根方ねかた)” の例文
片手で私の手をソッと握って、片手で扉を静かに閉めると、靴音を忍ばせつつ、向うの壁の根方ねかたに横たえてある、鉄の寝台に近付いた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
彼が家の横なる松、今は幅広き道路みちのかたわらに立ちて夏は涼しき蔭を旅人に借せど十余年の昔は沖より波寄せておりおりその根方ねかたを洗いぬ。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
こんな自分勝手の理屈を考えながら、佐山君は川柳の根方ねかたに腰をおろして、鼠色の夕靄ゆうもやがだんだんに浮き出してくる川しもの方をゆっくりと眺めていた。
火薬庫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
もうそろ/\春先きで、逸早いちはやく這ひ出した蟻が、黒光りになつた臺所の大黒柱の根方ねかたの穴へ歸つて行くのを見て
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
四人は杉の木の根方ねかたの処に蹲跼しゃがみ、樹にもたれ、柵のところに体をおしつけてその声を聞いている。声は、木曾で聴いたのよりも、どうも澄んで朗かである。
仏法僧鳥 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
井桁格子いげたごうしの浴衣に鬱金木綿うこんもめんの手拭で頬冠ほおかむり。片袖で顔を蔽って象のそばから走り出そうとすると、人気ひとけのないはずの松の根方ねかたから矢庭やにわに駈け出した一人。
ほたるであった。田圃を上りきると、今度は南の空の根方ねかたが赤く焼けて居る。東京程にもないが、此は横浜の火光あかりであろう。村々は死んだ様に真黒まっくろに寝て居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
街道と波打際なみうちぎわとの距離は、折々遠くなったり近くなったりする。る時は浜辺をひたひたと浸蝕しんしょくする波が、もう少しで松の根方ねかたらしそうに押し寄せて来る。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
松の根方ねかたにもがいていたお綱は、転々としながらこう叫んだ。叫んだけれど声は出ない。さいぜんお十夜のために、扱帯しごきを解かれて猿ぐつわをかけられていた。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
椰子の木の根方ねかたをさがして、椰子の実をひろって来て、穴をあけて水をのんだ。それだけではたりない。
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鶴見はそんなことを考えながら、庭の草挘くさむしりをするついでに、石蒜の生える場所を綺麗に掃除をしておいた。濡縁ぬれえんの横の戸袋とぶくろの前に南天の株が植えてある。その南天の根方ねかたである。
根方ねかたところつちくづれて大鰻おほうなぎねたやうな幾筋いくすぢともなくあらはれた、そのから一すぢみづさつちて、うへながれるのが、つてすゝまうとするみち真中まんなか流出ながれだしてあたりは一めん
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
私たち——Aさんと、医専の二人と庄亮と私とは、その楡の根方ねかたに座をしめた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
あるいは伐りしという以上は根方ねかたからその柳を伐ってしまったものかとも解釈が出来るのであるが、しかし「無残に」という言葉から推すと、まだその柳は全生命を取られたのではなくって
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
湖水の岸に柳があり、その根方ねかたに一人の女が、むせぶがように泣いている。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うしてうちに、松下しようか南面なんめんはう大概たいがいつくしてしまつた。は九ぐわつ幻翁げんおう佛子ぶつしの二にんともつて、らうとしたが、あなは、まつ根方ねかたまで喰入くひいつてしまつて、すゝこと出來できぬ。
手に持っていた小さい徳利とくりを下に置いて、のみのようなもので、しきりに杉の根方ねかたを突っついていました。いいかげんに突っついてみてから、その徳利を穴へあてがってみて、また突っつき直します。
帽子をとりあげたり、どて根方ねかたにおしつけたり、するんだよ。
病む子の祭 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
四人は杉の樹の根方ねかたの処に蹲跼しやがみ、樹にもたれ、柵の処に体をおしつけてその声を聴いてゐる。声は、木曾で聴いたのよりも、どうも澄んで朗かである。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
とびっくりして、竹童をだきおこした蔦之助つたのすけは、しばらくしげしげとかれの姿をみつめていたが、やがて、松の根方ねかたへ腰をおろして、心からこのおさない者に謝罪しゃざいした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
砂山が急にげて草の根でわずかにそれをささえ、そのしたがけのようになってる、其根方ねかたに座って両足を投げ出すと、背はうしろの砂山にもたれ、右のひじは傍らの小高いところにかかり、恰度ちょうどソハにったようで
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
少し端へ寄って、街道の樹の根方ねかたに立ってながめていた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
松の根方ねかたから上をあおいで、一同がこたえを待つ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)