無碍むげ)” の例文
ブルッと動く太刀さきは見えても、容易に手元へ斬りこんで行かず、キラリと光流をひらめかす槍の穂も、無碍むげにはさっと突いてこない。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふき子の内身からは一種無碍むげな光輝が溢れ出て、何をしている瞬間でもその刹那刹那が若い生命の充実で無意識に過ぎて行く。
明るい海浜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
……彼は本を一冊、膝に載せているが、しかし一行も読んではいなかった。深い忘却、時空を超えた無碍むげ揺曳ようえいを、享楽しているのであった。
前記の復原図、あるいは大仏開眼までの史実をみるにつけても、天皇の御風格は徹底して奔放無碍むげだったと推察申し上げないわけにはゆかない。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
他人の恋を垣間見てもそれが忽ち己れの秘密の情痴の世界に展開してくるといふやうな円融無碍むげの神通力を心得ており
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
『滄浪の水清まばもって吾がえいあらうべく、滄浪の水濁らばもって吾が足をあらうべし』……融通無碍むげになりさえすれば、物事かえって面白うござる
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
仏法もとより無碍むげにして偏在へんざいなしといえども、衆生しゅじょう業力ごうりき異なるに従いて仏教者中にその偏在を見るは遺憾いかんの至りなり。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
吾々はもっと「平」の世界について、深く思慮をめぐらせてよい。「平の心」は要するに自在心に他ならぬのである。これを「無碍むげ心」といってもよい。
改めて民藝について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
よく墨蹟にある大徳の円相を見ると、いびつは歪そのままながら、円心顕著である。静寂な心境から出発しているから、その風俗が十方無碍むげに出ているのである。
見るものすべてが流通無碍むげになっただけ、それだけ女性全般の中に蓄積ちくせきされたものがない様に思います。
新時代女性問答 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
というよりそのときばったりの融通無碍むげなボキャブラリーを駆使する神経をもっていることであろう。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
純一が写象は、人間の思量の無碍むげの速度を以て、ほんのつかの間に、長い夢を繰り返して見た。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
拒む権利があるのだから拒んでいのであるが、あまり無碍むげに、我々が尊敬する数人の御方がご勧誘になるのを、ただちに拒絶するのは礼に非ずと存じまして、なお考えてみよう
平和事業の将来 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
感興が横溢おういつすれば、十三弦からはみ出してしまうほどの、無碍むげの芸術境に遊ぶ人だった。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
が、当の苗子はそんな思惑を知ってか知らないでか、至って呑気に、無頓着に、女学校の寄宿舎にいる女学生のように、縦横無碍むげに、そして不即不離に立廻たちまわっている様子でした。
安期生はその道の第一人者で、さういふことにかけては融通無碍むげの誉れを持つてゐた。
春の賦 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
番頭の八方無碍むげの会釈をして、その真新しいのをまた運転手の傍へ立掛けた。
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平素から、快く思つてゐない男ぢやが、折角来て呉れたものだから、無碍むげに断るのもと、思つたから、らんこともないと云ふと、段々相手の男のことを話すのぢや。人を馬鹿にして居る。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
ただ、彼においてはきわめて都会的な軽快味とその縦横無碍むげの機智とにずばぬけている代わり、日本の子守唄のようなほんとにしみじみとしたあの人情味には欠けていはしまいかと思われる。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
文学は伝記にあらず、記実にあらず、文学者の頭脳は四畳半の古机にもたれながらその理想は天地八荒の中に逍遥しょうようして無碍むげ自在に美趣を求む。はねなくして空にかけるべし、ひれなくして海に潜むべし。
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
光は十方じつぱう無碍むげなげきつつ、まづ
畑の祭 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、けものの如きおめきをあげ、剣前何ものも無碍むげ、いきなり新九郎の平青眼を踏み割るが早いか、さっと、脳天から褄先つまさきへかけて斬り込んできた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
即ち「平常底の美」、「無碍むげの美」と解すべきで、完全にも不完全にも執せぬ「自在美」こそ「茶美」なのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
どうも子供を無闇に馬鹿だの頓馬とんまだのと罵り、あるいはその記憶力の足らぬ事判断力の足らぬ事をば無碍むげいやしめてその自信力を奪うという教育法は
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
寝ている部屋を通して、その碧い空から、清々すがすがしい力ある九月の風が吹いて来た。無碍むげな、それ故、ひとしお魂にしみる哀感で、伸子は思わず眼をつぶった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
これは実に縦横無碍むげの名演奏で、十四瑰麗かいれいなる珠玉だ。わけても第七番目のえいハ短調(作品六四ノ二)の円舞曲などは、言語に絶する美しさで、一篇の劇詩に匹敵する雄弁さだ。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
平素から、快く思っていない男じゃが、折角来てれたものだから、無碍むげに断るのもと、思ったから、らんこともないと云うと、段々相手の男のことを話すのじゃ。人を馬鹿ばかにして居る。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『足場を取ったが、何で卑怯かっ。赤穂育ちは小藩ゆえ、小狭い所をお好みかしらぬが、清水一学流は十ぽう無碍むげ、さあ来いっ! 束になって』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここで無碍むげな仕事が現成げんじょう致します。自由となれば昨日や明日の反復には拘束されません。今描く事実より他にないのであります。「随処に主たり」という趣きが現れます。
益子の絵土瓶 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
あなたの明白な事理は、少くとも私に対しては無碍むげに通用するべきであり、するのが自然であるという風でなければならないと。そこに事理の自然な展開の場所がなくてはいけないと。
まだあんなことをいっているようでは、浄土門の真理の芽は、せっかく大地を割ったばかりで無碍むげに踏みにじられてしまう
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悟得ごとくするものは無碍むげである。自然に任ずるこれらの作も自由の境に活きる。よき手工の前に、単なるおきては存在を有たない。物に応じ心に従って、凡てが流れるままに委ねられる。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
理念的、観念的に受け取ろうとするのでなく、無碍むげ自在に神仏と人間が生活を営みあっていたかたちです。それからみると今日の寺院はせまき門です。
親鸞の水脈 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし理法は活ける精神であって死せる形骸けいがいではない。その理法をただ、形式化する時、理法の真意は死んでくる。優れた茶人たちの偉大さは、その理法の自由無碍むげな運用であった。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しかし明日の魏軍の猛気はおそらく必殺必勝の気で来るであろうゆえ、無碍むげささえれば、必定、支えきれなくもなる。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無碍むげに、一歩でも、手元へ近づいて行った者は、たちまち、相手の一せんを浴びて、あえなき血けむりを揚げてしまう。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一気に走破そうはして来たわけである。当時としては超々速度といっていい。が問題は速度ではない。彼の大気明快な統率と、無碍むげ自在な方略の断にある。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、無碍むげはやって、その中から築土の根がたへ跳んだ者も、跳び損ねた者も、例外なく濠の中へ落ち込んでしまった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それまでに仰せあるものを、無碍むげにお別れもなるまい。然らば左様に早朝でなくても、お待ち申していましょう」
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこか、今までの彼のすがたに、無碍むげの円通が加わってきた、自由さ、明るさ、ひろさである、一日ごとが、生きがいであった。生きているよろこびであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、無碍むげ利腕ききうでをねじあげようとするのを、お綱は振り払って、お十夜の影へサッと小太刀の光を投げた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不利な立場のまま、無碍むげに進んでゆくほど、伝七郎も相手を軽んじてはいない。当然こういって敵を誘った。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふりかぶった大刀を無碍むげにふって落せば、弦之丞を打つ前に、お十夜を両断にしてしまったかもしれない。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほんとの無碍むげ自在な体ならば、草鞋わらじの裏に釘の先が触れた瞬間に、体はおのずからそれを察知しているはずである
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
心の富むすべを——心はいつも幸福で無碍むげ自由にこの世を楽しむことができるのが常であるのを——それを知らないあなた方は、それを宿命のように、鈍々どんどん
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
けれど、島井家の楢柴の茶入れも、神谷家に伝来する牧谿の遠浦帰帆も、ともに博多の名物として有名なものだけに、信長も無碍むげに云い出しかねていたのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、それも力をもって、無碍むげに攻めおとそうとすれば、当然、一と三の両曲輪からも援けを出し、お味方は挟撃きょうげきをうけて、勢い全体の激戦と化さざるを得ません。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
でも——無碍むげには、あしらえなかった。出戻りのお八重は、丈八郎の留守の間を、むさぼるようにたわむれた。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それまでのお志とあらば、無碍むげのお計らいも、却って如何でしょう。せめて、何も知らぬ姫君たちだけでも、おやかたの御意のように、御城外へ出し参らせては……」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羗軍は負け色立つと見るや鉄の針鼠を無数に繰り出して縦横に血のわだちをえがき、むらがる蜀兵をき殺しつつ、車窓から連弩れんどを射放って、敵中無碍むげに走り廻るのであった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)