きゅう)” の例文
「——たッた一つある手がかりは、そのなかに、お諏訪すわさまの禁厭まじないというてすえた、大きな虫のきゅうのあとがあることだけです」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同じ刺激に対する感覚が皮膚の部分によって違うのはこれに限らない事ではあるが、このはしごきゅうなどは一つのおもしろい実験である。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「お父さんのかんの起らない時には、それは優しい人でしたよ。子供にきゅう一つすえられないような人でしたよ」と嫂は話してくれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此の観音様も段々繁昌して参り、お比丘さんにおきゅうえて貰えのおまじないをして貰いたいのといって頼みに来るから、私も何も知らないが
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
それはほかならぬ道庵先生が不憫ふびんなことに、その筋から手錠三十日間というおきゅうえられて、屋敷に呻吟しんぎんしているということであります。
そうして一字ごとにみんな黒点を加えて、おきゅうえたつもりでいる。おれは床の中で、くそでもらえといながら、むっくり飛び起きた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
時として、わたしの鼻の穴は「芥子膏からしあぶらきゅう」などという言葉ですぼみ、時としては、相手のいうことを聞き直したりする。
気の毒がって空眠りしたのではないかと、この子の足の裏へ大きなきゅうをすえてみたが、それは本当だったので可哀想でした
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
チベットのお医者さんはそういう時になるときゅうをすえるとか、貼薬つけぐすりをするとか薬をのませるだけですからなんにもならん。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
そりゃ、張って張って仕様がないから、目にちらつくほど待ったがね、いざ……となると初産ういざんです、きゅうの皮切も同じ事さ。どうにも勝手が分らない。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは比喩ひゆを以て説明するならば、ここに一人の子供がある。その子供に、養ひのために親がきゅうゑてやるといふ。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「笑いごとじゃあねえぞ、とんでもねえあまっ子だ、笑うどころの話か、あれからこっち五十日の余もおめえ、こっくりさまのおきゅうへ通ったんだぜ」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
石と鉄と打ちあわせてね、その火花を、おきゅうのもぐさのようなものにもえうつらせて、火をつくっていたのだよ。
智恵の一太郎 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
きゅうをするまでにも日によって吉凶ありと申すが、これについて一例を挙ぐれば、むかし大阪に名高い名医があって、人のもとめに応じて灸も行ったそうだ。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ディズニーは非常に頭がよく、話のきゅう所をよくつかんで、ぐんぐん掘り下げていく型の人だそうである。そしてそういうところへくると、急に熱がはいってくる。
ディズニーの人と作品 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その上を麦の黒穂で叩いて、ちょうどおきゅうの跡のようになるのを、ヤイトをすえるといって遊んでいた。
なにとぞご利益をもってあわれなる二十六歳の女の子宮癌を救いたまえと、あらぬことを口走りながらお百度をんだ帰り、参詣道さんけいどうきゅうのもぐさを買って来るのだった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
これは熱弾ねつだんというが、別に「おきゅうの弾丸」ともいわれるものであった。相手の生命をとるというほど危険なものでなく、二時間ばかり相手を熱さになやませるだけだ。
三十年後の世界 (新字新仮名) / 海野十三(著)
首吊くびつり松の所では母親の腰にしがみついて息をつめて通っていたとか、そのいねが病気になった時、重吉はいねを船にのせて高松まできゅうをすえに行ったとか、そして
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
僕は何かいたずらをすると、必ず伯母おばにつかまっては足の小指にきゅうをすえられた。僕に最もおそろしかったのは灸の熱さそれ自身よりも灸をすえられるということである。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「丁銀のおばあさんも八釜やかましやで、きゅうが大好きだから、祖母おふくろの気が合ってたんでやられたのだ。」
或るひとが恋いしくて、恋いしくて、お顔を見て、お声を聞きたくてたまらなくなり、両足の裏に熱いおきゅうを据え、じっとこらえているような、特殊な気持になって行った。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
汐路しおじさまこそ口はばったいことをおっしゃりますな! 江戸錦はわたしのひいき相撲にござりますゆえ、めったなことを申しますると、晩におきゅうをすえてしんぜましょうぞ」
きゅうは闇の中を眺めていた。点燈夫の雨合羽あまがっぱひだが遠くへきらと光りながら消えていった。
赤い着物 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そして、一年でも二年でもと云われて動顛した気持は私として忘られないおきゅうだから、今の生活事情を十分活かして、夜はおそくも十一時に就眠の家憲を立てて守る決心をしました。
「親分、何も彼もよくわかりましたよ。あのお銀という女の背中のきゅうの痕まで」
するとふいに父が後から私を抱きしめて、私の背なかに熱い「おきゅう」を据えた。
桜林 (新字新仮名) / 小山清(著)
「あなたの御損は自業自得ですから仕方ありません。しかしもう一つの方は災難です。多少御自分でお招きになった形もありますが、一遍目に物を見ないと性がつきません。おきゅうですよ」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
学校の前にアワシマサマというおきゅうだかの有名な寺があり、学校の横に学用品やパンやアメダマを売る店が一軒ある外は四方はただ広茫かぎりもない田園で、もとよりその頃はバスもない。
風と光と二十の私と (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
鬚髭ひげぐらい焼かれる間はまだしもだが、背中へ追いかかって来て、身柱大椎ちりけだいついへ火を吹付けるようにやられては、きゅうを据えられる訳では無いし、向直って闘うに至るのが、世間有勝ありがちの事である。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
きゅうをすえながら山を見るというのか、灸をすえてから山を見るというのか、その辺は俳句の叙法の常で判然しないが、とにかくしかして見た山のに初桜を認めた、という句意らしく思われる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
渠らは空想にばかりとらわれて夢遊病的に行動する駄々ッ子のようなものだから、時々はきゅうえてやらんと取締りにならぬとまで、官憲の非違横暴を認めつつもとかくに官憲の肩を持つ看方みかたをした。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
むろんこれはおかみにとっての手痛いおきゅうだった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「何を、借金ときゅうのあととだろう」
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
「オイ、きゅうをすえてくれ……」
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
どうも、きゅうは熱いので、あまり好かぬが、これをやらぬと、母上がお案じになる。そちから長浜へ便りいたす時、秀吉は毎日、よく灸を
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右の原氏著「おきゅう療治」という小冊子に灸治の学理が通俗的に説明されているそうである。一見したいと思っているがまだその機会を得ない。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
きびしく軍の掠奪りゃくだつを戒め、それを犯すものは味方でも許すまいとしている浪士らにも一方にはこのおきゅうの術があった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
発車まぎわに頓狂とんきょうな声を出して駆け込んで来て、いきなりはだをぬいだと思ったら背中におきゅうのあとがいっぱいあったので、三四郎さんしろうの記憶に残っている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明治初年の子供遊びは江戸伝来の遺風が多く、遊戯とはいえ、およそ家庭教育とはかけ離れた悪いたずら、親が見たら取っ捕まえておきゅうという筋もの。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
嫉妬、怨念おんねん、その業因があればこそ、何の、中気やかて見事に治療をして見せる親身の妹——尼の示現のきゅうも、そのかいがなかったというもんやぞ、に。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「私はここで一息して行きたい。どうもきゅうを据えてから出掛けないと歩けないからあなた方先へ行ってもらいたい。」
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
たびたび右手の指におきゅうをすえられたことや、柿の木へ柿をとりに登って、枝が折れて落ちて、足をおくじきなさいましたことなど、そのほかにもいろいろ伺っておりました
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
頭痛のマジナイに擂鉢すりばちをかぶりて、その上にきゅうを点ずれば治すといい、また一法には、京橋の欄干北側の中央なるギボウシを荒縄をもってくくり、頭痛の願掛けをなさば
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
すこし大きくなってから、夜半よなかに祖母におこされて、おきゅうを毎夜すえてあげる役目をもった。
「そんなところへできるできものは、ほんとにたちがよくないから、くれぐれも気をつけなされや。そうだ。ふもと村の慈行院じぎょういんへいって、おきゅうをすえてもらうと、きっと直る」
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
消えも入りたいようなはじらい方であんどんのかげに隠れながら、着物のそでに手を通そうとしたとき、はしなくも名人の目を捕えたのは、その背に見えるなまなましいきゅうあとでした。
そこで、身体の冷えを救って、よき子を産む方法がある、膝のうしろのところへ、三つおきゅうを据えるんだね——その灸点の場所は、ちょっと秘伝なんだ、お望みなら据えてあげましょう。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
昔、松永弾正という老獪ろうかい陰鬱な陰謀家は信長に追いつめられて仕方なく城を枕に討死したが、死ぬ直前に毎日の習慣通り延命のきゅうをすえ、それから鉄砲を顔に押し当て顔を打ち砕いて死んだ。
堕落論 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「——阿呆らしい。葬式とちがいまっせ。今日はあんた、きゅうの日だんがな」
勧善懲悪 (新字新仮名) / 織田作之助(著)