鯨波とき)” の例文
さてはや、念佛ねんぶつ題目だいもく大聲おほごゑ鯨波ときこゑげてうなつてたが、やがてそれくやうによわつてしまふ。取亂とりみださぬもの一人ひとりもない。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
勢い戦場には丸腰で、只鯨波ときの声の数だけに加わるような始末である。それも昂じて他人の財産を賭けて、争うに至ったと云う。
応仁の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
店中から鯨波ときの声が起つた。せうことなしに私達は真暗な部屋の中で、底の方に引きこまれるやうな気持でうづくまつてゐねばならなかつた。
(新字旧仮名) / 有島武郎(著)
長羅と反絵と卑弥呼を残して、彼方かなたの森の中では、奴国の兵を追いながら、奴国の方へ押し寄せて行く耶馬台の軍の鯨波ときの声が一段と空に上った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
次第に浪士側は山の地勢を降り、砥沢口とざわぐちから樋橋といはしの方へ諏訪勢を圧迫し、鯨波ときの声を揚げて進んだが、胸壁にる諏訪勢が砲火のために撃退せられた。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
幾度も転びそうになるのだ。追手の鯨波ときはもう間近まで寄せて来た。早くどこかへ隠れてしまおう。前を見てあっと棒立ちに竦んでしまう。柊の垣があるのだ。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
後ろからワッと鯨波ときの声が起ったので、振り返ると一人の若い侍を真ッ先に十数名の百姓が得物えものを持って追いかけてくる様子に、早くも松の木に娘を縛りつけた三人は
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかして三大学の堂々たる博士、学者達はその周囲を取り巻いていちいち批評を加えるばかりでない。どちらか負けると大いに鯨波ときの声を作って笑い立てることがある。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
一つとして、疲労で蒼ざめ形のくずれていない顔はないのに、気が立っている故か、自暴自棄の故か、此方の列車とすれ違うと、彼等は、声を揃えてわーっと熾んな鯨波ときをあげる。
私の覚え書 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
乱離骨灰らりこつぱひになつたのと、「あんちおきや」の同勢が鯨波ときの声を轟かいて、帝の御輦ぎよれんを中にとりこめ、雪崩なだれの如く攻めかかつたのとが、かんはつをも入れまじい、殆ど同時の働きぢや。
きりしとほろ上人伝 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
少年の群はその時鯨波ときをあげて右側の路地の中に入って往った。広巳は気がいた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そして、静かに顔をめぐらして、岩城いわしろの明かりを、もの欲しげに見やるのだったが、その時、軍船の舵機だきが物のみごとに破壊された。新しい囚虜とりこを得た、歓呼の鯨波ときが、ドッといっせいに挙がる。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「この草も、木も、屍に生えたものなんだな。四郎よ。強者共の鯨波ときの声、馬蹄のひゞき、剣の触れ合ふ音までが、きこえるやうな気がするわい。思へば無念なことだ。ドン・アゴスチノ様がお勝ちになつてゐたならばな」
わが血を追ふ人々 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
草原に鯨波ときの声はきこえてきた
鯨波ときの声を揚げて見物は喜んだ。
硯友社と文士劇 (新字旧仮名) / 江見水蔭(著)
倶利伽羅を仰ぐと早や、名だたる古戦場の面影が眉に迫って、驚破すわ、松風も鯨波ときの声、山の緑も草摺くさずりを揺り揃えたる数万すまん軍兵ぐんぴょう
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうして、彼らは一斉に足を踏みたたき、鯨波ときの声を張り上げて肉迫する気勢を敵に知らしめた。対岸からは矢が雨のように飛んで来て盾にあたった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「でも、おとっさん、千人以上からの百姓が鯨波ときの声を揚げて、あの多勢の声が遠く聞こえた時は物すごかったじゃありませんか。わたしはどうなるかと思いましたよ。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
八幡原から丹波島の曠野こうやにかけて、夕月は出ても、鯨波ときの声は、なおまない。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれどもそれはなすとなると、それけ、すくへで、松明たいまつり、鯨波ときこゑげてさわぐ、さわいだところ所詮しよせん駄目だめです。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
訶和郎は飛び起ると足で焚火たきびを踏み消した。再び兵士たちの鯨波ときの声が張り上った。二人は馬に飛び乗ると、立木に突きあたりつつ小山の頂上へ馳け登った。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
鯨波ときのひゞきにうちまぜて
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
「餓鬼等何を見るんでえ。」と三吉まなこきて疾呼しっこすれば、わいわいと鯨波ときを揚げて蜘蛛くもの子の散るがごとし。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
またそれがためにいきほひし、ちからることは、たゝかひ鯨波ときげるにひとしい、曳々えい/\!と一齊いつせいこゑはせるトタンに、故郷ふるさとも、妻子つまこも、も、時間じかんも、よくも、未練みれんわすれるのである。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
またそれがためにいきおいを増し、力をることは、たたかい鯨波ときを挙げるにひとしい、曳々えいえい! と一斉に声を合わせるトタンに、故郷ふるさとも、妻子つまこも、死も、時間も、慾も、未練も忘れるのである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
静かに歩を移して、もう少しでとおりへ出ようとする、二けん幅の町の両側で、思いも懸けず、わッ! といって、動揺どよめいた、四五人の小児こども鯨波ときを揚げる。途端に足を取られた男は、横様にはたとつちの上。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)