襞襀ひだ)” の例文
と山の襞襀ひだを霧の包むやうに枯蘆かれあしにぬつと立つ、此のだいなる魔神ましんすそに、小さくなつて、屑屋は頭から領伏ひれふして手を合せて拝んだ。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
盤台面ばんだいづらの汚い歯の大きな男で、朴歯ほうばの下駄を穿き、脊割羽織せわりばおりを着て、襞襀ひだの崩れた馬乗袴うまのりばかまをはき、無反むぞりの大刀を差して遣って参り
是故にわが筆跳越をどりこえてこれをしるさじ、われらの想像は、まして言葉は、かゝる襞襀ひだにとりて色あかるきに過ればなり 二五—二七
神曲:03 天堂 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
いままで空間を空撫からなでしていたヘッド・ライトの光芒ひかりが、谷間の闇を越して向うの山の襞襀ひだへぼやけたスポット・ライトを二つダブらせながらサッと当って
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
蟻が塔を造るやうな遅〻たる行動を生真面目に取つて来たのであるから、浮世の応酬に疲れた皺をもう額に畳んで、心の中にも他の学生にはまだ出来て居らぬ細かい襞襀ひだが出来てゐるのであつた。
観画談 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
それは見台をわきにした座像ざぞうで、三蓋菱さんがいびし羽織はおりの紋や、簡素な線があらわした着物の襞襀ひだにも特色があったが、ことに、その左の手をくつろいだ形に置き、右の手で白扇をついたひざこそは先師のものだ
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
鬚深ひげふか横面よこづら貼薬はりくすりしたる荒尾譲介あらおじようすけは既にあを酔醒ゑひさめて、煌々こうこうたる空気ラムプの前に襞襀ひだもあらぬはかまひざ丈六じようろくに組みて、接待莨せつたいたばこの葉巻をくゆしつつ意気おごそかに、打萎うちしをれたる宮と熊の敷皮をななめに差向ひたり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
まだお膳も並ばぬうち、譬喩たとえにもしろはばかるべきだが、そっおう。——繻子しゅすの袴の襞襀ひだとるよりも——とさえいうのである。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
向うの山鼻で、ヘッド・ライトがキラッと光ったかと思うと、こちらの木蔭で警笛がなると、重苦しい爆音を残して再びスーッと光の尾が襞襀ひだの向うへ走り去る。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ありとうを造るような遅〻たる行動を生真面目きまじめに取って来たのであるから、浮世の応酬おうしゅうに疲れたしわをもうひたいに畳んで、心の中にも他の学生にはまだ出来ておらぬ細かい襞襀ひだが出来ているのであった。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
月の光が行通れば、晃々きらきらもすそが揺れて、両の足の爪先つまさきに、うつくしあやが立ち、月が小波ささなみを渡るように、なめらかに襞襀ひだを打った。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、その襞襀ひだの中腹にこの道路みちの延長があるのか、一台の華奢なクリーム色の二人乗自動車クーペが、一足先を矢のようにつッ走って、見る見る急角度にやみの中へ折曲ってしまった。
白妖 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
山が自然の作用によつて條をなして崩れて襞襀ひだのやうなものを造り出すのを、ゾレといふ國もありナギといふ國もあるが、男體山は頂上まで滿山樹木が茂つてゐるので、そのいはゆるナギの少いのは
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
ひらひらと銅像の襞襀ひだを踏んで、手がその肩にかかった時、前髪のもみじが、すすきかんざしを誘って、中空にひるがえるにつれて、はじめて、台座に揃えて脱いだ草履が山へ落ちた。
あとの二人ふたりとも、とき言合いひあはせたていに、うへしたで、ものの襞襀ひだまで、うなづいたのがおぼろわかつた。
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で、木彫の、小さな、護謨細工ゴムざいくのやうに柔かに襞襀ひだの入つた、靴をも取つて籠の前に差置さしおいて
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
で、木彫きぼりの、ちひさな、護謨細工ゴムざいくのやうにやはらかに襞襀ひだはひつた、くつをもつてかごまへ差置さしおいて
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ごほんと、乾咳からぜきいて、掻巻かいまきの襟を引張ひっぱると、暗がりの中に、その袖が一波ひとなみ打ってあおるに連れて、白いおおいに、襞襀ひだが入って、何だか、呼吸いきをするように、ぶるぶると動き出す。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くすぶった、その癖、師走空に澄透すみとおって、蒼白あおじろい陰気なあかりの前を、ちらりちらりと冷たい魂が徜徉さまよう姿で、耄碌頭布もうろくずきんしわから、押立おったてた古服の襟許えりもとから、汚れた襟巻の襞襀ひだの中から、朦朧もうろうあらわれて
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)