逡巡ためら)” の例文
今迄いままで小六ころくついて、夫程それほど注意ちゆういはらつてゐなかつた宗助そうすけは、突然とつぜんこのとひつて、すぐ、「何故なぜ」とかへした。御米およねはしばらく逡巡ためらつたすゑ
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そうして初めてなごやかに微笑って私の手にその手を結びつけ幾度か逡巡ためらいいくらか羞かしそうに口のうちで「お父さん」とそう呼びかけた。
童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
私も幾度か帰らうとしては、外の寒さを思ふと何となく逡巡ためらはれて、また新しい杯を命じないではゐられないのだつた。
酔狂録 (新字旧仮名) / 吉井勇(著)
「どうしてと申して、」と、おこよはちょっと逡巡ためらったが、「女好きで、そのうえ、自分は大の色男のつもりで——うるさいったらないんです。」
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
千代、逡巡ためらひながら二三歩門内に進み入り、『常丸、常丸』と呼ばう。答なし。憂はしげに、再び門外に出づ。
南蛮寺門前 (新字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
「ちゃっとおきなされませい。」これがために、紫玉は手を掛けた懐紙ふところがみを、余儀なくちょっと逡巡ためらった。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、人間の手が、ぽつんと空気に浮かんで——トニィは常識と闘いながら暫らく逡巡ためらった。
土から手が (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
虚々うかうかとおのれも里のかた呻吟さまよひ出でて、或る人家のかたわらよぎりしに。ふと聞けば、垣のうちにてあやしうめき声す。耳傾けて立聞けば、何処どこやらん黄金丸の声音こわねに似たるに。今は少しも逡巡ためらはず。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
サクソン民族に忠実な封臣たろうとした逡巡ためらいがちな意志は、やがてアイルランド愛国主義の圧力に屈した。彼は陰謀を企て、叛を起こした。そして、スペインのフィリップの輩下となった。
彼女かれ逡巡ためらひつゝ、そつかたへの大和を見やりぬ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
もうすべての事が逡巡ためらわれてくる。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「どうせもう着る事なんかなかろうとは思うんですが」といって逡巡ためらった彼女は、こんな事に案外やかましい夫の気性きしょうをよく知っていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
し兼ねまじき気勢けはいなれば、気はあせれども逡巡ためらいぬ。小親背後うしろに見てあらむと、われは心に恥じたりき。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「思いきって申し上げますが、」と佐平次は少し逡巡ためらって、「あっしが駈けつけた時あまだ息の根が通ってましてね、灯を差し向けると一言はっきり口走りましたよ。」
「それわね」ロスリッジは暫らく逡巡ためらった後、「おれもお前もよく識っている人なんだ——併し、言えない。幾らここだけの夢物語でも、あんまり真に迫っているんで、名前だけはいえない」
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
「狐を釣るにねずみ天麩羅てんぷらを用ふる由は、われ猟師かりうどつかへし故、とくよりその法は知りて、わなの掛け方も心得つれど、さてそのえばに供すべき、鼠のあらぬに逡巡ためらひぬ」ト、いひつつ天井を打眺うちなが
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
もうすべての事が逡巡ためらわれてくる。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「これがあの……」と叔母は逡巡ためらって宗助の方を見た。御米は何と挨拶あいさつのしようもないので、無言のままただ頭を下げた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「ちやつとおきなされませい。」此がために、紫玉は手を掛けた懐紙ふところがみを、余儀よぎなく一寸ちょっと逡巡ためらつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ちょっと逡巡ためらったのち、上野は、人さし指を一本立てて見せた。百両ひとつの意味だった。
元禄十三年 (新字新仮名) / 林不忘(著)
加之しかのみならず洞のうちには、怎麼なる猛獣はんべりて、怎麼いかなる守備そなえある事すら、更に探り知る由なければ、今日までかくは逡巡ためらひしが、早晩いつか爾を捕へなば、糺問なして語らせんと、日頃思ひゐたりしなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「これがあの……」と叔母をば逡巡ためらつて宗助そうすけはうた。御米およねなん挨拶あいさつのしやうもないので、無言むごんまゝたゞあたまげた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
逡巡ためらっていると、癇走った大次郎の声で
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
裁縫しごとの手をめて、火熨に逡巡ためらっていた糸子は、入子菱いりこびしかがった指抜をいて、鵇色ときいろしろかねの雨を刺す針差はりさしを裏に、如鱗木じょりんもくの塗美くしきふたをはたと落した。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
思い切って、そう打って出れば、自分で自分の計画をぶちこわすのと一般だと感づいた彼女は、「だって」と云いかけたまま、そこで逡巡ためらったなり動けなくなった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
女はしばし逡巡ためらつた。手に大きなバスケツトげてゐる。女の着物は例によつて、わからない。ただ何時いつもの様にひからない丈が眼についた。地が何だかぶつ/\してゐる。それしまだか模様だかある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
抜けでんとして逡巡ためらい、逡巡いては抜け出でんとし、ては魂と云う個体を、もぎどうにたもちかねて、氤氳いんうんたる瞑氛めいふんが散るともなしに四肢五体に纏綿てんめんして、依々いいたり恋々れんれんたる心持ちである。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「彼方の方って——」と少し逡巡ためらっていた三千代は、急に顔をあからめた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼方あつちほうつて——」とすこ逡巡ためらつてゐた三千代は、きうかほあからめた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
百代子はまた僕の顔を見て逡巡ためらった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
御米はしばらく逡巡ためらった末
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)