“とうき”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:トウキ
語句割合
騰貴38.6%
陶器20.5%
冬季6.8%
投機6.8%
登記4.5%
董禧2.3%
党規2.3%
刀機2.3%
当帰2.3%
投棄2.3%
東帰2.3%
燈器2.3%
董紀2.3%
董起2.3%
闘機2.3%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
およ本年ほんねんの一ぐわつすぎには解禁後かいきんご推定相場すゐていさうばである四十九ドルぶんの一乃至ないし四十九ドルぶんの三まで騰貴とうきすることはたしか算定さんてい出來できたのである。
金解禁前後の経済事情 (旧字旧仮名) / 井上準之助(著)
あるのことでございます。身分みぶんたかいお役人やくにんが、店頭てんとうにおえになりました。お役人やくにん主人しゅじんされて、陶器とうき子細しさいられまして
殿さまの茶わん (新字新仮名) / 小川未明(著)
それで一さい草木さうもくつち直角ちよくかくたもつてる、冬季とうきあひだつち平行へいかうすることをこのんでひとてつはり磁石じしやくはれるごとつち直立ちよくりつして各自てんで農具のうぐる。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
保守家で事なかれの小心者でも往々おうおうにして野心を起して投機とうきなどにひっかかるのは世の中に良くある例だが、こういうてあいが慾にからみ我を失うとあくどいことをする。
家康 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
おかみさんはもちろん承知して、その場で譲渡証じょうとしょうを書いてくれた上、土地の登記とうきについて矢口家の弁護士への頼み状までそえてくれた。これが源一が一坪の土地の持主となったいきさつである。
一坪館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すなわち、この日魏軍は、神威しんい将軍董禧とうき征西せいせい将軍薛則せっそくの二手に、おのおの二万騎を付して、ふかく潜んでいたのだった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「老将軍をたすけんため、これへくる途中、前をはばめた魏兵を蹴ちらし、その大将董禧とうきという者の首をもらってきました」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ことごとに党規とうきをみだそうとした四人ではあったが、さて分離してすがたを見せないと、完全した歯が一ちょうにしてぬけおちたようで、なにかたよりない、しっくりと気持ちのあわない空気を感じる。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
微妙びみょう刀機とうきを尊ぶこの場合、魚心堂はこの動きで、立派に先を制することが出来たのだろう。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
馬「はゝ当帰とうき大黄だいおう芍薬しゃくやく桂枝けいしかね、薬の名のようなめ方だからおかしい、何しろ一寸ちょっと休んで近くで拝見などは何うでげしょう」
しかるを勝氏はあらかじめ必敗を期し、その未だ実際に敗れざるに先んじてみずから自家の大権たいけん投棄とうきし、ひたすら平和を買わんとてつとめたる者なれば
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
東帰とうきを急ぐ晶子は第二第三の印象を書く暇も無く匆匆そうそうとして巴里パリイを見捨てたから、その出立後しゆつたつごに受取つたそれ等の手紙の中の二三を訳して晶子へ送る事とする。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
これを調しらべるには、和田氏わだし卷尺まきしやくつ、が一ぱう其端そのはしち、一ぱう燈器とうきつ。大野氏おほのし一々いち/\るといふ役目やくめで、うしてうちに、あたましり衝突しやうとつする。あしむ。く。
曹操はよろこんで、董紀とうきに、その妻として蔡琰をめあわせた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「おう、あれにおるは、魏の龐徳、董起とうき成何せいかなどの諸将と見ゆるぞ。好い敵が一つ所におる。取り囲んでことごとく射殺してしまえ」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちまちにして闘機とうき再発し、せまい離室に剣閃矢と飛び、刀気猛火のごとく溢れたったがために。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)