匇々そうそう)” の例文
お恥かしい話ではあるが開業匇々そうそうの好景気に少々浮かされ気味の私は、いつの間にか学生時代とソックリの瓢軽者ひょうきんものに立ち帰っていた。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
なるほどそう云われて見れば、あの愛敬あいきょうのある田中中尉などはずっと前の列に加わっている。保吉は匇々そうそう大股おおまたに中尉の側へ歩み寄った。
文章 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
門弟す所を知らずして恐る恐る理由を問うこと再三に及びし時、妾は盲人なれども鼻はたしかなり、匇々そうそうに去って含嗽がんそうをせよと云いしとぞ
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
帰って来て匇々そうそう吉田は自分の母親から人間の脳味噌のうみその黒焼きを飲んでみないかと言われて非常に嫌な気持になったことがあった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
小鴨の黄色い毛が褪せるようになってからエロシンコ君はたちまちロシヤの母親を想い出し、チタに向って匇々そうそう立去った。
鴨の喜劇 (新字新仮名) / 魯迅(著)
せぬように、御無事で帰るようにとは、ほんのりとキナ臭い匂いが致して、兄ながら只ではききずてならぬ申し条じゃ。では、匇々そうそうに乗り物の用意せい
「また? しかられるのね。御帰り匇々そうそう、随分気がかないわね。しか貴方あなたもあんまり、かないわ。ちっとも御父さんの云う通りになさらないんだもの」
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もはやわたしは見るにたえなくなって、匇々そうそうに海を出、重いこころをいだいて、山の池にかえりました。
人魚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
光陰匇々そうそう電気の鉄線を走るよりも急なり。昨日ぞ今日の昔なる。一日また一日、行きやまずんば今日において遙々万里の将来もまたたちまちにして他日の現今とならん。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
そのあとを彼は女に向いて云った、「そなたも久しぶりで人間の顔を見るわけじゃ、まもなく餅撒もちまきがはじまりましょう故、縁起を拾うて匇々そうそうに戻るがよい、衣類はこれで上等」
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
姉がしきりにかしらをふるを「何? 何?」と問うに、紅リボンは顔をしかめて「いやな人だよ」と思わず声高に言って、しまったりと言い顔に肩をそびやかし、匇々そうそうに去り行きたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
私はなんでも初めよし後悪し、竜頭蛇尾の性格で、昔やった職業でも、入社匇々そうそうは大いに好評を博するのだが、慣れるにしたがって、駄目になってしまう。飽き性というのであろう。
その時なんぞは銀行からお帰り匇々そうそうと見えまして、白襟で小紋のお召を二枚もかさねていらっしゃいまして、早口で弁舌のさわやかな、ちょこまかにあれこれあれこれ、始終小刻こきざみに体を動かし通し
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……先日は貞助様(領左衛門舎弟)御入京御座候ところ御匇々そうそうにて残意少からず存じ奉り候。さて愚意いささ御咄おはなし申し候ところ、御承知にて早速金百両御差し向け下され、たしか収手しゅうしゅ御芳情感佩奉り候。
志士と経済 (新字新仮名) / 服部之総(著)
使番つかいばん大番頭五百石多賀一学などが暇乞いとまごいをして匇々そうそうに退散した。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
匇々そうそう
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
僕はもう一度人目に見えない苦しみの中に落ちこむのを恐れ、銀貨を一枚投げ出すが早いか、匇々そうそうこのカッフェを出ようとした。
歯車 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「なぜおためらい召さる。征夷将軍がお墨付にむかって、乗物のままは無礼でござろうぞ。匇々そうそうに土下座さっしゃい」
フンシへ小便を垂れるようになってくれたら大丈夫だと、それを頼みにしていたのだが、来る匇々そうそうからこんな調子では、直ぐにも逃げられてしまいそうに思えた。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
御購求の上御侍女の方へなりとも御分与被成下候なしくだされそろて御賛同の意を御表章被成下度なしくだされたく伏して懇願仕そろ匇々そうそう敬具
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「実はそこのところをお願いに参りましたので、臼杵君も開業匇々そうそう赤の縄付を出したとあっては……」
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
身嗜みだしなみが奇麗で、喬は女にそう言った。そんなことから、女の口はほぐれて、自分がまだ出て匇々そうそうだのに、先月はお花を何千本売って、このくるわで四番目なのだと言った。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
匇々そうそう門を締めて、余計なことに関係せぬに越したことはないから、真先きに人声が絶え、続いて次から次へと燈火を消してしまうので、冴え渡った月が独りゆるゆると寒夜の空に出現した。
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
武男は匇々そうそう老爺じじいに別れて、かしらをたれつつで去りぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
僕はもう一度人目に見えない苦しみの中に落ちこむのを恐れ、銀貨を一枚投げ出すが早いか、匇々そうそうこのカツフエを出ようとした。
歯車 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自分がいかにも病人らしい悪い顔貌がんぼうをして歩いているということを思い知らされたあげく、あんな重苦しい目をしたかと思うと半分は腹立たしくなりながら、病室へ帰ると匇々そうそう
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
来る匇々そうそうからこんな調子では、直ぐにも逃げられてしまひさうに思へた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「どうしたんだい。正月匇々そうそう……」
呑仙士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そいつが中々踔厲風発たくれいふうはつしているから、面白がって前の方へ出て聞いていると、あなたを一つかけて上げましょうと云われたので、匇々そうそう退却した。
田端日記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
わたしは彼の言葉の中にはっきり軽蔑に近いものを感じ、わたし自身に腹を立てながら、匇々そうそうこの店をうしろにした。しかしそれはまだ善かった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
やっと笑う事もあるようになったと思うと、二十七年の春匇々そうそう、夫はチブスにかかったなり、一週間とはとこにつかず、ころりと死んでしまいました。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこですぐに相談がまとまって、ものの五分と経たない内に、二人は夏羽織の肩を並べながら、匇々そうそう泰さんの家を出ました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は結婚した翌日に「匇々そうそう無駄費ひをしては困る」と彼の妻に小言を言つた。しかしそれは彼の小言よりも彼の伯母の「言へ」と云ふ小言だつた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
そんな事をり返している内に、僕はだんだん酒を飲むのが、妙につまらなくなって来たから、何枚かのぜにほうり出すと、匇々そうそうまた舟へ帰って来た。
奇遇 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
翌朝俊吉は一張羅の背広を着て、食後匇々そうそう玄関へ行つた。何でも亡友の一周忌の墓参をするのだとか云ふ事であつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
明治元年五月十四日のひる過ぎだつた。「官軍は明日夜の明け次第、東叡山彰義隊を攻撃する。上野界隈かいわいの町家のものは匇々そうそう何処どこへでも立ち退いてしまへ。」
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
私は息苦しい一瞬の後、今日も薔薇を髪にさした勝美かつみ夫人をひややかに眺めながら、やはり無言のまま会釈えしゃくをして、匇々そうそうくるまの待たせてある玄関の方へ急ぎました。
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
さめざめと泣き沈み、種々申し慰め候へども、一向耳に掛くる体も御座無く、且は娘容態も詮無く相見え候間、止むを得ずふたたび下男召しれ、匇々そうそう帰宅仕り候。
尾形了斎覚え書 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
刹那せつなあいだこんな事を考えた自分は、泣いていか笑って好いか、わからないような感動に圧せられながら、外套の襟に顔をうずめて、匇々そうそうカッフェの外へ出た。
毛利先生 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自分は「よく寝てゐます」とぶつきらぼうな返事をして、泣顔を見られるのが嫌だつたから、匇々そうそう凩の往来へ出た。往来は相不変あひかはらず、砂煙が空へ舞ひ上つてゐた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
が、短い日限内に、果すべき用向きの多かつた夫は、唯彼女の母親の所へ、匇々そうそう顔を出した時の外は、殆一日も彼女をつれて、外出する機会を見出さなかつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「じゃ僕は失敬しよう。いずれまた。」と、取ってつけたような挨拶あいさつをして、匇々そうそう石段を下りて行った。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お蓮はここへ来た時よりも、一層心細い気になりながら、高い見料けんりょうを払ったのち匇々そうそううちへ帰って来た。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
打ち明けてそう尋ねるわけにも行かず、また尋ねたにした所で、余人の知っている筈もありませんから、帰り匇々そうそう知らせてくれるようにと、よく番頭に頼んで置いて
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「恩をあだで返すにつくいやつめ。匇々そうそう土の牢へ投げ入れい。」と、大いに逆鱗げきりんあつたによつて、あはれや「れぷろぼす」はその夜の内に、見るもいぶせい地の底の牢舎へ
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さて若殿様は平太夫へいだゆうを御屋形へつれて御帰りになりますと、そのまま、御厩おうまやの柱にくくりつけて、雑色ぞうしきたちに見張りを御云いつけなさいましたが、翌朝は匇々そうそうあの老爺おやじ
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで私と甥とは、太刀を鞘におさめるも惜しいように、匇々そうそう四条河原から逃げ出しました。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
過てるを知ってはばか事勿ことなかれとは、唐国からくにの聖人も申された。一旦、仏菩薩の妖魔たる事を知られたら、匇々そうそう摩利の教に帰依あって、天上皇帝の御威徳をたたえ奉るにくはない。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
純粋な羞恥しゅうちの血を頬に上らせながら、まるで弟にでも対するように、ちょいと大井をめると、そのまま派手な銘仙めいせんたもとひるがえして、匇々そうそう帳場机の方へ逃げて行ってしまった。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで幇間が、津藤に代つて、その客に疎忽そこつの詑をした。さうしてその間に、津藤は芸者をつれて、匇々そうそう自分の座敷へ帰つて来た。いくら大通だいつうでも間が悪かつたものと見える。
孤独地獄 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)