残骸ざんがい)” の例文
旧字:殘骸
後に再び川越に転封てんぽうされ、そのまま幕末に遭遇した、流転の間に落ちこぼれた一藩の人々の遺骨、残骸ざんがいが、草に倒れているのである。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仕方なしにまた腰をおろした津田は、たもとから煙草を出して火をけた。ふと見ると、灰皿は敷島の残骸ざんがいでもういっぱいになっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてやがて「最後の檉柳タマリスク残骸ざんがいが塩野原によこたわるのを後にすると、最早もはや死の世界ではない。全然生を知らぬ世界」となって来た。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
この難破船の残骸ざんがいが見えたために、例によって、陰気な話がいろいろともちあがった。特にその日の暮れがたにはそうだった。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
たとえば燃え尽くした残骸ざんがいの白い灰から火が燃え出る、そうしてその火炎がだんだんに白紙や布切れに変わって行ったりする。
映画の世界像 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕暮になると花はしぼんだ。病人は黒ずんで来た草花を踏みにじって、残骸ざんがいを床から拾いあげると、それを浴室へ持って行った。
しばらく、向ふの森かげからのぞいてゐる焼けただれた工場の黒々とした残骸ざんがいに、千恵はほうけたやうに見入つてをりました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
光秀はいきどおりを眼に燃やした。焼き落されて半ば破壊された大橋の残骸ざんがいは、彼へむかってこういっているようにも見える。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鉄梁ビームや鉄筋の残骸ざんがいがあり、鉄柱がそばだち以前と何の変りもありません。ただ相変らず人気ひとけのないさびしさのみが、沈々として身に迫ってくるばかりです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
五月五日一同はいかだの上に集まった、ゴルドンは悵然ちょうぜんとして、もはや残骸ざんがいのみのサクラ号をかえりみていった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
これもまだ克明に目に残っている。それから、彼が東京からはじめてこの新築の家へ訪ねた時も、その頃はまだ人家もまばらで残骸ざんがいはあちこちにながめられた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
またその道すがら横手はるか幸橋さいわいばし見附みつけを眺めやった御郭おくるわそとの偉大なる夕暮の光景が、突然の珍らしさにふと少年時代の良心の残骸ざんがい呼覚よびさましたというよりほかはあるまい。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
赤錆あかさびてゆがんだ石油タンクや、打ちこわされた軍事施設が、ところどころに残骸ざんがいをさらしていた。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
自分の生活の残骸ざんがいを波のまにまに打ち捨てること! 芸術の夢の中へ泳ぎ逃げること!……創作すること! 彼は創作したかった……しかしもうそれができなかった。
離れたとわかってみれば、拙者も男、いたずらにたましいの抜けた残骸ざんがいを抱いて快しとはせぬ。そこで、ものは相談だが、きょうかぎりキッパリと別れようではないか
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「君たちの乗ってきた乗物の残骸ざんがいは、こっちの方角にあります。あの道を行って丘を二つほど越したところです。だいたいいまわれわれが立っているむこうがわになります」
宇宙の迷子 (新字新仮名) / 海野十三(著)
江戸ももはや中世的な封建制度の残骸ざんがい以外になんらの希望をつなぐべきものを見いだされないために、この人たちをして過去からそむき去るほどの堅き決意をいだかせたのであるか
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すると私の眼に触れたのは、誰かが盛んに喰い荒らし、飲み荒らして行ったらしい正宗まさむねの一升びんと、西洋料理の残骸ざんがいでした。そうだ、そう云えばあの灰皿にも煙草たばこの吸殻が沢山あった。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
頭から尻尾しっぽまである魚を飯の菜にすると云う事は久しくない事なので、私は与一の食べ荒らしたのまで洗うように食べた。与一はさらの上に白く残った鰺の残骸ざんがいを見て驚いたように笑った。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
これに賛せざる諸君よ、諸君はなおかの中世の煩瑣哲学はんさてつがく残骸ざんがいもってこの明るく楽しく流動まざる一千九百二十年代の人心にのぞまんとするのであるか。今日宗教の最大要件は簡潔である。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
私は何んだか急にそんな自分のゆめ残骸ざんがいのようなものを見に行くのがいやな気がし出したので、そろそろ日が暮れかけて来たのをいい口実に、まだ山径がこれからなかなか大へんだからと言って
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
けれども愛の要求以上に外界の要求に従った人たちの建て上げたものは、愛がそれを破壊し終る力を持たない故に、いつまでもその醜い残骸ざんがいをとどめて、それを打ちこわす愛のあらわれる時に及ぶ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
短い梯子はしごを作り、階段の残骸ざんがいをたよりとし、壁をじ、天井に取りつき、引き戸の縁で抵抗する最後の者らをぎ払いながら、戦列兵と国民兵と市民兵とが入り交じってる二十人ばかりの襲撃者は
自分では既に新しい相手を胸に描きながら、過ぎ去った恋の残骸ざんがいと。
決して魚類や海獣の残骸ざんがいだけではなかったのだが、是が文献記録から完全に近く締め出されていたのみか、数千年の過去にわたって、ほぼ一貫した繰り返しであることすら考えてみようとした学徒は
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
はかなげな残骸ざんがいを目の前にさらしたきりでした。
一九〇〇年に、もう一度そこへ行ってこの旧河床の地図を作り、これが昔のタリムの残骸ざんがいである事を結論した。
ロプ・ノールその他 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は茫然ぼうぜんとして佇立ちょりつした。なぜ私の家だけが過去の残骸ざんがいのごとくに存在しているのだろう。私は心のうちで、早くそれがくずれてしまえば好いのにと思った。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
乗組員は全部焼死して、黒焦くろこげの機械の残骸ざんがいが畑の中で発見されたのであった。その重大事件には早速査問会が開かれて、先生もその一員に加えられたのである。
道を挟んで、牡丹と相向う処に、亜鉛トタンこけらの継はぎなのが、ともに腐れ、屋根が落ち、柱の倒れた、以前掛茶屋か、中食ちゅうじきであったらしい伏屋の残骸ざんがいが、よもぎなかにのめっていた。
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふた抱えぐらいある巨木であるが、こうなるまでに、開けゆく郊外の住宅材料を積んだトラックにさんざん根元を踏まれたのであろう。下り松という風景の面影もない残骸ざんがいである。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
が、その無気味な火もやがて燃え尽すだけ燃えると、空虚な残骸ざんがいの姿となっていた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ブリキの石油缶や空壜あきびんや板きれが、岩礁の間に漂っていた。難破船のいたましいかたみの品なのであろう。ことによると、九竜丸の残骸ざんがいもその中にまじっているのかも知れなかった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
自分自身の残骸ざんがいをになってる驢馬ろばとなって公衆の前に身をさらしていた。
己のやくざな夢の残骸ざんがいにウオタアマン・インクをぶっかけてやったら
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
口では強そうなことをいいながらも、残念なのかスパセニアも——残念そうといって悪ければ、名残なごり惜しそうに工事の残骸ざんがいを、見返り見返り金髪をなびかせながら、男のように洋袴スラックスの足を運んでいます。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
石斧いしおのをもったまま、手をヤヨイ号の残骸ざんがいの方へのばし
氷河期の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして、おしべはと見るとどこへ行ったかわからない。よく見ると子房の基底部にまっ黒くひからびた虫のふんのようなものがある。それが役目を果たしたおしべの残骸ざんがいらしく思われる。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
鉄筋の残骸ざんがいや崩れ墜ちた煉瓦れんがや無数の破片や焼け残って天を引裂こうとする樹木は僕のすぐ眼の前にあった。世界は割れていた。割れていた、恐しく割れていた。だが、僕は探していたのだ。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
牛や豚の残骸ざんがいはあれでも自然の断片である。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)