他人事ひとごと)” の例文
それだけ、今ごろ標札のかわりに色紙を欲しがる青年の戯れに実感がこもり、梶には、他人事ひとごとではない直接的なつながりを身に感じた。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と、両方の手へ、仮面をかぶった顔をのせて、さかんに、火の粉を吹きあげて来る修羅のさわぎを、他人事ひとごとのように見下ろしていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私は、飛んでもない間違いだとは思ったが、それでも朱色の不吉な文字を見ると少々嫌な感じに打たれながら、他人事ひとごとのようにきいた。
私はかうして死んだ! (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
蔦子も、大連にでも行ってしまおうかと思っておばさんに話したら、ひどく叱られた、というようなことを他人事ひとごとのように話した。
死の前後 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
犯罪人というものは妙なもので、自分の悪事を他人事ひとごとのように話して、それで幾らか自分の胸が軽くなるというような場合がある。
半七捕物帳:44 むらさき鯉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
他人事ひとごとじゃねえぞ! 支柱を惜しがって使わねえからこんなことになっちゃうんだ!」武松は死者を上着で蔽いながら呟いた。
土鼠と落盤 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
船の中での何事も打ち任せきったような心やすい気分は他人事ひとごとのように、遠い昔の事のように悲しく思いやられるばかりだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
で、そんな怪我をした弱い中気の体で、又酒など飲んでは——と他人事ひとごとながら心配でしたので、あの話は好く覚えております。
カンカン虫殺人事件 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「見つかるもんか。馬鹿な。」と伯父は、露骨に不快な顔をして、まるで他人事ひとごとのように、彼らの騒ぎ方を罵るのであった。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「いや、まるで他人事ひとごとのように考えているからさ。相撲だって贔屓ひいきなら、もっと心配する。君は僕のことなんか何うなっても宜いんだろう?」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
僕は少しずつ胸がどきどきして来ました。こういうことは他人事ひとごとながらスリルがあるものですな。それはちょいと魚釣りの気分に似ていました。
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
彼は中傷によってへつらわれた好々爺こうこうやらしい快い微笑を浮かべて、その赤児をながめた、そして他人事ひとごとのように言った。
と、他人事ひとごとのやうに云つて、壁ぎはの綿のはみ出た座蒲団を眼で差して、それに坐つてくれと加野は云つた。ぷうんと四囲に石炭酸の匂ひがした。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
そのころ私は毎晩母のふところいだかれて、竹取のおきなが見つけた小さいお姫様や、継母ままははにいじめられる可哀かわいそうな落窪おちくぼのお話を他人事ひとごととは思わずに身にしみて
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
伝右衛門は、他人事ひとごととは思われないような容子ようすで、昂然とこう云い放った。この分では、誰よりも彼自身が、その斬り捨ての任に当り兼ねない勢いである。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
時に、どうです、あなたのお国の方は、雷はひどいですかね? なぞと、他人事ひとごとみたいな顔をして聞いてみる。
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「こんなに咳ばかりしていて此の人はまあ何んで無茶なんだろう、そんななくとも好い旅に出て来るなんて……」菜穂子は他人事ひとごとながらそんな事も思った。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それなら筍も、せいせいしただらうの。わしも頭が軽くなつた。そいつの頭が縁側につかへてゐるうちは、どうも他人事ひとごとのやうな気がせんでのう、わしも頭を
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それから、上手に新しくはじまつた合戦を一瞥すると、それはまるで他人事ひとごとのやうに自分の衣物をひつかゝへて、さつさと家の方へ一人で立ち去つてしまつた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
幸子も他人事ひとごととは思えないながら、しまいには何と云ってよいか分らなくなって、きっと大丈夫です、………心から皆さんの御無事を祈っています、………と
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ、ちょっと、頭をもたげかけさえすりゃ——生意気や、ってしまえ。……まるきり、無茶や。他人事ひとごとや、あらへん。いつ、こっちの番に廻って来るか……?
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
他人事ひとごとながらあんなお菜ばかりたべていなければならない和尚様が気の毒で気の毒で仕方がなかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
きっと、離れかけていた良人おっとのこころを、身を飾って取り戻そうと努めたのであろうと、じぶんのことながら、まるで他人事ひとごとのようにしかおもわれないのでございます
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「あなたを取り合って二人の女が、競争することでございましょう」他人事ひとごとのような調子である。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
なあ、これを他人事ひとごとと思ってはいけないぞ、追善作善のつとめというをせぬ者には、みんな鬼が出て来るじゃ、何をしてもみな成り立たないで、みんなくずれ出すのじゃ。
世にれては見えたまえど、もとより深窓に生育おいたちて、乗物ならではおもてでざる止事無やんごとなき方々なれば、他人事ひとごとながら恥らいて、顔を背け、かしられ、正面より見るものなし。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その事柄を次にあげなされたぢゃ。或は夜陰を以て、小禽せうきんの家に至ると。みなの衆、他人事ひとごとではないぞよ。よくよくみづからの胸にたづねて見なされ。夜陰とは夜のくらやみぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
妹のそんな消息があつた頃で、他人事ひとごととは思へぬ不快な想念が私の頭をかきあらした。
狼園 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
もはや其時の感傷もなく、他人事ひとごとのやうに知らぬ人の歌ひ彈ずるを聽聞ちやうもんした。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
相手は急に間誤間誤まごまごし出して、と、と、飛んでもねえ、と、ムキになって否定しましたが、不図ふとパセティックな調子となり、でも、沁々しみじみ考げえりゃあ他人事ひとごとじゃ御座んせん、とこぼしました。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
他人事ひとごとと思うな、おれなんぞもう死のうと思った時、仲間の者に助けられたなア一度や二度じゃアない。助けてくれるのはいつも仲間のうちだ、てめえもこの若者わかいのは仲間だ、助けておけ。」
窮死 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ガラッ八は言い切ってしまって、他人事ひとごとのようにニヤニヤしております。
黄昏たそがれは狂人たちを煽情せんじょうする」とボオドレエルの散文詩にある老人のように、失意のうちに年老いてじりじりと夕暮を迎えねばならぬとしたら、——彼はそれがもう他人事ひとごとではないように思えた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
しかしそれは吉田にとってまだまだ遠い他人事ひとごとの気持なのであった。
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「どこが、悪いのかなア」と他人事ひとごとのやうに少年は云ふと
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
他人事ひとごとではないぞ」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
判事はねずみを生け捕った猫が、それを味わうまえに十分もてあそぶときのように、ゆっくりと、落ちつきはらって、まるで他人事ひとごとのように語った。
予審調書 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
と、考えたりして、他人事ひとごとながら胸を痛めていると、また不意に、トントントンとさっきよりは荒い足どりで、お米がそこへ降りてきた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少女にはあり得ないほどの冷静さで他人事ひとごとのように二人ふたりの間のいきさつを伏し目ながらに見守る愛子の一種の毒々しい妖艶ようえんさ。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
上海シャンハイ方面に、従軍記者諸君や写真班諸君の活動は実にめざましいもので、毎日の新聞を見るたびに、他人事ひとごととは思われないように胸を打たれます。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あの夜中山が三元の心情をしつこく問題にしたのも、三元の所業が中山にとって他人事ひとごとでなかったからに違いなかった。その事は漠然と彼にも想像できた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
こいつ臆病な奴だなんて思われるのはかなわんから、ええまあね、あんまり好きな方ではないでしょうねと、他人事ひとごとみたいな顔をしてくれたら、へえそうですかね
雷嫌いの話 (新字新仮名) / 橘外男(著)
如何どうかしてうまくつてくれればいい、新しい役者の新しい芝居も決して愚劣なものではないと思ひ知らせてくれればいいと、自分は他人事ひとごとでない氣で心配した。
むつかしい問題にぶつかって、巳之助が頭をひねっていますと、久江は他人事ひとごとのように言いました。
古木:――近代説話―― (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
お前は、のんきそうにしとるけんど、他人事ひとごとじゃないとばい。友田一派は、勇さんをかたづける序に、どさくさにまぎれて、今度こそは、お前の息の根をとめることを
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
おらあ他人事ひとごとたア思わねえ、いつも喜左衛門どん夫婦と話してるんだ。ねエ、お艶さんは白痴だ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
所を教へてくれと云はれて、富岡は出鱈目でたらめな住所を渡しておいた。おせいの心づくしの新しいパンツをはいて東京へ戻つて来たが、それはまるで他人事ひとごとのやうでもあつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
その事柄ことがらを次にあげなされたじゃ。或は夜陰を以て、小禽の家に至ると。みなの衆、他人事ひとごとではないぞよ。よくよくみずからの胸にたずねて見なされ。夜陰とは夜のくらやみじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
要は他人の夫婦仲のむつまじいのを見ると、自分たちの身に引きくらべてその幸福がうらやましくもあり、他人事ひとごとながら嬉しくもあって、決してイヤな気は起さないのが常だけれど
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
神尾主膳は他人事ひとごとでないような思い入れで、いそがわしくまばたきをしました。