焜炉こんろ)” の例文
旧字:焜爐
こは如何いかに……眼をまわしているのは無茶先生で、そこいらには鍋だの焜炉こんろだの豚の骨だの肉だのが一面に散らばっております。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
サナはサマと同じに元は窓または目のあるもの、たとえば焜炉こんろの中じきりの網様の底を、近江の北部ではサナと呼んでいる。
食料名彙 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「昼間捕った鶉があるか。あったら、裏の原へ、むしろを敷いて、田楽焜炉こんろに炭火をつぎ、いも串肉くしにくを焼くようにしておけ」
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうして、私は私の尋ねる人に逢う事が出来たのだが形ちは今だに目先にちらつくほど凄かった。但し、青い灯は焜炉こんろに焚いたたどんの焔であった。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
「それでも洋服とは楽でがんしょうがの」と、初やが焜炉こんろあおぎながらいう。羽織は黄八丈である。藤さんのだということは問わずとも別っている。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
老人は土間の焜炉こんろで湯を沸かしながら、おっとりした調子で自分のことを語った。——弥五郎というのが本当の名で、若いじぶんから船頭になった。
しじみ河岸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
見ると、そこに、不器用な手つきで、焜炉こんろあおって何物をか煎じつつあるその男は、これはずいぶん変っていました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あちこち見廻して声の出どころを探すと、いつの間にか、商用の重役らしい三人づれが一卓を占めて、牛鍋のアルコホル焜炉こんろをかこんでいるのだった。
この間台所でにぎやかな物音を立て何か支度をしていた鼈四郎べつしろうは、ふすまを開けて陶器鍋とうきなべのかかった焜炉こんろを持ち出した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
……島田髷しまだ艶々つやつやしい、きゃしゃな、色白いろじろな女が立って手伝って、——肥大漢でっぷりものと二人して、やがて焜炉こんろを縁側へ。
二、三羽――十二、三羽 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それからお定は吩咐いひつけに随つて、焜炉こんろに炭を入れて、石油を注いで火をおこしたり、縁側の雨戸を繰つたりしたが
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ぴかぴか光った電熱料理焜炉こんろと、真白に塗装された電気冷蔵庫とがあるだけで、きちんと片づいた台所である。
アラスカ通信 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
土の焜炉こんろや瀬戸引の洗面器、時には枯れた鉢植の置かれてある部屋々々の窓が規則正しく配列されてなくて
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
昼飯の支度をするのもものうい。ぼんやり寐ころんでいる。ふと ああよく体を大事にしてといった と思い出して力なく焜炉こんろに火をおこしはじめた。飯をかける。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
彼はその手を鍋の下へ伸ばして、葉牡丹はぼたんのように重なった葉巻の灰の層をどさりと焜炉こんろの水に落した。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
信州にはじめて入ったM君は、炬燵櫓こたつやぐらの上に広盆しいて、焜炉こんろのせての鳥鍋をめずらしがっていた。
雪の武石峠 (新字新仮名) / 別所梅之助(著)
配縄はいなわを投げ終わると、身ぶるいしながら五人の男は、舵座かじざにおこされた焜炉こんろの火のまわりに慕い寄って、大きなおひつから握り飯をわしづかみにつかみ出して食いむさぼる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一太の母は、不平そうにおこったような表情を太い縦皺の切れ込んだ眉間に浮べたまま次の間に来た。小さい餉台の上に赭い素焼の焜炉こんろがあり、そこへ小女が火をとっていた。
一太と母 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
屋外に焜炉こんろを置いて、室の壁にあけた小穴から鏝を通しては灼熱しゃくねつする。さて右足の拇指おやゆびに焼鏝のてがい、右手で鏝を、左手で竹を動しながら、たくみにす早く絵附けをする。
全羅紀行 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
夕飯には岸本は中根夫婦の帰朝を祝うこころばかりに一同へ鳥の肉を振舞うことにした。女中は母屋おもやの方から食卓だの、食器だの、焼鍋やきなべだの、火を入れた焜炉こんろだのを順に運んで来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
御意ぎょいの変らぬうちにと、私は早速御苦労千万にも近所の薬屋から葛根湯を一包とついでに万古ばんこ焼きの土瓶を買って来て、野郎の面前でガス焜炉こんろへ掛けてグツグツと煮たて始めたが
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
肉を串にさして焜炉こんろの炭火で焙ったところ、脂肪が焼けて濃い煙が、朦霧もうむのように家中へ立ちこめ、そのうえ異様の臭気を発して居たたまらず、細君と子供が真っ先に屋外へ避難
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
また早起きの味がこんなにも爽快そうかいなものとは知らなかった。焜炉こんろに火をおこし、メリーと自分のために野菜を煮るのだが、私の心はまるで幼妻のそれのようにいそいそしているのだ。
犬の生活 (新字新仮名) / 小山清(著)
当時流行のせんたん花ガスは、花のかたちをした鉄の輪の器具の上で、丁度現今いま、台所用のガス焜炉こんろのような具合に、青紫の火を吐いて、美観を添え、見物をおったまげさせていたのだ。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
流しのそばのガス焜炉こんろで、薬罐やかんの湯が煮えたぎっている音が聞こえた。私は身をおこしかけて、割れるような頭痛に気づいた。そのとき、枕もとに一通の封書が置かれているのを見た。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
僕の家で鯛スープを製するには朝一度火を起すばかりで一日その火が持っている。決して二度と火をつぐ必要がない。もしも焜炉こんろや七厘でそれだけの火気を使ったら五、六倍の炭が要る。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
自分がうがいに立って台所へ出た時、奈々子ななこは姉なるものの大人下駄おとなげたをはいて、外へ出ようとするところであった。焜炉こんろの火に煙草をすっていて、自分と等しく奈々子の後ろ姿を見送った妻は
奈々子 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
新太郎は家の軒下を廻って勝手口から声をかけようとすると、女中らしい洋装の女が硝子戸ガラスどの外へ焜炉こんろを持出して鍋をかけている。見れば銀座の店で御燗番をしていたお近という女であった。
羊羹 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
机の前に戻ろうとして、ふと私は部屋の隅に赤くびたガス焜炉こんろがあるのに眼をとめた。部屋で自炊じすいができるようにガスが引いてあるのだ。私は、そうだ、こいつは火鉢の代用になるぞと思った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
田代は箸の尻を返して焜炉こんろの火を突ッついた。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
瓦斯がす焜炉こんろ………そらと、こころと
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
誰も彼も石のように黙っている、懲役人のようにむっつりとして重苦しく焜炉こんろ焚口たきぐちのぞいたり屑灰をき出したりしている、絶対に沈黙の労働なのだ
蛮人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
はいはいと寝惚ねぼけ声で答えて、あたふた逸子が出て行く足音を聞きながら、鼈四郎は焜炉こんろに炭を継ぎ足した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「すみませんが、鍋と焜炉こんろを貸してくれませぬかなあ。飯を喰べようと思いますが」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これだけの火気を焜炉こんろや七厘で使用したら一時間ごとに炭をつがねばならん。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
焜炉こんろを座敷の真中へ持ち出し、ミサ子はその中で柳がおいて行ったものを焼いている。割烹前掛をかけた両膝を焜炉のふちへ押しつけるように蹲んで、ミサ子はだんだん燃える紙に目を据えている。
舗道 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
瓦斯がす焜炉こんろほのかにゆる。
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「なにもうこれでおしめえだ、いいから坐っててくんな」「火はもう起ってるのか」「これからだ」「それじゃあそいつをおれが引受けよう、焜炉こんろは台所だったな」
恋の伝七郎 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
片隅かたすみ焜炉こんろで火をおこして、おわんしるを適度に温め、すぐはしれるよう膳をならべて帰って行く。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
銭湯で汗をながして、さっぱりして帰ると膳ごしらえが出来ていた。あじの酢の物にもろきゅう、烏賊いかさしにさよりの糸作り、そして焜炉こんろには蛤鍋はまぐりなべが味噌のいい匂いを立てていた。
ゆうれい貸屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)