真率しんそつ)” の例文
旧字:眞率
もし真率しんそつと云うことばが許されるとすれば、気の毒なくらい真率であった。従って、彼は彼等に対しても、終始寛容の態度を改めなかった。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あるいは滑稽にあるいは壮大にあるいは真率しんそつにあるいは奇抜にあるいは人事的に十人十色なるを思へば、初めの我思案こそつたなかりけれ
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
宗近の言は真率しんそつなる彼の、裏表の見界みさかいなく、母の口占くちうら一図いちずにそれと信じたる反響か。平生へいぜいのかれこれからして見ると多分そうだろう。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
専門技倆ぎりょう的に巧でないが、真率しんそつに歌っているので人の心をくものである。この歌には言語のなまりが目立たず、声調も順当である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
彼れ人に対して真率しんそつみだりに辺幅を飾らず、しかれども広人稠坐ちゅうざうちおのずから一種の正気、人を圧するものありしという。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
シネクネと身体からだにシナを付けて、語音に礼儀れいぎうるおいを持たせて、奥様おくさまらしく気取って挨拶するようなことはこの細君の大の不得手ふえてで、めてえば真率しんそつなのである。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
メートルほど距てて、隣の天幕の歩哨も見ているのだ。が、趙の、この、平生に似ない真率しんそつ慟哭どうこくが私を動かした。私は彼をたすけ起そうとした。彼は仲々起きなかった。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
仔細しさいに研究しきたって今と昔との間にやや差異のあるが如く思われるのは、仮借の方法と模倣の精神とに関して、一はあくまで真率しんそつであり、一は甚しく軽浮である。
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
その顔には常に真率しんそつで腹蔵のない、豪胆なところが現われている。誰とでもすぐ懇意になって、相手がまだけろっとする暇もないうちに、もう『君、僕』で話しだす。
一千に近い大衆が狭い町筋に楕円を描いて夜の七八時から翌朝まで文字通り無宙むちゅうに踊り抜くのである。真率しんそつな文句、単調な身振り、節は誰も知っている「ナカノリさん」である。
温室の恋 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
という事が、少し甘い、しかし真率しんそつな熱情をこめた文体で長々と書いてあったのだった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼女は夫のためにはいかにも真率しんそつで、赤裸々でつくしていたと、わたしは思っている。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼は驚きてわが黄なるおもてをうち守りしが、わが真率しんそつなる心や色にあらわれたりけん。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
常には見ることがなく、またはこの際に気をつけて見れば見られる、或る動物の集合と去来とをもって、真率しんそつに神の通行の御先払おさきばらいと考えるふうが、近い頃までは確かに有ったのである。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
或日、老僕ろうぼく、先生の家に至りしに、二三の来客らいかくありて、座敷ざしきの真中に摺鉢すりばちいわしのぬたをり、かたわらに貧乏徳利びんぼうとくり二ツ三ツありたりとて、おおいにその真率しんそつに驚き、帰りて家人かじんげたることあり。
彼女は伏目になって、言葉の切れ目切れ目に平一郎を真率しんそつに見上げた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
龍造寺主計の真率しんそつな視線を浴びると、つと舌がためらった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
伝右衛門の素朴で、真率しんそつな性格は、お預けになって以来、つとに彼と彼等との間を、故旧こきゅうのような温情でつないでいたからである。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
初三句は極めてつたなき句なれどもその一直線に言い下して拙きところかえってその真率しんそついつわりなきを示して祈晴きせいの歌などには最も適当致居いたしおり候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
これは供奉ぐぶした人麿が、天皇の御威徳を讃仰し奉ったもので、人麿の真率しんそつな態度が、おのずからにして強く大きいこの歌調を成さしめている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
橋本に騾馬の講義を聞くと、まず騾と駃騠けっていの区別から始めるので、真率しんそつな頭脳をただいたずらに混乱させるばかりだから、黙ってくらのない裸姿を眺めていた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼らがその真率しんそつにして赤児の如き点、また対照の価値なしとせず。松陰みずから諸友のおのれを疎隔するをいかるや、曰く、「最早吾といえども尊攘を説くべからず」と。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
五年前の進は勉学の志をなげうたない真率しんそつな無名の文学者であったが、今日こんにちの進は何といってよいのやら。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初三句は極めてつたなき句なれども、その一直線に言ひ下して拙き処、かへつてその真率しんそついつわりなきを示して、祈晴きせいの歌などには最も適当致しをり候。
歌よみに与ふる書 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そういう巧緻こうちでないようなところがあっても、真率しんそつな心があらわれ、自分の心をかえりみるような態度で、「来にけり」と詠歎したのに棄てがたい響がある。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
これ則ち十五、六歳の少年に告げたるなり、その真率しんそつにして磊灑らいしゃなる、直ちに肺肝をるが如し。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
「先生、子規さんとは御つき合でしたか」と正直な東風君は真率しんそつな質問をかける。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
例へば、武者小路実篤むしやのこうぢさねあつは——千八百八十五年に生れ、「白樺派しらかばは」の中心人物となり、近来日向ひうがに「新しき村」を建設し、耕読こうどく主義を実行す。彼の著作は単純真率しんそつ、技巧をほどこさず、おのづから清新の気をそなふ。
日本小説の支那訳 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は坂井の家に、ただいやしくもまぬかれんとする料簡りょうけんで行った。そうして、その目的を達するために、恥と不愉快を忍んで、好意と真率しんそつの気にちた主人に対して、政略的に談話をった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
縁語に巧をろうせんよりは真率しんそつに言いながしたるがよほど上品にあい見えもうし候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
全くただの人間として大自然の空気を真率しんそつに呼吸しつつ穏当に生息しているだけだろうと思う。自分はこれらの教育あるかつ尋常なる士人の前にわが作物をおおやけにし得る自分を幸福と信じている。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
面白く趣味ある材料の充実したる上に、書き方子供らしく真率しんそつにして技術家の無邪気なる処善くあらはれたり。書き直すに及ばず。二、三個処字を直して、それにて全く総ての日記の手入終る。
明治卅三年十月十五日記事 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
「行徳の俎というのは何の事ですか」と寒月が真率しんそつに聞く。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)