蹣跚まんさん)” の例文
其処へ蹣跚まんさんと通りかゝつた痩せぎすの和服の酔客を呼び止めて、「泉君、泉君、いゝ人を紹介してやらう———これが谷崎君だよ」
泉先生と私 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
老いたる教師ハツバス・ダアダアのボルゲエゼ家の車のしるしに心づきて、蹣跚まんさんたる歩をとゞめ我等をゐやしたるは、おもはずなる心地せらる。
武松は、久しぶりに濶然かつぜんたる胸をひらいて、愉快でたまらず、大酔して蹣跚まんさんとした足もとを、やがて召使の手にたすけられながら、外へ出て
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
歩きだしてからかえって酔を発した其角は、相川町を右に折れて、蹣跚まんさん蜆河岸しじみがしへさしかかった。すると片側町の暗がりから
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
政吉 (よきを携げ、金の入った財布の紐を腕にかけ、引き摺るようにして蹣跚まんさんとして来たる、殺人をやった後である)
中山七里 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
嘉門はクルリと振り返ったが、例の蹣跚まんさんとした足どりで、馬酔木の叢の裾をまわって、今度こそ左内とお菊とを見すてて、家のほうへ引き返した。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蹣跚まんさんとして雲を踏むよう、針の山に追い上げられた泥酔者のんだくれのように、一歩一歩、床板に弾き上げられて、不作法な怪奇な、命がけの跳躍を続け、手は
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
咄々とつとつ、酔漢みだりに胡乱うろんの言辞を弄して、蹣跚まんさんとして墓に向う。油尽きてとうおのずから滅す。業尽きて何物をかのこす。苦沙弥先生よろしく御茶でも上がれ。……
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
大井はやっと納得なっとくした。が、卓子テエブルを離れるとなると、彼は口が達者なのとは反対に、すこぶる足元が蹣跚まんさんとしていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
東京には、こういう娘がひとりで蹣跚まんさんの気持ちをひきいつつ慰み歩く場所はそう多くなかった。大川端にはアーク燈がきらめき、涼み客の往来は絶ゆる間もない。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
後向きに、雪のうえを、まるでありが獲ものを運ぶように、蹣跚まんさんとした。ようやくまた穴にかえった。一呼吸入れて、それから彼は横に寝ているものを揺ぶった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
その夜、大酔した嘉平次が、蹣跚まんさんとして自分のお長屋へ帰ろうとして、台所口を出たときだった。
仇討三態 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
何か砂利のようなものが脚につまって、それが私の歩みをはばむようであった。大通りを避けて見知らぬ露地から露地へ私は蹣跚まんさんと歩き廻った。見覚えのある路を何度も通った。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
鈴蘭燈すずらんとうの強烈なネオンが眼にちかちかと刺すように感じ、彦太郎は蹣跚まんさんたる足どりで、人混を縫いながら、劇場のある横町に入りこんで来て、弥次郎兵衛やじろべえというおでん屋に入った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
と彼は、蹣跚まんさんというほどではないが相当の酔心地よいごこち、ふらふら「恋鳩」の裏手口を過ぎようとした時に……。いきなり内部から風をきって、彼の前へずしりと投げだされたものがある。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
すなわちたずさゆル所ノ巨玉巵きょぎょくしヲ出シ自ラムコト三タビニシテ、コレヲ属シ即チ辞シテ去ラントス。毅堂マタ満ヲ引イテ連酌シたちまちニシテ大酔シ興ニ乗ジテ同ジク門ヲ出デ蹣跚まんさんトシテ橋ニ到ル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
円タクで白山坂上はくさんさかうえにさしかかると、六十恰好の巌丈な仕事師上がりらしい爺さんが、浴衣ゆかたがけで車の前を蹣跚まんさんとして歩いて行く。丁度安全地帯の脇の狭い処で、車をかわす余地がない。
KからQまで (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
本郷へ來ると、彼醉僧すゐそうは汽車を下りて、富士形の黒帽子を冠り、小形の緑絨氈みどりじうたんのカバンを提げて、蹣跚まんさんと改札口を出て行くのが見えた。江刺えさしへ十五里、と停車場の案内札に書いてある。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
本郷へ来ると、彼酔僧すいそうは汽車を下りて、富士形の黒帽子をかぶり、小形の緑絨氈みどりじゅうたんのカバンをげて、蹣跚まんさんと改札口を出て行くのが見えた。江刺えさしへ十五里、と停車場の案内札に書いてある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
某政治家も爛酔らんすいして前後もわきまえず女中の助けをかりて蹣跚まんさんとして玄関に来たが、自分の強さ加減を証拠だてるため、女中がかぶらせた帽子を、おののく手より奪いとり、玄関の柱にたたきつけ
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
二人は蹣跚まんさんたる足どりで、縺れ合うようにして噴水のある池の端までやって来た。青銅ブロンズの鶴は形のいい翅をキラキラと光らせながら蒼白い水の吐息を噴上げ、今にも空に舞上ろうとするよう。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私はのみ過ぎた酒の為に、やや蹌踉そうろう蹣跚まんさんとして歩いていたわけです。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
半蔵門の方より来たりて、いまや堀端ほりばたに曲がらんとするとき、一個の年紀としわかき美人はその同伴つれなる老人の蹣跚まんさんたる酔歩に向かいて注意せり。かれは編み物の手袋をめたる左の手にぶら提灯ぢょうちんを携えたり。
夜行巡査 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蹣跚まんさんとして、暗き長廊下を歩み近づく。)
其処へ蹣跚まんさんと通りかゝつた痩せぎすの和服の酔客を呼び止めて、「泉君、泉君、いゝ人を紹介してやらう———これが谷崎君だよ」
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
で、ほどなく道誉は、腹心たちにささえられながら、蹣跚まんさんたる足どりで、茶堂から本丸のほうへひきあげて行ったのだった。
私本太平記:07 千早帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
晦日みそかの空は眞つ暗で、柳原土手はこの間からの辻斬の噂で人つ子一人通りません。和泉橋のところから新し橋近くなると、八五郎の足は蹣跚まんさんとして居ります。
東京には、かういふ娘がひとりで蹣跚まんさんの気持ちをになひつつ慰み歩く場所はさう多くなかつた。大川端にはアーク燈がきらめき、涼み客の往来は絶ゆる間もない。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
唐代の衣冠いかん蹣跚まんさんくつを危うく踏んで、だらしなく腕に巻きつけた長い袖を、童子の肩にもたした酔態は、この家のさびしさに似ず、春王はるおうの四月にかなう楽天家である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
蹣跚まんさんとして歩いて行く。と、またもや左のほうへ、ヒョロヒョロヒョロヒョロとよろめいた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
われは蹣跚まんさんとしてきざはしを下り、舟をびて水のちまたを逍遙せり。二人の柁手こぎては相和して歌ふ。
あの腫物は直ったかしら? ——酔歩蹣跚まんさんたる四十起氏と、暗い往来を歩いていたら、丁度我々の頭の上に、真四角の小窓が一つあった。窓は雨雲の垂れた空へ、斜に光を射上げていた。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
酔歩蹣跚まんさんといったぐあいに肩から先に前のめりになってヨロヨロと二三歩泳ぎだすかと思うと、とつぜん立ちどまってはげしく大息をつき、両手で胸のあたりを掻きむしるような真似をして
顎十郎捕物帳:24 蠑螈 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
まぶたはもう離れようとしなかった。意識は何も受けつけないのだ。蹣跚まんさんとした大広間の往復が、自席に着いてどっと疲労を呼びおこした。彼はついえるように横になった。肱枕ひじまくらに他の手を添えた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
これだけ繰り返した津田はいったんつかえた。そのあとした文句はむしろ蹣跚まんさんとしてゆらめいていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「は」と返辞いらえて市之丞は、御嶽冠者にまず一礼し、それからつと立ち上がったが、疲労つかれた体には歩くことさえ出来ず、蹣跚まんさんとして倒れようとするのを素早く走って支えた姫
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ボーイ長が引き退ると間もなく、縮れっ毛団栗眼の、「長崎絵」の加比丹カピタンのような面をした突兀とっこつたる人物が一種蹣跚まんさんたる足どりで入って来て、皇帝の前へ直立すると、危なっかしいようすで敬礼をし
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
品行が方正でないというだけなら、まだしもだが、大に駄々羅遊だだらあそびをして、二尺に余る料理屋のつけを懐中にんで、蹣跚まんさんとして登校されるようでは、教場内の令名に関わるのは無論であります。
文芸の哲学的基礎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
元気よく蹣跚まんさんとして彷徨って行く。手拍子を打つ手がヒラヒラと動いて、明るい初夏の日をはね返して、手首が肩の上へ上がるごとに、手の甲のほうが日蔭となって、てのひらのほうが明るんで見える。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
云いすてて陸奥守は蹣跚まんさんと、この座敷から出て行った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)