わたり)” の例文
この俳句にては「わたり」の字の意義を転用しておぢやるといふ事には用ゐず、橋を渡るの渡る意に用ゐ、以て口あひとなしたるなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
其處からおいでになつて、走水はしりみずの海をお渡りになつた時にそのわたりの神が波を立てて御船がただよつて進むことができませんでした。
万年町の縁の下へ引越ひっこすにも、尨犬むくいぬわたりをつけんことにゃあなりませぬ。それが早や出来ませぬ仕誼しぎ、一刻も猶予ならぬ立退たちのけでござりましょう。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今猪野のお辞儀したわたり弁護士も、担任弁護士の一人であり、彼によって東京の名流が、土地の法廷へも出張して、被告猪野の弁護にもったのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
六二さしも伊吹の山風に、六三旦妻船あさづまぶねぎ出づれば、芦間あしまの夢をさまされ、六四矢橋やばせわたりする人のなれさををのがれては、六五瀬田の橋守にいくそたびか追はれぬ。
もよほしけるが三日もくれはや四日となりにける此日は早天さうてんより長閑のどかにて四方晴渡はれわたり海上青疊あをだたみを敷たる如くあをめきわたりければ吉兵衞も船頭せんどう船表ふなおもてへ出て四方をながなみしづかなる有樣を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ともを擦り、ふなべりを並べる、その数は幾百艘。ほばしらは押並び押重なって遠くから見ると林のよう。出る船、入る船、積荷、荷揚げ。沖仲仕がわたり板を渡っておさのように船と陸とを往来ゆききする。
折から向ふより庵僧とも覺しき一個ひとりの僧の通りかゝれるに、横笛、わたりに舟の思ひして
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
(ホ)谷方・渡方 因幡いなば八頭やず郡河原村大字谷一ツ木及びわたりひと、この地は大川に接しているから渡は文字通りにも解することができるが、ワダは必ずしも水辺には限らぬ地名である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
むかしの『澱川よどがわ両岸一覧』という絵本に、これより少し上流に狐の渡しという渡船場があったことを記してわたりの長サ百十けんと書いているからここはそれよりもっと川幅がひろいかも知れない。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「死」にはらわたりのしろと、船人ふなびとにとらさむも。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
このときにわたりおうな
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
何だか気がとがめたから入りにくくッていたんだけれど、深切にいっておくんなさるから、白状すりやわたりに舟なんで、どうも凍えそうでたまらなかった。
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれその國より上りでます時に、浪速なみはやわたりを經て、青雲白肩しらかたの津てたまひき。この時に、登美とみ那賀須泥毘古ながすねびこ、軍を興して、待ち向へて戰ふ。
正太郎今はして九六黄泉よみぢをしたへども九七招魂せうこんの法をももとむる方なく、仰ぎて古郷ふるさとをおもへば、かへりて地下ちかよりも遠きここちせられ、九八前にわたりなく、うしろみちをうしなひ
「死」に払ふわたりのしろと、船人ふなびとにとらさむも。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
山の神や、小児連中こどもれんじゅうあごが干上るもんですから、多時しばらく扶持ふちを頂いて来いって、こんなに申しますので、お言語ことばわたりに舟、願ったりかなったりでございます。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれその軍、悉に破れて逃げあらけぬ。ここにその逃ぐる軍を追ひめて、久須婆くすばわたり一一に到りし時に、みな迫めらえたしなみて、くそ出でて、はかまに懸かりき。かれ其地そこに名づけて屎褌くそはかまといふ。
そういう風だから山手のても下町も、千住せんじゅの床屋でまで追出されやあがって、王子へきますとね、一体さきさきわたりがついてるだけにこちとらの稼業はつきあいが難かしゅうがす
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つんぼひがみの向腹立むかっぱらたちが、何おのれで、わたりをききも、尋ねもせず、足疾あしばやにずかずかと踏掛ふんがけて、二三間ひょこひょこ発奮はずんで伝わったと思うと、左の足が、ずぶずぶと砂に潜った。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)