転寝うたたね)” の例文
旧字:轉寢
余りにりきっている生命へ、暢々のびのびと、天然放縦のわがままを与えて、酒ものみ、転寝うたたねもし、書も読み、画筆ももてあそび、欠伸あくびもしたりして
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、どうかすると、藁束に身をもたせかけたままいつか心持が重くなってついうとうと転寝うたたねの夢に入るような事さえもあった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
机竜之助は、また炬燵櫓こたつやぐらの中へ両の手を差込んで、首をグッタリと蒲団ふとんの上へ投げ出して、何事もなく転寝うたたねの形でありました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「この頃寝ると直ぐ魘されるようじゃないか、きっと病気が良くない証拠だから、転寝うたたねなんかしちゃ駄目だというのにねえ」
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
転寝うたたねはかぜを引くと、二階へ床を取りに行った時、女房は、石のように固くなって愛吉が膝を揃えてかしこまっていたのを見た。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
語らっているとお露の父平左衛門に発見みつけられ、あわや一刀両断の処置にあわんとして南柯なんかの夢さめる、何事もなく身は船中に転寝うたたねしていたのであるが
そのうち子供は、炬燵こたつにもぐり込んで転寝うたたねをしている。今日だけの休暇を楽しむ、可憐かれんな奉公人の子供は、何の夢を見ていることやら、と言う意味である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
泣きくたびれて、いつしかスヤスヤと転寝うたたねにおちたお艶、栄三郎がいれば小掻巻こかいまき一つでも掛けてやろうものを。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
きょうの午後には女がまたいつものように転寝うたたねをしたので、男はそっと抜け出して、森の中を散歩した。夏の午後の、むっとするような静さが周囲しゅういを取り巻いている。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
外の奉公人たちは一日の用事を済ましてから皆風呂に入ることを怠らないのに、彼女は夜になれば女中部屋で転寝うたたねをして、そのまま寝間着にも着換えずに寝てしまう。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宇治の橋姫を言っているではないかと、さっきから転寝うたたねをしておいでになった宮のお心は騒いだ。
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
階下したのかみさんは梯子段はしごだんの下の上框あがりがまちへ出て取次をしている様子で「お上んなさいましよ。きっと転寝うたたねでもしておいでなさるんだよ。まだ聞えないのか知ら。田島さん。田島さん。」
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
見習弟子はもう二十歳になっていて、白い乳房を子供にふくませて転寝うたたねしているお君の肢態に、狂わしいほど空しく胸を燃やしていたが、もともと彼は気も弱くお君も問題にしなかった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
昼食後一時間位、転寝うたたねをする事があるが、これをすると頭の工合ぐあいの大変よいように思う。出不精でぶしょうの方で余り出掛けぬが、時々散歩はする。俗用で外出をむなくされる事も、たまには無いではない。
最早もはや三月みつき近くなるにも心つかねば、まして奈良へと日課十里の行脚あんぎゃどころか家内やうちをあるく勇気さえなく、昼は転寝うたたねがちに時々しからぬ囈語うわごとしながら、人の顔見ては戯談じょうだんトつ云わず、にやりともせず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
自分は昼飯後ひるめしご教員室の椅子にもたれたまま転寝うたたねをしていたのであった。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
けど、患者さん転寝うたたねしてお風邪でも召すといけませんから。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
八の転寝うたたねは鯨の背で打つ博奕にも負けないかも知れない。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
べにの萩みくしげ殿と云ふほどの姫君となり転寝うたたねぞする
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
そんなにして、転寝うたたねをしてゐるんぢやあるまいね。
ある親子の問答(一幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
物思へばものみなもの転寝うたたねに玉の螺鈿らでんの枕をするも
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お寿々を頭に描きながら、その日の帰りも、深酔いして、家へ戻ると、夕闇の畳の上へ、ごろりと転寝うたたねをしてしまった。
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どうです、心得ているからいようなものの、それでいながら変にすごい。気の弱い方が、転寝うたたねからふっと覚際さめぎわに、ひょっと一目見たら、吃驚びっくりしますぜ。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
やはり転寝うたたねの形であった竜之助はその声で覚めると、その見えない眼にパッと鬼火が燃えました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「どうしたのさ、こんな所へ転寝うたたねをして毒じゃないか、——辰さんが来てるんだよ、お起きな」
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
転寝うたたねの夢に見る家郷であった。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
「そうだ。夜も明けやすうなったし、転寝うたたねには、よい季節よ。……おう、彼方の千鳥棚にある手筥てばこをかせ。枕に……」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
貴女あなたにあまえているんでしょう。どうして、元気な人ですからね、今時行火をしたり、宵の内から転寝うたたねをするような人じゃないの。鉄は居ませんか。」
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
米友は身をおどらして、その青い一団の光を捉えようとする途端に、大風が吹いて来て、その光を大空へ吹き上げたから、ハッとして眼をますと、自分の転寝うたたねをしていた身体の上へ
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その時分から酒を飲んだから酔って転寝うたたねでもした気でいたろう。力はあるし、棺桶かんおけをめりめりと鳴らした。それが高島田だったというからなお稀有けぶである。
絵本の春 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆうべ客の帰らぬ間に、転寝うたたねした儘だったので、賛五郎は夜明け方に、もう眼をさました。
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
転寝うたたねの夢が破れて、と見ると、そこに仏頂寺弥助が傲然として突立っている。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
掻巻かいまきをば羽織らせ、毛布けっとひきかつぎて、高津は予がすそせな向けて、正しゅう坐るよう膝をまげて、横にまくらつけしが、二ツ三ツものいえりしに、これは疲れて転寝うたたねせり。
誓之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、所在なさそうな、転寝うたたねの竜之助を見て、なぐさめの言葉をかけました。
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
取縋とりすがる法もあるけれども、対手あいて方はそれなり口も利かなかった咄嗟とっさの間、お夏は船納涼ふなすずみ転寝うたたねにもついぞ覚えぬ、冷たさを身に感じて、人心地もなく小刻こきざみにつかつかときびすを返した。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
この声のみの変化へんげは、大入道よりなおすごく、即ち形なくしてかえって形あるがごとき心地せらる。文章も三誦さんしょうすべく、高き声にて、面白いぞ——は、遠野の声を東都に聞いて、転寝うたたねの夢を驚かさる。
遠野の奇聞 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)