あわ)” の例文
わざわざ、問注所へ突き出すほどの者でもないし、斬り捨てるにはあわれ過ぎる。——といって、このまま、放つのもどうかと思う。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(中略)清麻呂らと事を謀っている同類の存在も分っているが、天皇のマツリゴトはいつくしみをもって行うべきものだから、あわれみを加えて差許さしゆるしてやる
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
そうしない夫と妻とを自覚のない状態にあるものとしてあわれむに至っては、性急せっかちもまたはなはだしいと言わねばならぬ。
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
老医師は、おいおいと、自分の息子があまりに激越してゆくさまをあわれに感じ出すのであった。そしていつの間にか、話題を巧みに他に滑らし行くのであった。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
業平橋の名もそれゆえに起りましたそうでございますが、都へお帰りの時船がくつがえって溺死できしされましたにより、里人さとびとあわれと思って業平村につかを建てゝ祭りました
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
いつかは来る滅亡ほろびの前に、それでも可憐かれんに花開こうとする叡智ちえ愛情なさけや、そうした数々のきものの上に、師父は絶えず凝乎じっあわれみの眼差まなざしそそいでおられるのではなかろうか。
女なるものに対する極度なあわれみと厭わしさと面白さは、もちゃもちゃと頭の中でからみ合い杵搗きねつかれ、痛痒かゆいとも、哀れになつかしいとも何とも言いようのない妙な感じに捉われるのでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「さぞ彼女は驚いたろうなあ」と、彼女をあわれむ心持は動いた。
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「侍従どもが、餓鬼のごとく痩せてゆくのは、見ている身がつらい。願わくは、ちんへ徳をほどこす心をもて、彼らにあわれみを与えよ」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其処そこにもまた、のろうべくあわれむべき性急な心が頭をもたげて、深く、強く、痛切なるべき考察を回避し、早く既に、あたかも夫に忠実なる妻、妻に忠実なる夫を笑い
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
御着の城も個々の運命もささえてゆけないと思いつめている老臣たちの頑固な旧観念と妄動もうどうあわれまずにいられなかったのである。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
功利に動き、功利のために節を売り、功利のために戦っている無数の叫喚きょうかんを、あわれむもののように、皮肉な微笑をたたえているのだった。
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、あわれみもしたが、さりとて予期していないことではなかった。これくらいな用意は当然あるものと心構えには入れていたことである。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのあわれな飢餓の民衆を見るに及んで、劉備もついに意を決した。即ち太守牌印たいしゅはいいんを受領して、小沛から徐州へ移ったのである。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あわてないでよい。まだ若いおぬしを、不具者にしてはあわれ。怪我せぬように仕合うてやる。落着いてかかれ。落着いて」
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「軍師——」と、急に彼のまえに迫って、膝を曲げないばかりにあわれみを仰いだのは、当の関羽ではなくて、玄徳であった。
三国志:08 望蜀の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秀吉はあわれみつつ胸にえがいた。典型的な名門の公達きんだちがそこには思い出されるのだった。救いがたき性情の持主を感ぜずにいられないのである。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この無感情が、大悟たいごの無表現ででもあったならえらいものであるが、彼の場合は、現れたとおりの、懸値かけねなしであるからまことにあわれというほかはない。
三国志:12 篇外余録 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だから海賊だといっている。あわれむべし、笑うべし、そんな行為はついでの仕事だ。——そもそも、その方どもの祖先には、もっとべつな熱情があった
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気の毒を通り越して、又八の無智をむしろあわれむような口吻くちぶりなのである。だが又八は、恥を掻いたとは思わない。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「そうか。いやおのれの神経ではそうもあろうて。あわれむべき男はなんじだ。——だが、輪廻りんねはやがて思い知るであろう」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ徳川内府のお覚えのみを気がねして齷齪あくせくと、夜半まで駈ける小心な大名どもの肚の底がいてあわれが深い……。あはははは、思うても暑いことだな
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、宗厳は、わが身をあわれむより、まず家族があわれまれた。家族をあわれむよりは、多くの家士を不愍ふびんに思った。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてじっと、あわれむような眼を武蔵へ向けた。相変らず武蔵の姿は、背中から見ても身体じゅうを鉄のよろいで固めているように、一分の隙も見えなかった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冥途めいどのみやげに手頃な首はどれだ。どれもこれもあわれむべき細首。逆に組し、乱の手先に働いて末始終、胴によくつながっている首はあったためしがないぞ。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きっと、彼女は、胸を上げた。——そしてむしろあわれむべき二個の人形よ! と頼朝夫妻を、その情熱のたぎりを持つ黒いひとみで、じいっと、眼も外らさず見つめていた。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふと、あわれになったのである。かえって、この敵に、いたわりたいようないい知れぬ同情を持たせられて
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空を仰いで、白虹はっこうのような星雲をかけた宇宙と見くらべると、この世の山岳の大も、黄河の長さも、支那大陸のなる広さも、むしろあわれむべき小さい存在でしかない。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女は、くちをかんだ。あわれを乞う者と誤られるのも無念である。涙もこぼすまい。頭も下げまい。
日本名婦伝:静御前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不撓不屈ふとうふくつ、主家再興のために、大国毛利を敵として、数十年間、ここまで百難にち百難に屈せずに来た彼が、一転、余りにもみじめなそしてあわれむべき物腰であった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、恩着せがましく申しては、ご不快かも知れぬが、あの折、敗亡遁竄とんざんの果て、ご一身を容るる所もなき皇叔に、あわれみをかけた御方は、天下わが主おひとりであった。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
曹操がそれをあわれんで自身の一女を娶合めあわせたので、諸人の尊重をうけてきたが、ようやくその為人ひととなりが現われてくるにつれて天性やや軽躁けいそう、そして慳吝けちたちも見えてきたので
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いま呉が降伏するなどということはどこから観てもあり得ない。汝は年六十にもなるのに、まだそんなくだらぬことを信ずるほどの眼しか持たないか」とあわれむ如く叱った。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「……いや、あわれむべき人間をおれは村重に見る。おれを獄中に監禁してどうするつもりかしら。何のかいがあると信じるのか。……彼の智謀の程度はこれでわかる。笑止笑止」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十兵衛はまた、そうも考えて、相手の無教養らしい野性をも、かえって、あわれに思った。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身には幾ヵ所かの矢傷槍傷を負い、毛髪は麻のように白く、見るからにあわれであった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
生きる利なく、窮地に墜ちたがゆえに、降を乞うてきた賊を、あわれみをかけて、救けなどしたら、それはかえってあだを長じさせ、世道人心に、悪業を奨励するようなものではないか。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、父の忠平公がどうも、将門にたいして、多少、おあわれみをかけておられる。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洗っても洗いきれない血のあとやら、さんたるかれの顔色が下に見えた。虎は飼われても山野の性はついに脱けきれないものか。かれはただ勘太のすがたにあわれみがこみあげて来るのだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十何年も続いた“生類おんあわれみ”なんていう御政令も解かれて、どうやら人間も、犬以下でなくなったと思うと、この頃はまた、いやに血なまぐさい押込強盗やら、昼日中の悪党も跋扈ばっこ
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼らにもし西行の知性があったら、かえって都会人のぼくらをあわれんでいたかもしれない。しかし、どうわらわれても、なにしろ一時間とは長居も出来ない冬風の峯であった。(二六・七・一)
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
故にわざと日時を明示せず、好機を計って参らんというこそ、事の本心を証するもの、またよく兵の機謀にかなうもの、これをかえって疑いの種となす丞相の不明を、あわれまずにいられません
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、竹の杖に両手をのせて、さもさもあわれを乞うようにうなずいた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
浅野家の庭訓ていきんや環境のよさにもよろうが、当人の素質そのものが、もとより恋の対象だけにしかならないお人形ではなかったのだ。へたをするとこの女房にあわれまれる良人になり終るおそれすらある。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それにつけても自分の油断はわらうべき一代の失策だったし、彼の怒りも愚かなる暴挙ぼうきょに過ぎないことをあわれんだ。あわれ光秀、汝もまた、幾日をおいて、予のあとを追わんとするや、と問うてみたい。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むしろ浮華一瞬の人生に麻酔している人々こそあわれに思った。ただ嘆かれるのは、国家のむしばまれてゆくすがただった。元禄の人間は、元禄を享楽して死んでゆく。生れて来た権利と云わせておいてもよい。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、善鬼は、革襷かわだすきあやなしながら、あわれむように典膳へいう。
剣の四君子:05 小野忠明 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長秀は修理重晴のあわて方にあわれみすら覚えた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
政子は、笑って、正直な兄をあわれむように見た。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
逞しい石曳き仲間は、あわれむようにあざけった。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)