肌寒はださむ)” の例文
一人ひとりすはつて居ると、何処どことなく肌寒はださむの感じがする。不図気が付いたら、机の前の窓がまだてずにあつた。障子をけると月夜だ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
やがて彼は人々と共に席を離れて縁側へ出て見たが、もはやすこし肌寒はださむいくらいの冷えびえとした空気がかえって彼に快感を覚えさせた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
まだ山国は肌寒はださむい四月の中旬の、花ぐもりのしたゆうがた、白々しろじろと遠くぼやけた空の下を、川面かわづらに風のく道だけ細かいちりめん波を立てて
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
竹を伐るということ、薄紅葉という事につけても、時候の肌寒はださむを身に覚えるという風に解する方が適切かと考えるのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
次第に肌寒はださむい北の海辺にも船を寄せ、後にはさらに山や岡を越えて、海の見えない川内でも世を送らねばならなくなった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
野分のわきふうに風が出て肌寒はださむの覚えられる日の夕方に、平生よりもいっそう故人がお思われになって、靫負ゆげい命婦みょうぶという人を使いとしてお出しになった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
口から出まかせに、いい加減の返事をして、そうして、言ってしまってから、何だかとんでも無い不吉な事を言ったような気がして、肌寒はださむくなりました。
おさん (新字新仮名) / 太宰治(著)
ほがらかに秋の気澄みて、空の色、雲の布置ただずまひにほはしう、金色きんしよくの日影は豊に快晴を飾れる南受みなみうけの縁障子をすかして、さはやかなる肌寒はださむとこ長高たけたかせたる貫一はよこたはれり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一、長閑のどかあたたかうららか日永ひながおぼろは春季と定め、短夜みじかよすずしあつしは夏季と定め、ひややかすさまじ朝寒あささむ夜寒よさむ坐寒そぞろさむ漸寒ややさむ肌寒はださむしむ夜長よながは秋季と定め、さむし、つめたしは冬季と定む。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
子供と云ふものは、私がしたやうにその年長者と爭ひ、また私がしたやうにはげしい感情をやけに働かせる時には、きつと後になつて、悔恨くわいこんの苦しみと反動の肌寒はださむさを經驗するものである。
と高坂はやや気色けしきばんだが、悚然ぞっ肌寒はださむくなって、思わず口のうち
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頬冠ほおかむりの人肌寒はださむげに懐手ふところでして三々五々河岸通かしどおり格子外こうしそと
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一人ですわっていると、どことなく肌寒はださむの感じがする。ふと気がついたら、机の前の窓がまだたてずにあった。障子をあけると月夜だ。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日が暮れると御堂に行き、翌日はまた坊に帰って念誦ねんずに時を過ごした。秋風がたにの底から吹き上がって来て肌寒はださむさの覚えられる所であったから、物寂しい人たちの心はまして悲しかった。
源氏物語:22 玉鬘 (新字新仮名) / 紫式部(著)
肌寒はださむのこる寒さも身一つ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
主人は夕飯ゆうはんをすまして書斎に入る。妻君は肌寒はださむ襦袢じゅばんえりをかき合せて、あらざらしの不断着を縫う。小供は枕を並べて寝る。下女は湯に行った。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暑さもしだいに過ぎて、雨の降る日はセルに羽織を重ねるか、思い切って朝からあわせを着るかしなければ、肌寒はださむを防ぐ便たよりとならなかった時節である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なおの事夢らしくよそおっている肌寒はださむ夜寒よさむ闇暗くらやみ、——すべて朦朧もうろうたる事実から受けるこの感じは、自分がここまで運んで来た宿命の象徴じゃないだろうか。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
津田のうちへ帰ったのは、昨日きのうよりはやや早目であったけれども、近頃急に短かくなった秋の日脚ひあしくに傾いて、先刻さっきまで往来にだけ残っていた肌寒はださむの余光が
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのころは日のつまって行くせわしない秋に、誰も注意をかれる肌寒はださむの季節であった。先生の附近ふきんで盗難にかかったものが三、四日続いて出た。盗難はいずれも宵の口であった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
高柳君はそうはかぬ。道也先生の何事をも知らざるに反して、彼は何事をも知る。往来の人の眼つきも知る。肌寒はださむく吹く風の鋭どきも知る。かすれて渡るかりの数も知る。美くしき女も知る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どこかで鳴くこおろぎさえ、ならんでいる人の耳に肌寒はださむ象徴シンボルのごとく響いた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女同志の間には、もう一遍競技を見に行かうかと云ふ相談があつたが、みぢかくなりかけた秋の日が大分まはつたのと、まはるに連れて、ひろ戸外こぐわい肌寒はださむが漸く増してくるので、かへる事に話が極まる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
広い戸外の肌寒はださむがようやく増してくるので、帰ることに話がきまる。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)