一家いっか)” の例文
十月さくわずかに二歳で家督相続をした成善と、他の五人の子との世話をして、一家いっかの生計を立てて行かなくてはならぬのは、四十三歳の五百であった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お前さんたち一家いっかのものを守ってあげている妖女ようじょなのだけれど、この五、六年のあいだというものは、わるいもののために、魔法まほうでしばられていて
ジャックと豆の木 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
私はうしろからいきおいよく襲い過ぎる自動車の響に狼狽して、表通おもてどおりから日の当らない裏道へと逃げ込み、そして人におくれてよろよろ歩み行く処に、わが一家いっかの興味と共に苦しみ
むかしむかし、ハツカネズミと小鳥ことりちょうづめがなかまになって、一家いっかをもちました。長いあいだ、みんなはいいぐあいになかよくくらして、財産ざいさんもだいぶこしらえました。
「聞いているでしょうとも、連歌れんがのほうでは紹巴しょうはの門で、もう一家いっかを成している人ですから」
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人ふたりとも、あまりとしがいっていませんのに、もうなかはたらいて、まずしい一家いっかのために生活せいかつたすけをしなければならないのです。母親ははおやは、乳飲ちのいてやすんでいました。
ある夜の星たちの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ムム、それで六兵衛ろくべえ一家いっかもといを成したというが、あるいはマアお話じゃ無いかネ。」
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
のちまた数旬をて、先生予を箱根はこねともな霊泉れいせんよくしてやまいを養わしめんとの事にて、すなわち先生一家いっか子女しじょと共に老妻ろうさい諸共もろとも湯本ゆもと福住ふくずみぐうすることおよそ三旬、先生にばいして或は古墳こふん旧刹きゅうさつさぐ
一ツ棟だ、かえって火元よりは火廻りの早かった藤木の方が何もかも丸焼けで、垣根を破って隣裏となりうらへ逃出し一家いっか命だけは無事だった。で、神田白銀町しろかねちょうの煙草問屋へチンコッきりに通うようになった。
主賓は伊達安芸だてあき、つぎに現職の家老、奥山大学、大条兵庫、古内主膳。また「一家いっか」の格式である片倉小十郎。ほかに原田甲斐、富塚内蔵允くらのすけ、遠藤又七郎、この三人は「着座ちゃくざ」といって宿老しゅくろうであった。
一家いっか総出そうでの時は、大戸をして、ぬれ縁の柱に郵便箱をぶら下げ
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
茂兵衛 一家いっかはどこだ。
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
わかいお婿むこさんとおよめさんは、なかよくらして、おとうさんとおかあさんをだいじにしました。そしてたくさん子供こどもんで、おくらのねずみの一家いっかはますますさかえました。
ねずみの嫁入り (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
ごろから、おとうさんのしゃく八に感心かんしんしている一家いっかのものだけれど、世間せけんひとたちが、はたして自分じぶんたちとおなじように感心かんしんするか、また感心かんしんはしても、かねめぐんでくれるだろうか
青い草 (新字新仮名) / 小川未明(著)
抽斎が岡西氏とくうませた三人の子のうち、ただ一人ひとり生き残った次男優善は、少時しょうじ放恣ほうし佚楽いつらくのために、すこぶる渋江一家いっかくるしめたものである。優善には塩田良三しおだりょうさんという遊蕩ゆうとう夥伴なかまがあった。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
四口一家固是客 四口しこう一家いっかもとよりれ客なり
十九の秋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
矢島優善をして別に一家いっかをなして自立せしめようということは、前年即ち安政六年のすえから、中丸昌庵なかまるしょうあんが主として勧説した所である。昌庵は抽斎の門人で、多才能弁を以て儕輩せいはいに推されていた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分じぶん一家いっかほろぼした義家よしいえをやはりにくらしくおもこころがぬけません。
八幡太郎 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)