名聞みょうもん)” の例文
それがし年来桑門そうもん同様の渡世致しおり候えども、根性こんじょうは元の武士なれば、死後の名聞みょうもんの儀もっとも大切に存じ、この遺書相認あいしたため置き候事に候。
「これは一藩の大事で、私一個の名聞みょうもんとはべつの問題です」と代二郎は云った、「——お願いですから暫く一人にさせて下さい」
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いえ私などは旅の商人あきんど、このような大家のお嬢様と、そんな噂が立とうものなら願ってもない身の名聞みょうもん、有難いくらいでございますよ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
芸妓げいしゃにしたという素敵な玉だわ……あんなのが一人、里にいれば、里の誉れ、まあさね、私のうちへ出入りをすれば、私の内の名聞みょうもんですのよ。
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つまり公家らはかくして武家の名聞みょうもん心を満足させてこれを喜ばすと同時に己らの品位をば保ち得るものと思ったのである。
これ以て誠に名聞みょうもんがましいが、何かの参考になるかも知れないと思って記憶している通りを書き止めておく次第である。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
日ごろ謙譲な性質で、名聞みょうもんを好まない景蔵のような友人ですらそうだ。こうなると半蔵もじっとしていられなかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
... 出した事もありますが、一軒一分か二朱にしきゃァ当りませんで、それは名聞みょうもん」あなたのようなお方は「実に尊い神様のようなお方だ」と激賞したのち
名聞みょうもんを思うにしても、当代の下劣の人によしと思われるよりは、上古の賢者、未来の善人をじる方がよい。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
しかも、明慧は、めったに言論をもてあそぶような人でなかった。自重して、深く晩節を持し、権力とか、名聞みょうもんとか、そんなことに軽々しくうごく人でも決してない。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
良沢が蘭学に志を立て申したは、真の道理を究めようためで、名聞みょうもん利益のためではござらぬゆえ、この学問の成就するよう冥護を垂れたまえと、かように祈り申したのじゃ。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
是は名聞みょうもんのための法会である、名聞のためにすることは魔縁である、と思いついたので、遂に願主とむしりあい的諍議そうぎを仕出してしまって、折角の法会を滅茶滅茶にして帰った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
若いとき喧嘩をして、腕に怪我をしてから切り落すようになったんだから、軍人いくさにんの向う傷と同じで、男にとっては名聞みょうもんなくらいなものですよ、わたしはあの片腕が大好きなのさ
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
旧識同伴の間闊とおどおしきを恨み、生前には名聞みょうもんの遂げざるをうれえ、死後は長夜ちょうや苦患くげんを恐れ、目をふさぎて打臥うちふし居たるは、殊勝しゅしょうに物静かなれども、胸中騒がしく、心上苦しく、三合の病いに
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
秋田屋清左衞門の番頭も、其の頃大名の御家老などが来るといえほま名聞みょうもんだというので、庭の掃除などを厳しく言付けぐる/\見廻って居ります。そらおいでだと云ってお出迎いをいたし
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
唯今日がある、刹那せつながある。彼等は神を恐れない。王者おうしゃを恐れない。名聞みょうもんを思わない。彼等は失うべき富もない。おしむ可き家族も無い。彼等は其れより以下に落つ可き何等の位置も有たない。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
父さまが鎌倉かまくらにおいでなされたら、わたしらもこうはあるまいものを、名聞みょうもんを好まれぬ職人気質かたぎとて、この伊豆いずの山家に隠れずみ、親につれて子供までもひなにそだち、しょうことなしに今の身の上じゃ。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
下劣なる趣味を拘泥なく一代に塗抹とまつするは学人の恥辱である。彼らが貴重なる十年二十年をげて故紙堆裏こしたいり兀々こつこつたるは、衣食のためではない、名聞みょうもんのためではない、ないし爵禄財宝しゃくろくざいほうのためではない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
不死の神がわたくしに、二面ふたおもてのある名聞みょうもん
それは名聞みょうもんというものだ。達ではない。
現代訳論語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
名聞みょうもんを求めず。栄達を願わず。米塩をかえりみずして、ただ自分自身の芸道の切瑳琢磨と、子弟の鞭撻べんたつに精進した……という、ただそれだけの人物であった。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
君恩をかさに着て利欲名聞みょうもんのほか何ものもない行状は、ごく近ごろのことゆえ、きっと硫黄いおうしまにいるあいだに、天魔外道てんまげどうに心を食われ、都返りをして来た者は
んで飲むものはこれを飲むがよし、ながめるものは、るがよし、すなわち清水の名聞みょうもんが立つ。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
我執名聞みょうもんを捨てたものの慈悲である。それは仏の真理のために、——正義や善に充たされた世界のために、行なわれるのであって、現世的な効果のために行なわれるのではない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
謙譲で名聞みょうもんを好まない景蔵のような人を草叢くさむらの中に置いて考えることも楽しみに思った。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「何が親切なんだろう、色恋にも名聞みょうもんというものがあるのに、風呂番と逃げたんでは話にもなにもなりゃしない。ほんとうにわたしは、あの時ぐらい情けなく思ったことはありません」
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
名聞みょうもん狂いを嫌うところからこのような山間にくすぶってはいるがどうして勝れた人物であり、いかに相手が金持ちであろうと人格の卑しい紋兵衛などの附き人などに成る人物ではない。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その許しもないのに死んでは、それは犬死いぬじにである。武士は名聞みょうもんが大切だから、犬死はしない。敵陣に飛び込んで討死うちじにをするのは立派ではあるが、軍令にそむいて抜駈ぬけがけをして死んでは功にはならない。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私共わたくしどもも随分大火災おおやけでもございますと、五十両百両とほどこしを出した事もありますが、一軒前一分か二朱にしきゃア当りませんで、それは名聞みょうもん、貴方は見ず知らずの者へ、おいそれと百両の金子を下すって
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
しかも翁はそのような栄達、名聞みょうもんを求めず。一意、旧藩主の恩顧と、永年奉仕して来た福岡市内各社の祭事能に関する責務を忘れず、一身を奉じつくして世を終った。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
自分も兵家に生れた名聞みょうもんに、信玄ほどな年になったら、いちどは信玄のように大兵を自由にうごかしてみたいものだ。——あの総帥そうすいぶりを見ては、たとえ今、信玄を毒を
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぜ手をついて懺悔ざんげをしない。悪かった。これからは可愛い娘を決して名聞みょうもんのためには使いますまい。家柄を鼻にかけてひとの娘に無礼も申掛けますまい、と恐入ってしまわないよ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名聞みょうもん嫌いの道人様、お城をご出立なさるにも、いずれこっそり人知れず、朝か夜分かそんな時刻に、お出ましになるに相違ないと、それで裏門へは妾の父が、そうして表門へは山影様が……」
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
正しい代りに修行がきびしい——厳しい修行で弟子が少ない、もと名聞みょうもんを好む性質でないから世間からは多く知られていないが、わしとは若い頃から気が合うてよくまじわった——せっかく剣道を
その全部とはいえないまでも、大部分の武士輩が、北条の下ではうだつも上がらぬものとみて、土地欲、子孫繁栄欲、身一代の名聞みょうもん欲などを、この風雲に賭けたのであって
「そうせよとわしが命じたのじゃ。田沼の下屋敷を破壊せよと! ……かりにも老中の下屋敷が、市民によって破壊されたとあっては、名聞みょうもんとしても田沼意次、地位にいることは出来まいからな」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
神宮で持つという方が、名聞みょうもんにも事実にもかなうものでありましょう。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
派手はでずきで、名聞みょうもんを気にするたちで、又、儀礼を好む綱吉将軍は、きょうのような柳営の行事に、せわしく数日を暮すことは、平常ふだんが退屈きわまる日々なだけに、甚だ張合いがあるらしいのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いわゆる世間の名聞みょうもん利慾からは遠く離れて住み澄ましていたのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲山こうざん鎮守ちんじゅして二十七せい名家めいか武田菱たけだびし名聞みょうもんをなくし、あまたの一ぞく郎党ろうどうを討死させた責任をご一しんにおい、沙門遁世しゃもんとんせいのご発心ほっしん! アア、それはよくわかっておりまする! お父上のご心中
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あらゆる名利みょうり名聞みょうもん、また一切の我慾と他慾を——
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)