舳先へさき)” の例文
舳先へさきがこちらに向くかと思ったが、それは眼のあやまりで、須臾しゅゆのうちに白い一点になり、間もなく、それも見えなくなってしまった。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
……と思ううちに、その舳先へさきに仁王立ちになった向う鉢巻の友吉おやじが、巻線香と爆弾を高々と差し上げながら、何やら饒舌しゃべり初めた。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
いってみると、船の舳先へさきともや、船室の周囲のあゆみで、人が右に左に走りまわってい、船板を踏み鳴らす音に続いて、高い水音が聞えた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
実は八丁堀といった啖呵たんかがものをいったとみえまして、通りすがりの伝馬船が倉皇そうこうとしながら舳先へさきを岸へ向けましたので
船の中にはヤイレスポと、ポニポニクフと、その部下たちの死体が、舳先へさきに積みあげられ、ともに積みあげられてあった。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
「そら、バッテイラが戻って来ます、海の上を真一文字にバッテイラが、こちらへ向って来ます——バッテイラの舳先へさきには、カンテラがいています」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
半七と庄太は舳先へさきに乗った。やがて向うのどてに着いて、江戸の方角へむかって歩きながら、半七は小声で云った。
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お艶は? と見ると、舟に飛びこんだ時から舳先へさきにつっ伏したきり、女は身じろぎもしないでいる。濡れる! と思った栄三郎が、舟尻ともむしろを持って近づきながら
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
船に乗ると、舳先へさきの方に、明るい影の中にすわって、なんでもない事柄を話そうとつとめた。しかし口にする言葉を耳には聞いていなかった。快いものうさに浸されていた。
目印には舳先へさきに赤い小旗を立て、舟にも毛氈もうせんかれ、中央に武者三名ほど坐っていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
舳先へさきを並べていたたくさんの舟はみるみる漂わされて別れ別れになった。柳の舟では柳が界方をさしあげて危坐していたので、山のような波も舟に近くなると消えてしまった。
織成 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
しかし相手はまだ二人、舳先へさきの方からはもう二三人船頭が助太刀に飛んで来る様子です。
舳先へさきやりを立ててさかんな船遊びをしたという武家全盛の時代を引き合いに出さないまでも、船屋形の両辺を障子で囲み、浅草川に暑さを避けに来る大名旗本の多かったころには
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
夜は舳先へさきに見る月の清らなること昨日きのふに異らずさふらふ。ベツカ夫人鈴子すゞこの君の愛子まなご、マリイ、エヂツ、アンネスト、エレクの君達皆私に馴れ給ひ、就眠の際の挨拶をも受け申しさふらふ
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
熱海の街が少しく煙り、網代の街の屋根瓦が光らなくなつた頃、船は航程の半分を越えたのだと船頭が云ひました。其頃から舳先へさきに當る初島は藍鼠色より萌葱もえぎ色に近くなりました。
初島紀行 (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
けれど、彼女は舳先へさきの方にかがんだまま、ただそのつぶらなを二三度瞬いたきりである。
植物人間 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
依然として平坦な会話の調子を維持しているにもかかわらず、無理に自分の乗っている船の舳先へさきめぐらして逆に急流をさかのぼらせられるような感じがして、それから暫くの間は、独りで深い思量にふけった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
じゝゝゝじーと波の中へ船の舳先へさきを突込みまして動かなくなりました。
隣の老人が舳先へさきの方に行つた跡で、主婦あるじ老爺らうやに小声で言つた。
(新字旧仮名) / 田山花袋(著)
黒金くろがねの船の舳先へさき
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
いってみると、船の舳先へさきともや、船室の周囲のあゆみで、人が右に左に走りまわってい、船板を踏み鳴らす音に続いて、高い水音が聞えた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
しゃべり坊主の弁信法師は、一気にこれだけのことを米友に向ってまくし立てたが、その間も安然として舳先へさきに坐って、いささかも動揺の色はありません。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこで眼ざす鯖の群れが青海原に見えて来ると、一人はともにまわって潮銹しおさびの付いた一挺櫓を押す。一人は手製の爆弾と巻線香を持って舳先へさきに立ち上るのだ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし相手はまだ二人、舳先へさきの方からはもう二三人船頭が助太刀に飛んで来る様子です。
せんのすえに青々とすんだ浪華なにわの海には、山陰さんいん山陽さんよう東山とうさんの国々から、寄進きしん巨材きょざい大石たいせきをつみこんでくる大名だいみょうの千ごくぶねが、おのおの舳先へさき紋所もんどころはたをたてならべ、満帆まんぱんに風をはらんで
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ちょうど入港する異国船が舳先へさきに二本の綱をつけ、十そうばかりの和船にそれをひかせているばかりでなく、本船、き船、共にいっぱいに帆を張った光景が、画家の筆によってとらえられている。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
向うから来た船の舳先へさきがこっちの船の横舷よこべりへどんと突きあたった。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
風しだいかじしだいで、はしの向いたほう、舳先へさきの向いたほうをたっぷりいただくと、もうこれで胆力はじゅうぶん、といわぬばかりに、ずいと立ち上がって、珍しやきょうは黒羽二重上下の着流しに
その艀は舳先へさきを向きかえて、沖のほうへ逃げだして行った。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
君が大船おほふね舳先へさきに立ち
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
黒金くろがねの船の舳先へさき
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
そこで会社では——なんと物分りのよい人たちであろう——留さんにある役割を与えた。だから留さんはいつも舳先へさきのところに立って叫んでいる。
留さんとその女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
容貌魁偉かいいなる田山白雲の姿の見えない代りに、短身長剣の男が一人舳先へさきに突立って、ものを言いかけましたから
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殊にその寺院の屋根に似たダダッ広いひたいの斜面と、軍艦の舳先へさきを見るような巨大な顎の恰好の気味のわるいこと……見るからに超人的な、一種の異様な性格の持主としか思えない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「ひとつ考えてみよう」私は彼女の修理された舳先へさきでながら云った、「問題は(青べか)という概念だ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こちらの船頭が舟の舳先へさきで、あわただしくこう叫んだのが、また一座の沈黙の空気をおびやかしました。
三十六号船の舳先へさきに立って、「おもかじいっぱい」とか「スロー、スロー」などと、ブル船長に叫んでいた彼、また根戸川亭で自分の女に毒づかれ、こき使われ
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
舳先へさきの方へ手をやって、形ばかりつないであったともづなを手繰たぐり出しますと、最初にやっと舟へ身をうつした覆面の男が、下り立つと、急にしゃんとした形になって
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
三十六号船の舳先へさきに立って、「おもかじいっぱい」とか「スロー、スロー」などと、ブル船長に叫んでいた彼、また根戸川亭で自分の女に毒づかれ、こき使われ
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なめらかに、うるおいながら、湖面を音もなく、誰も押す人もなく、さえぎる人もないままに、ゆっくりと、心ゆくばかり漂い行くわが舟の舳先へさきを、われと見送っているうちに
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小舟の舳先へさきには、麻の肩衣をつけた若者が立って、水面を覗きながら、絶えず片手を振っている。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
やむなく船上を行きつ戻りつして、駒井甚三郎は、またも舳先へさきへ来てから、ハッとさせられたのは、事新しいのではない、金椎がやっぱり、まだその場所で祈りを続けている。
そこは水路のゆき止りで、向うに松並木のある岸が見え、船はそちらを舳先へさきにしてもやってあり、底が浅いため、岸につないだほうが高く、ぜんたいがとものほうへかしいでいた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なにげなくバッテーラのうちを見ますとな、笠を被って羅紗らしゃの筒袖を着て、手に巻尺と分銅ふんどうのようなものを持って舳先へさきに立っていた人、それがどうも駒井甚三郎殿としか見えないのでござった。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
もう鶴見沖であろうか、舳先へさきの右先に遠く、横浜港の灯火あかりが夜空を焦がしている。
水中の怪人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
彼は舳先へさきのほうへぬけ出した。
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)