一筆ひとふで)” の例文
一筆ひとふで示し上げ参らせそろ大同口だいどうこうよりのお手紙ただいま到着仕り候母様ははさん大へんおんよろこび涙を流してくり返しくり返しご覧相成り候」
遺言 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
つい筆をとって一筆ひとふで加える。そばの参考の本をめくって見る、また筆を加える。気がついた時は夜は深く更けてしまっております。
おッ母さんから一筆ひとふで青木に当てた依頼状さえあれば、あすにも楽な身になれるというので、僕は思いも寄らない偽筆を頼まれた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
とにもかくにも今一目見ずば動かじと始におもひ、それはかなはずなりてより、せめて一筆ひとふで便たより聞かずばと更に念ひしに、事は心とすべたがひて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
一筆ひとふで示しまいらせそろ、さても時こうがら日増しにお寒う相成りそうらえども御無事にお勤め被成なされ候や、それのみあんじくらし※、母事ははこともこの頃はめっきり年をとり
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
茶がかった平床ひらどこには、釣竿をかついだ蜆子和尚けんすおしょう一筆ひとふでいたじくを閑静に掛けて、前に青銅の古瓶こへいえる。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一筆ひとふでしめし上げまいらせそろ。さてとや暑さきびしくそうろうところ、皆様には奈何いかが御暮しなされ候や。私よりも一向音信いたさず候えども、御許おんもとよりも御便り無之これなく候故、日々御案じ申上げ候。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
一筆ひとふでつてる——(お約束やくそく連中れんぢうの、はやところとらへておけます。しかし、どれもつらつきが前座ぜんざらしい。眞打しんうちつてあとより。)——わたしはうまいなとつた。
番茶話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「兄さま。わたくしが橋場へまいることを、八橋さんへ一筆ひとふで知らせてやりましょうか」
籠釣瓶 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
たヾ一寸ちよつと吾助ごすけ一筆ひとふでにてもとひたれば、此卷紙このまきがみなにかきぼくたまはれ、吾助ごすけ田舍ゐなかかへりてもところなれば、大方おほかた乞食こじきるべきにや、それれではぼくどうしてもやなり
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
痛む頭をもたげし小花が虫を押へて拾読ひろいよみするその文にいわく、一筆ひとふでしめし上参あげまいらせそろ、今は何事をも包まず打ち明けて申上げ候ふ故、憎い兼吉がためとお思なく可哀い清さんのためと御読分およみわけ下されたく候
そめちがへ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
なに/\……一筆ひとふで書きしるしめえらせそうろう……書きしるしめえらせそうろうは妙だな……お前様めえさまにはおえいどんというにうぶのある身だから……女房にょうぼうの間違いだろうナ……わしらが深く思いやしても駄目なこんだと思いやんすが
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「お前がそれで一句出来たら、私が一筆ひとふでそれへ描こう」
紅白縮緬組 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「おのれ故に、あつたら一筆ひとふで仕損しそんじたぞ。」
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もはや最後も遠からず覚えそうろうまま一筆ひとふで残しあげ参らせ候 今生こんじょうにては御目おんめもじのふしもなきことと存じおり候ところ天の御憐おんあわれみにて先日は不慮のおん目もじ申しあげうれしくうれしくしかし汽車の内のこととて何も心に任せ申さず誠に誠におん残り多く存じ上げ参らせ候
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「まあ一つ」と婆さんはいつのにかり抜き盆の上に茶碗をのせて出す。茶の色の黒くげている底に、一筆ひとふでがきの梅の花が三輪無雑作むぞうさに焼き付けられている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はその身のにはか出行いでゆきしを、如何いか本意無ほいなく我の思ふらんかはく知るべきに。それを知らば一筆ひとふで書きて、など我を慰めんとはざる。その一筆を如何に我の嬉く思ふらんかをも能く知るべきに。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
さて品物は何か工夫が附いたとして、それをつい梅に持たせて遣ったものだろうか。名刺はこないだ仲町でこしらえさせたのがあるが、それを添えただけでは、物足らない。ちょっと一筆ひとふで書いて遣りたい。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
「こんな一筆ひとふでがきでは、いけません。もっと私の気象きしょうの出るように、丁寧にかいて下さい」
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今までの雲で自分と世間を一筆ひとふで抹殺まっさつして、ここまでふらつきながら、手足だけを急がして来たばかりだから、この赤い山がふと眼に入るや否や、自分ははっと雲からめた気分になった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
若冲の図は大抵精緻せいちな彩色ものが多いが、この鶴は世間に気兼きがねなしの一筆ひとふでがきで、一本足ですらりと立った上に、卵形たまごなりの胴がふわっとのっかっている様子は、はなはだ吾意わがいを得て、飄逸ひょういつおもむき
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕は僕の前にすわっているさくの姿を見て、一筆ひとふでがきの朝貌あさがおのような気がした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)