店子たなこ)” の例文
わが石田一家は、接収解除以来、『連合国の店子たなこ』の不始末のお蔭で、有形無形の被害を受けてきたが、この事件もまたそうであった。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
家賃や間代を先取した家主が店子たなこに向って濡れた着物の損害をつぐなってやった話は聞いた事がない。大岡政談などにも無かったようである。
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
入り口の控室では、見物に来た各階の店子たなこたちが、あとからあとからひしひしとつめかけたが、部屋の敷居をまたぐものはない。
藪下の三棟の長屋は、与七がまだ五丁目で質屋をやっているじぶん、正確にいうと十九年まえから、店子たなこに無償で貸していた。
少くも硯友社は馬琴の下駄のあとを印し馬琴の声を聞いた地に育ったので、幽明相隔つるといえ、馬琴と硯友社とはいわば大家おおや店子たなことの関係であった。
誠に此のたびはどうも御親切に有難う存じます、わたくしも心配致して居りましたが店子たなこの者で親子二人暮して居りますが
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
多分は村の外の林にふくろうのしわざだったろう。屋根の板をはがし割って夜の中に荒して行ったのである。大屋も店子たなこも共にこの危険には無智であった。
僕の以前の店子たなこであったビイル会社の技師の白い頭髪を短く角刈にした老婆の顔にそっくりであったのである。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
一々書留かきとめて道庵を歸しなほ種々しゆ/″\工風くふうの上先八丁堀長澤町の自身番屋じしんばんやゆき家主いへぬし源兵衞を呼出し店子たなこ甚兵衛の身元みもと
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
主人出張勝ちの若い綺麗な奥さんの家へ、仲人を頼んでいるにしろ、家主やぬし店子たなこの関係があるにしろ、若い吉川君が遠慮なく出入するのは現象として面白くない。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
店子たなこに代つて家主のわたしがお詫をしますから、どうぞ料簡れうけんして遣つてください。おゝ、おゝ、泥だらけになつた。(手拭で彦三郎の膝のあたりを拭いてやる。)
権三と助十 (旧字旧仮名) / 岡本綺堂(著)
そして日の暮れるころには、笭箵びくの中に金色こんじきをしたふなこいをゴチャゴチャ入れて帰って来る。店子たなこはおりおりばちにみごとな鮒を入れてもらうことなどもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
要するに、従来のいわゆる統計物理学は物理学の一方のひさしを借りた寄生物であったのであるが、今ではこの店子たなこ主家おもやを明け渡す時節が到来しつつあるのではないか。
量的と質的と統計的と (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そこには家主の赤い煉瓦塀があって此方との境をしており、その上に一本の煙突があって平生店子たなこを督視しているように立っているが、どうしたことかそれが見えない。
変災序記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
伯母とこの家とは、大屋と店子たなことの関係以上の親しみがあった。瀬戸物屋などしている時分から界隈かいわいに美人の評判が高かったその娘は、糺を弟のように可愛がっていた。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
路地の外に頑張って、しばらく様子を見ていると、鉄砲笊てっぽうざるを担いだ屑屋くずやが一人、何にも言わずにノソノソと入って行きます。多分、この路地の中に住む店子たなこの一人でしょう。
聞き巡査の剣幕は打って代り「いや貴方あなたでしたか、そうとは思いも寄りませず」とあわたゞしく言訳するを聞捨てしきいを一足館内に歩み入れば驚きてこゝつどえる此家の店子たなこの中に立ち
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
浅草田原町三丁目の家主喜左衛門というのから店子たなこのお艶、さよう、三社まえの掛け茶屋当り矢のお艶とやら申す者のたずね書が願い立てになっておったが、些細ささいな事件ながら
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
悪たれ店子たなこの上に店賃は取れず、せたうわばみでも地内に飼って置くようなもんですから、もうくにも追出しそうなものを、変ったおやじで、新造がほれるようじゃ見処があるなんてね
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今朝、自分の家作かさくうちに、人殺しがあったと近所の店子たなこ同道で訴え出たのであります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まさか店子たなこを相手にやるわけにも行かず、銀行にもこれといった相手がない。
店子たなこいわく、向長屋むこうながやの家主は大量なれども、我が大家おおやの如きは古今無類の不通ふつうものなりと。区長いわく、隣村の小前こまえはいずれも従順なれども、我が区内の者はとかくに心得方こころえかたよろしからず、と。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
「それは戴いて居ります。だが、実を申しますと、警察の旦那方にああやつて表へ立たれましては、こゝいらの店子たなこがすつかり弱つちまひますので。」とおやぢさんは膝進にじり寄つて来て声を低めた。
ところがその長屋の大屋さんですがちょっとした物持ちでしてな、因業いんごうだったので憎まれていましたが、大屋のうえに金持ちなので歯が立たず、店子たなこたちは歯ぎしりしながらも追従ついしょうしていたそうです。
猿ヶ京片耳伝説 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
こんな人間が店子たなこなどにはてきびしいのだろう、律之助はそう思ったが、じっさい長屋の者たちのようすには、それがよくあらわれていた。
しじみ河岸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たわけ、其の方支配を致す身の上で有りながら、其の店子たなこと云えば子も同様と下世話で申すではないか、其の子たる者のかゝる難儀をも知らんでるという事は無い
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
僕にとっては、その当時こそ何かと不満もあったのであるが、いまになって考えてみると、あの技師にしろ、また水泳選手にしろ、よい部類の店子たなこであったのである。
彼は昔の彼ならず (新字新仮名) / 太宰治(著)
かけける處に町内の自身番屋じしんばんやへ火附盜賊改役奧田主膳殿組下與力笠原粂之進は同心を引連ひきつれきたりて平兵衞を呼び其方そのはう店子たなこ煙草屋たばこや喜八事御用のすじあるより案内あんない致せとて平兵衞を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
見せかけのアメリカン・ライフをつづけてきたというのは、もち前のひとの好さから、進んでこんなボロ家に住みついてくれた、何人かの『アメリカの店子たなこ』の善意によることで
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お慈悲で困っている店子たなこを助けてやるんだなどと、鼻にかけているんじゃないかしら? お慈悲で! とんでもないことですよ! カチェリーナ・イヴァーノヴナの父親は大佐で
店賃たなちんは確かに一と月分頂戴しましたが、店を開いて、たった一日で、どうも商売は思わしくないから、故郷の府中へ帰ると言い出すじゃございませんか、あんな店子たなこは見た事もありません
貴下の店子たなこの小八さんが、この間立山へ来られて、大金をかけて雇ってある婢をれだして、逃げましたから、今日江戸へ着いて掛合にあがりますと、大勢の朋友ともだちといっしょに酒を飲んでいて
立山の亡者宿 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
店子たなこが死んだのであるから、家主いえぬしも見ていることは出来ない。
半七捕物帳:55 かむろ蛇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
店子たなこの洗濯女がひどくなぐられたことがあったっけ。
もとの店子たなこおさよ婆さんの一件である。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
番「婆アが取ったんじゃア有りませんが、貴方の店子たなこで、それ浪人で売卜うらないに出る人が有りましょう」
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
このむじな長屋では佐八とおいらがいちばん古い店子たなこでしてね、その佐八が重病だってえのに、おいらに会わせてくれねえ、——そこにいるお松なんぞはよそから来たくせにしやがって
一々お前にさからって済まねえが、——今朝っから気色きしょくの悪いことが続くんだよ、家主おおや親仁おやじがやって来て、立退く約束で家賃を棒引にした店子たなこが、此方の足元を見て、てこでも動かねえから
庄兵衞というて今茲ことし廿年はたち餘り二つに成り未だ定まるつまもなく母のおかつ二個消光ふたりぐらしなせども茲等は場末ばずゑにて果敢々々しき店子たなこもなければ僅かばかりの家主にては生計たつきの立ぬ所より庄兵衞は片手かたて業に貸本を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
店子たなこの人柄に期待をかけ、アメリカの家賃に依存して、なり振りかまわず、がねなく貧乏のできるバラック仕立ての楽園に、一日も長く居据わることをねがっていたが、接収解除の布告についで
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「世間附き合ひは惡くないやうで、店子たなこも御得意樣も御近所の衆も褒めて居ますよ。少し意地つ張りで因業ではあるが、物の道理のよくわかつた主人だつたさうで、——あ、もう一つ大事なことがありますよ」
「あとは小僧の留吉と、店子たなこの浪人石巻左陣と——」
あんな店子たなこは見た事もありません