らしい筍をにょきにょきと簇生そうせいさせる。引抜くと、きゅうっきゅうっと小気味の好い音を出す。軟らかい緑の茎に紫色の隈取くまどりがあって美しい。
郷土的味覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
淫猥いんわいとも云えば云えるような陰翳いんえいになって顔や襟頸えりくびや手頸などを隈取くまどっているのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
包紙の中からは、しゃれたレッテルをった朱色の壜があらわれた。それは五種類に加工した豆とあられの混った菓子で、レッテルには俳優の紋や、顔の隈取くまどりなどがちらし模様になっていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ぼうっと立つ黄色い灯影ほかげに、煤びた天井が隈取くまどられた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
包紙の中からは、しゃれたレッテルをった朱色の壜があらわれた。それは五種類に加工した豆とあられの混った菓子で、レッテルには俳優の紋や、顔の隈取くまどりなどがちらし模様になっていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)