眼窩がんか)” の例文
それだのにどうだろう、右の一眼は、めしいたままになっているではないか。眼窩がんか洞然ほこらぜんと開いているが、眼球が失われているのである。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼の大きくくぼんだ眼窩がんかや、その突起したあごや、その影のように暗鬱な顔の色には、道に迷うた者の極度の疲労と饑餓きがの苦痛が現れていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
その内に空気は益々乏しくなり、息がつまるばかりか、目は眼窩がんかの外へ飛び出すかと疑われ、鼻から口から、血潮が吹き出す程の苦しさだ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
投げられた者は皆、脳骨のうこつをくだき、眼窩がんかは飛びだし、またたくうちに碧血へきけつの大地、惨として、二度と起き上がる者はなかった。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なるほど、見れば見るほど、きみょうな人間であって、両眼は、ひたいの下にふかくほれた眼窩がんかの中にあり、そして両眼は猿のように寄っている。
氷河期の怪人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
黒曜石のようなさかしい眼のあった個所には、眼窩がんかが暗い孔を開け、桜貝のような愛らしい耳が着いていたところから藻草が青い芽をだしている。
湖畔 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
阿賀妻は身をむようにして膝をのりだした。だんだん蒼ざめて来た。深い眼窩がんかのなかで濡れた眼がぎらついていた。彼はしわがれた声で叫んだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
彼の精神が朦朧もうろうとして不得要領ていに一貫しているごとく、彼の眼も曖々然あいあいぜん昧々然まいまいぜんとしてとこしえに眼窩がんかの奥にただようている。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はチョッキのポケットからペンナイフを取り出し、それを開き、そのかわいそうな動物の咽喉のどをつかむと、悠々ゆうゆうとその眼窩がんかから片眼かためをえぐり取った。
黒猫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
流れの真中の浅瀬にかぶりついたまま、パッカリとうつろになった大きな眼窩がんかが生けるもののように、男女相擁しているあなたの岸を見つめていました。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その目は落ちくぼんで、不眠のためほとんど眼窩がんかの中に隠れてしまっていた。その黒服には乱れたしわがついていて、一晩中着通されたことを示していた。
ツマんで吊したような白っぽい変に淋しい屋根をみるときに、いつも木戸口にがやがや立ち騒ぐ露西亜人のくぼんだ眼窩がんかや、唐黍とうきび色のひげや日に焼けた色をみるとき
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのボックリとへこんだ眼窩がんかの奥から、白眼をギラギラと輝やかし、木の皮や、草の根の汁で染まった黄金きん色の歯をガツガツと鳴らしながら、川を渡るような足取で
キチガイ地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
眼鏡の奥のくぼんだ眼窩がんかに、黒く小さな瞳がぼんやり動いて、彼等の方を見た。そしてその男は彼のそばを静かに通りぬけた。冷たい風のようなものが、彼に触れた。
黄色い日日 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
その円々と盛り上った涙の玉に触れないように眼窩がんかの周りをぬぐうてやると、皮がたるんだり引っ張れたりする度毎たびごとに、玉はいろいろな形にまれて、凸面レンズのようになったり
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「元から頬が削げていたのが一層削げて、顴骨かんこつばかり尖り、ゲッソリ陥込む眼窩がんかの底に勢いも力もない充血した眼球が曇りと濁った光を含めて何処か淋しそうな笑みを浮かべて……」
肉躰にくたいは消耗しつくしたため、生前のおもかげはなくなっているのであろうが、眼窩がんかも頬も顎も、きれいに肉をそぎ取ったように落ち窪み、紫斑のあらわれた土色の、乾いた皺だらけの皮膚が
げっそりとけた頬、眼窩がんかの奥へ落ちくぼんでぎらぎらしている眼、そして怖ろしいほどさおな顔をした彼は、最早もはやふらふらと頼りない足どりでつまずき躓き、憑かれたような歩みを続けながら
そこにあったのは眼窩がんかが双方えぐられていて、そこから真黒な血が吹き出ている仔鹿かよ(かよ—上州西北部の方言)の首で、しきいのかなたからは、燃え木のはぜるような、脂肪の飛ぶ音が聴えてきた。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
締った体の権衡けんこうが整っていて、顔も美しい。若し眼窩がんかの縁を際立たせたら、西洋の絵で見る Vesta のようになるだろう。初め膳を持って出て配った時から、僕の注意をいた女である。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
彼の眼玉はくぼんだ眼窩がんかの奥で常々は小さく丸く光っているが、人が何かいうのを聞く度に、いちいち非常に驚いたという風に仰天すると、たしかにそれはぬっと前へ飛出して義眼のように光った。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
そんなことを言いながらそれを眼窩がんかへあててもぐもぐとしていたが
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
彼の目は髑髏どくろのように、せた眼窩がんかの奥で疲れていた。
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
声をかけると窪んだ眼窩がんかの中で薄い目を開け
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
帰らなかった妻や子のしろい眼窩がんか
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
彼女は入口の筵戸むしろどを捲き上げた。陽の光りは新しい小屋いっぱいに流れ込んだ。病人の頬や眼窩がんかや咽喉の窪みに深い影が落ちて鎮まった。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
これを見た川村の両眼は、眼窩がんかを飛び出すかと疑われた。もじゃもじゃになった髪の毛が、一本一本逆立ったかと怪しまれた。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ただ落ちくぼんだ眼窩がんかのへんには、なお四十七歳の肉体から袂別しきれぬかのような生の執着が薄青ぐろく煙っていた。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ピューンと消音拳銃しょうおんピストルが鳴りひびくと、ねらいあやまたず、銃丸は眼窩がんかにとびこんだ。全身真黒な人造人間ロボットがドタリと横にたおれた。「人造人間が死んだ」
人造人間殺害事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
菅笠のかげにある深い眼窩がんかには冷酷なほどひかる瞳がすわっていた。するどい鼻唇線を横にさえぎって固く結ばれた口。手甲、脚絆の装束に尻からげをしていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
けれどもその黒い左右の眼窩がんかが、右正面の裸体美人の画像を睨み付けて、へや中に一種悽愴せいそうたる気分をみなぎらしている魔力に至っては他の二つのものの及ぶところでない。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
高い広い理智的な額、眼窩がんかが深く落ち込んでいるため、蔭影かげを作っている鋭い眼……それは人間の眼というより、鋼鉄細工とでもいった方が、かえって当を得るようだ。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこで両手をひろげ、かすかな光線でもとらえようと思って眼を眼窩がんかから突き出すようにしながら、注意深く前へ動いた。私は何歩も進んだ、しかしやはりすべてが暗黒と空虚とであった。
落穴と振子 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
田山白雲はじれったがりながら、渡頭に近い高さ三メートルばかりの小丘の上で、遠眼鏡を眼窩がんかの上から離さず、マドロスの逃げ込んだ追波おっぱの本流の方をしきりに注視していましたが、そのうちに
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
眼玉がグッと眼窩がんかの奥へへこんだような気がしました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
目は、恐怖の為に、眼窩がんかを飛出す程も、見開かれ、口からは、おびただしい真黒な血のりが、あごを伝わって、胸まで染めていた。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そう云った阿賀妻は、常の日のせた顔にかえっていた。深い眼窩がんかの底でくろい瞳がまばたいていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「ざまア見さらせ」と、魯達はなおも彼の胸いたを踏ンづけて見得みえを切ったが、鄭の反抗はそれきりだった。ひょいと見ると、片眼は眼窩がんかから流れ出し、歯は舌を噛んでいる。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
額越しに見るというあの見方で、金兵衛を睨み付けているところから、落ちくぼんだ眼窩がんか一帯が、陰をなして暗くなっていた。が、その中で黒い露のように、チラチラと輝き動くものがあった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そのまま直ぐに元の眼窩がんかに押込んでしまいました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
両眼が眼窩がんかを飛び出すかとばかり見開いて、狂気のように賊を見つめながら、猿轡の奥から、この世のものとも思われぬ凄惨なうめき声を発した。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
月の光がみなぎっているので、空へ向かって顔を仰向けた時には、細まった頬やずっこけた頤が、際立って蒼白く眺められたが、落ちくぼんだ眼窩がんかがその代わりに、髑髏どくろのそれのように黒く見えた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
蔦王は、艶のない卵白色の物の眼窩がんかを気味わるそうに手に覗いて。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
猫はその場に倒れて、恐ろしくもがいた。一方の目玉が、眼窩がんかから飛び出して、ダランと口の辺まで垂れていた。
女妖:01 前篇 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
断末魔の恐怖に、目は眼窩がんかを飛び出し、ほおはどろによごれていた。それが血にまみれているのかと錯覚された。年増女も、さすがに顔をそむけていた。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふたりの夫人は、それを見るとまっさおになり、目が眼窩がんかから飛び出すほど大きくなった。そして、イスにしばりつけられたように、身動きもできなくなってしまった。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一瞬にして眼球が溶けくずれ、眼窩がんか漿液しょうえきが流れ出すように、その焼け穴は眼の下から頬にかけて、無気味にひろがって行き、愛らしいえくぼをもおおいつくしてしまった。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
洞穴ほらあなの様な二つの眼窩がんかだ。唇のないむき出しの歯並だ。
白髪鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)