おとり)” の例文
十六の年から母の代稽古として弟子たちを教えていたが、容貌の好いのが唯一ゆいいちおとりになって、男弟子もだいぶ入り込むようになった。
半七捕物帳:05 お化け師匠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二俣尾でおりて駅長さんに釣り場の様子を聞きながら、おとりアユを売っているところなどを尋ねると、囮なら私の家にありますという。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
黄金こがねを山と積んでも、官位をおとりにしても、釣りあげることのできない大海の大魚……いわば、まあ、幕府にとっては一つの危険人物。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
大河ではないが、割合に長い竿で、おとり鮎を入れては掛け、掛けて入れる巧みな姿を見ては、かくもとばかり足を止めざるを得ない。
香魚の讃 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
つまり此の二人をおとりに使い、その囮を鳴かしているようなわけである。厳島に渡った陶晴賢は、厳島神社の東方、塔の岡に陣した。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
成る程、リヽーをおとりに己を呼び寄せようと云ふ気だつたのか。あの家の近所をうろ/\したら、掴まへて口説き落さうとでも云ふのか。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
お辰をおとりに染吉をだまして贋金遣いの手先にしたが、だんだんうるさくなって、変な様子を見せたので、染吉は寝返る気になったんだろう。
何個かの木造のおとり鴨が、他の鴨と一緒に水の上に浮いていたが、如何にもよく似せてあるので、見わけるのが至極困難であった。
やいっ、どこの馬の骨かしらねえが、この掲陽鎮けいようちんへ来て、よくも無断で洒落しゃらくせえヘボ武芸をおとりに、大道だいどうかせぎをしやがったな。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その男をこのお邸へ、あなたの身代りに置いて、謂わばおとりにする訳です。そして、近づいて来る賊を待伏せしようというのです
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
前の場合では、権利も機会も平等ですが、こっちの方になると、女はまるで市場の奴隷か、さもなくば係蹄につけたおとりです。
以上私が近所の店のおとり商いに悩まされたのは三十数年の昔で、時代はそれよりたしかに進んだ筈であるが、いまだにこの囮商いは廃されない。
それで僕はこいつは物になると思って、その罐をおとりに手近かの部落まで、とうとうドドをなにもせずにひっ張ってきたのです
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
関守先生、あれでなかなか業師わざしだから、何か所存あって、がんりきめをおとりに使いたいために、わざわざこんなところへ反間の手を食ったかな。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分をおとりにまで使おうとする無礼もあなたなればこそなんともいわずにいるのだという心を事務長もさすがにすいしたらしい。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
わしこさへものとおもひながら、不気味ぶきみがつて、なにひと仕掛しかけてく、おとりのやうに間違まちがへての。谿河たにがはながいかだはしからすまつてもるだよ。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
おろかよのう。百化け十吉をおびきよせるおとりになるのじゃ。そちの姿顔なら女子に化けても水際立って美しい筈じゃ。
「ただ——一緒とはいうものの、菊女殿には例のおとりを……萩丸殿をお守りして……介抱してと云った方がよかろう……紀州へ行くという次第でござる」
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
工人達をなだめたり、すかしたり、おどかしたりした。内川や小山のために、スパイの役目をつとめるのも彼だった。おとりの役目をつとめるのも彼だった。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
しかし、彼の心には、もう孔子を疑ったり伯魚をおとりに使ったりする気は微塵も残っていなかった。彼は考えた。
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
だから雛を育てることのむつかしいがんなどのおとりは、かつて荘周そうしゅう寓言ぐうげんにもあったように、その鳴声の遺伝がたちまちに食われると愛せられるとの境を区別する。
竿が動き、糸が動き、糸のさきにつながれて居るおとりあゆまで銀色の水の中から影を表すことがある。いま彼のあはれな全生命は懸つてその竿の一端にあるのだ。
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
両手の中になかば死にかけたおとりの大きな盲蜘蛛めくらぐもをかかえこみ、その匂いを慕ってあつまって来る小蜘蛛を片っぱしからパクッパクッと嚥みこんでいるのだった。
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ロス氏も警察も、このおとり手段には先刻気がついているんだが、そんな尋常じんじょうな手段に乗る相手ではないのだ。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
つまりその一人立っている人間が店のおとりになるんで……通りかかりの方が店を覗いて御覧になった時に
悪魔祈祷書 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
おとりにしてわれわれをおびき寄せるためだ、——つなは大丈夫だ、あれはなにも知らないし、かれらも無用に人を殺すほど狂人ではあるまい、まあおちつけ、万三郎
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
……いやとにかく、あの院長も気の毒な位いあせっていたらしいが、しかしどうも、ああ云う無邪気な連中をおとりに使ってのこんな惨酷な仕事には、好意はもてませんね
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
最後に一匹少し大きい茶のぶちの強そうな犬は、わんわんと吠えて、中々傍へ来そうになかったが、森君は例の可愛かわいい白い犬をおとりにして、とうとう傍に来させて捕まえた。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
その海軍拡張は日米戦争をおとりに、資本家——造船業者——が儲けるための仕事たるに過ぎぬ。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
おとりにして、牧の行方を知っている者をおびき出せばよい。わしに、任せておけ。吉さん、羨ましいな。お前さん方の、仲間の義理は——士が、お前さん方程の、意地と、義理とを
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
にいさんは、あたしをおとりにして、よその若旦那わかだんなから、おかねをおもうしたのでござんす」
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
足を縛っておとりにして親鳥を捕るのだと旨い事を考え出したが、此雷鳥は親馬鹿でない唯一の例であったものか、遠くの方から見ているだけなので、折角せっかくの妙案も役に立たなかった。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
いつか、夕暮れ時、便所の汲取口から見た女の身体が、眼の先にちらつき、既に充分酔の廻った彦太郎は、おとりを待つ猛獣のように待機したのである。彼は海に面した窓の障子を閉めた。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
「若宮を引っ張りたいために吾妻を引っ張ったんだ。——若宮にとって吾妻はたった一人の伯父さんだ。——つまりはだからおとり。——彼奴あいつはつまり若宮を引っ張るための囮になったんだ。」
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
それから女を自分に蕩し込むにはまずおとりの女を立てゝそれに競争心を起させ釣り込むこと、周囲にあらぬ噂を立てさせ嘘から出たまことの寸法で破れかぶれになった女を自分の手に入れる。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
聞くと女子の体育奨励のためとあって、特に女子のみの乗艇には料金を半額に優待しているのだそうだが、体育奨励もさることながら、むしろおとりにしているのでないかと笑ったことがあった。
早稲田神楽坂 (新字新仮名) / 加能作次郎(著)
生れて初めての友釣ではあり、秋鮎なのでおとりだけでも相当の重さである。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
「あれは、わが和島丸を雷撃した怪潜水艦がつかったおとりだと思います」
幽霊船の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
餌やおとりやまやかしで人の霊をとりこにし
峡谷と淵と河原と、あちこちに交錯して、六間も七間もある長い竿をふるったところで、狙う場所へおとり鮎が達せぬ場所が多いのである。
(新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
「道楽者と云ったところで、安い野郎だ。あいつ案外の正直者だから、なにかのおとりになるかも知れねえ。まあ、当分は放し飼いだ」
成る程、リヽーをおとりおれを呼び寄せようと云ふ気だつたのか。あの家の近所をうろ/\したら、つかまへて口説き落さうとでも云ふのか。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
おとりにつかわれたチョビ安——さてこそ、人眼につきやすい、あのおとなびた武士の扮装で、真っ昼間、壺の箱を抱えて小屋を出たわけ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ぼくは、アユの友釣りから考えついて、メスのキスをおとりに、オスのキスを釣ってみようと白ギスの友釣りをして船頭に笑われたことがある。
江戸前の釣り (新字新仮名) / 三遊亭金馬(著)
「おまえは、あの藪八とかいう手先にだまされて、すッかりおとりになってしまったんだね。そうだろう。あれは越前守のまわし者と私は見たよ」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それを待構えて更に一網打尽を試むる——いわば、おとりのためにわざとこうして放置しておくという政略もあったのです。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「私にはそうは思われない」昆虫館主人は首を振ったが、「威嚇の道具に使うのだろう。おとりに使おうとしているのだろう。永生の蝶を奪おうためにな」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そんなに不服なら、山之助を此の俺の家へつれて来るがいい、黒雲五人男をおびき寄せるおとり位にはなるだろう」
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
蘭子の父はその美しい妻をおとりにして、ちょくちょく美人局つつもたせを働いていたというから、今度の犯人も恐らく蘭子の母親の甘い空言そらごとに酔わされた一人であろう。
江川蘭子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼等の釣糸には釣針が二つついていて、その一つにはおとりに使う生魚がつけてある。彼等は魚を市場で生きたまま売るので、釣った魚を入れる浮き箱を持っている。