静寂しじま)” の例文
旧字:靜寂
朽葉くちば一枚こぼれても、カラカラとひびく山中の静寂しじま——、それはだいぶ遠いらしいが、世阿弥の耳へは怖ろしく近く聞こえてくる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それが朝の静寂しじまを作る色んな物音をピョッピョッピョッピョッと超越し威嚇しつつ、市街らしい辻々をあっちへ曲り、こっちに折れつつ
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あれ以来、ますます人相にも奸黠かんかつの度を加えてきた、セルカークをあわれむようにながめている。ただ、氷河の氷擦が静寂しじまを破るなかで……。
人外魔境:10 地軸二万哩 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ガランとした病舎はひどく神妙に静まり返って、この明るさの中に死んだように不気味な静寂しじまを湛えていた。全く静かだ。
三狂人 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
この時、庭の方から、わだちでもきしるような、キリキリという音が、深夜の静寂しじまひびでも入れるかのように聞こえて来た。武士たちは顔を見合わせた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丁度その時、兄のセザレヴィッチのき初めた曲は、ショパンの前奏曲プレリュウドだった。聴衆は、水を打ったような静寂しじまうちに、全身の注意を二つの耳にあつめていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
……落着いてちゃあいなすったが、先生少々どうかなさりやしねえのかと思ったのは、こう変に山が寂しくなって、通魔とおりまでもしそうな、静寂しじまの鐘の唄の塩梅あんばい
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
石油のにおいとエーテルらしいにおいが私の鼻をついた。しんとした死の国のような静寂しじまの中で、屋根のスレートを叩いている雨と、煙突に風のうなる音が聞えるだけであった。
自責 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ドールン 静寂しじまの天使とびすぎぬ。(訳注 一座が急にシーンとしたときに言うことば)
ハタと鳴をしずめて一時は墓場のような沈黙に陥りましたが、それもほんの暫らくで、嵐の前の静寂しじまが掻き乱されると、黒風白雨競い打つように、食堂は再び大混乱の渦を巻き起しました。
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
夜の静寂しじまを破った叫び声、それが、すべての終りであったのでございました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
巷都まちを圧す静寂しじまの奥に、しんしんと底唸りをはらんでいるかに思われる。
静寂しじま」とよばるるものの歩み、そのうたう歌はわれ知る
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
その時——それは、ひよく音に似たような、哀れに淋しい尺八たけの調べが、林の静寂しじまに低くふるえて、どこからともなく聞こえてきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
掛け声、手拍子、足踏みの声、そうして音頭取りの美しい声! それが山谷に木精こだまして、深夜の静寂しじまを振るわせる。……
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
恰度四時四十二分に夜行の旅客列車が物凄い唸りを立てて、直ぐ眼の前の上り線路を驀進ばくしんして行きました。そしてあたりは再び元の静寂しじまに返ったのです。
とむらい機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
清々すがすがしい朝の光りの中に、あるいまぶしく、又はクッキリと照し出されて、大学教授の居室らしい、厳粛な静寂しじまを作っている光景を眺めまわしているうちに
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
といっても、暗さと静寂しじまに対するあの不思議な恐怖が盛りかえして来たのではない。彼は今、賭博者が切り札を出す前にせわしく指先でいじくらずにいられないようなもどかしさを感じているのだ。
空家 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
と云うのは、この静寂しじまのなかを左手のへや——そこには、ドアも窓も鎖されていて、なに者もいよう道理のない部屋の方向からして、妙に侘しく、コトリコトリと寒さげな音がひびいてきたからである。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ぼつんと切り離したような静寂しじま、忠相は眼を笑わせて泰軒を見た。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
われ暗黒やみ静寂しじまの中に彼女かれの胸の鳴るをきく
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
あわててそれをさえぎる老婆の悲鳴やら、李逵りきを叱る戴宗の声が、ここの静寂しじまを破ッたと思うと、彼方の薬園から身に白衣びゃくえをつけた一壮士が
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
木立の間に隠見するのは天主閣に燃えるかがりの火か、天主の頂きに低く垂れて光を発すは海王星か、深沈として人影なく、時々夜鳥の啼く声ばかりが四辺の静寂しじまを破っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と、その静寂しじまを破って、遠く、低い、木の枝を踏みつけるような、或は枝の葉擦れのような、慌だしいあし音が私の耳をかすめ去った。誰かが大急ぎで、密林の中を山の方へ駈け込んで行くのだ。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
この暴風雨のまえの静寂しじまにあって、泰軒居士は身動きだにしない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「……有難い、やっと、風がやんだらしい」ほっとして、人々は、燈火ともしびけるのをわすれて、白い月明りに、夜の静寂しじまを見まもっていた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
陣屋から陣屋へ下知げちを伝える伝騎の勇ましい掛け声が、静寂しじまを破るばかりであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あらしののちの静寂しじまには、一種の疲れがはらまれている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
すると突然真夜半まよなか静寂しじまを破って、一発の石砲がとどろいた。銅鑼どら、鼓、喊呼かんこなどを一つにして、わあっッという声が一瞬天地をけ去った。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
コンコンという釘を打つ音が、夜の静寂しじまを貫いて変に陰気に鳴り渡る。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三人を包んで、深夜の静寂しじまが、ひしめいた。
下界げかいをにらみつけるような大きな月が、人ひとり、鳥一羽の影さえない、裾野すそののそらの一かくに、夜の静寂しじまをまもっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、その時静寂しじまを破って、うたう声が横丁から聞こえて来た。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひっそりと、井戸の底のような静寂しじまだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
とたんに、その鋭利な手裡剣しゅりけんの飛んで行った墓地の下で、キャッと、人間の最期を告げる異様な絶鳴が、静寂しじまを破った。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
押し潰したような静寂しじま。傘を打つみぞれ
宵のうちすでに、山は、深沈とふかい静寂しじまに囲まれていた。サクリ、サクリと彫刀の鋭利な先で木をいでゆくのが微かに雪の積むほどにひびく。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
耳の痛くなるような山の静寂しじま——。
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
陣帳風暗く、夜はけかけていた。兵はみなねむりに落ち、時おり、馴れぬうまやにつながれた赤兎馬が、静寂しじまを破って、ひづめの音をさせているだけだった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
笛がとぎれた時の、シーンとした静寂しじま冷気れいきとは、まるで深海のそこのようだ。けれど、事実じじつはおそろしい高地こうちなのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の若者は、この辺りの森と水の静寂しじまへ避けて、お互い肉親同士の姿を見合うと、さすがに気崩れに襲われて、光安入道の足もとへよろめき仆れた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寄手の陣地も、味方の城も、いまは銃声一つなく、深い静寂しじまの底にある。——淙々そうそうとつねに遠く聞えるのは、石垣の根を洗ってゆく滝川の奔流ほんりゅうだった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふかい樹立こだち静寂しじまの闇とうるしを湛えたような泉の区域を囲んでいた。六角堂のすぐ裏にあたる修学院の池である。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜩の声は、壮年期の弔歌ちょうかに聞え、都を中心とする時の潮鳴りが、山の静寂しじまとは逆に、心へ底波を打ってくる。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振り向いた大勢の眼もすべて一瞬「——あっ?」といっただけで、あとは異様な静寂しじまがみなぎり渡っていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突然、春野のうららかな静寂しじまをやぶッて、キェッ——という異な悲鳴が走ったと思うと、団八のからだも向うへ飛び退き、武蔵の体もうしろへね返っていた。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのうちに、深夜の静寂しじまを破って、馬のいななきが聞え、いえの後ろのほうで人の気はいや戸の音がする。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういう人間の機微きびは分らないのか、無関心なのか、藤吉郎はまるで遊山ゆさんにでもゆくような笑い声を、時々、山あいの静寂しじまに発しながら、信長の先頭に立ってゆく。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
をあわせ、心を静寂しじまの底に澄ませると、どんな時でも、清々すがすがと、真如しんにょの月を胸に宿すことができた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
城内七百の強者つわものばらの耳へもはらわたへも鳴って行ったとみえて、長亭軒の城、松尾山の松籟しょうらいは、一瞬、しいんと静寂しじまに冴えて、ただ琴の音と、琴の歌があるばかりだった。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)