むく)” の例文
ところが、坂の七合目あたりに、崖の横から出ているむくかしわの木か、何しろ喬木の一枝が、わざと道の邪魔しているように横へ出ていた。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
御城の杉の梢は丁度この絵と同じようなさびた色をして、おほりの石崖の上には葉をふるうたむくの大木が、枯菰かれこもの中のつめたい水に影を落している。
森の絵 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
月は前の晩と同じように、綺麗きれいに輝いていました。昼間のように遠くまで見渡せました。二人は八幡様の前へ行って、例のむくの木を見上げました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
その他冬青木もち、椿、楢、はぜおうちむく、とべら、胡頽子ぐみ、臭木等多く、たらなどの思ひがけないものも立ち混つてゐる。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
啄木鳥きつつきむくの木をつついている。四十雀しじゅうからが枝をくぐっている。閑古鳥が木の股でいている。そうして池には蛙がいる。おはぐろとんぼが舞っている。
畳まれた町 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
すると側にゐた須世理姫が、何時の間に忍ばせて持つて来たか、一握りのむくの実と赤土とをそつと彼の手へ渡した。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
旦那の家の裏門のすぐ傍らには、胴まわりがふた抱えもあるような、太い、高い、むくの樹がそびえている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
オコはわたしたちのほこといっているもの、およびむくという木の名などと関係のある言葉らしい。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
高知市外の潮江うしおえ天満宮には、むくえのきの並木があった。大粒で肉付きのよい椋の果は小粒で色の美しい榎の果より、はるかに甘く、一合も食べたら、結構おやつの代りになった。
甘い野辺 (新字新仮名) / 浜本浩(著)
この時にお妃がむくの木の實と赤土とを夫君に與えましたから、その木の實をやぶり赤土を口に含んで吐き出されると、その大神は呉公をい破つて吐き出すとお思いになつて
西側は、けやきむくえのきなどの大樹が生い茂り、北側は、濃い竹林がおおいかぶさっている。
桑の虫と小伜 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
新二郎 おたあさん、今日浄願寺のむくの木で百舌もずが鳴いとりましたよ。もう秋じゃ。……兄さん、僕はやっぱり、英語の検定をとることにしました。数学にはええ先生がないけに。
父帰る (新字新仮名) / 菊池寛(著)
私どもはイツモお城の石垣を登って御本丸のむくの実を喰いに行きますので、あの中の案内なら、親のうちよりも良う知っております。私どもにランプの石油を一カンと火薬を下さい。
近世快人伝 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そのなかで一本むくの樹の幹だけがほの白く闇のなかから浮かんで見えるのであった。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
彼は、そこにそびえているむくの木の根方を、ありあわせの石のかけらで急いで掘った。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ヒルガホの嫩葉。ツクシ。アカザ(嫩葉及び果實)。カタバミ。ネズミモチの實(り粉にしてコオヒイの代用)。ヨメナの新芽。むくの新芽。桑の新芽。柿の新芽。オホバコ。イヌガラシ。
すかんぽ (旧字旧仮名) / 木下杢太郎(著)
遂に崇徳院すとくいんの御宇長承二年四月七日のうまの正中に母の秦氏悩むことなくして男の子を生んだ。その時紫の雲が天にそびえ、邸のうち、家の西に元が二肢ふたえだあって末が茂り、丈の高いむくの木があった。
法然行伝 (新字新仮名) / 中里介山(著)
寺の地面うちだけでも、松、杉、かえで銀杏いちょうなどの外に、しいかし、榎、むくとちほおえんじゅなどの大木にまじって、桜、梅、桃、すもも、ゆすらうめ、栗、枇杷びわ、柿などの、季節季節の花樹や果樹があった。
果樹 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「そんだら、むく達者たつしやで暮らせ……そんだら/\!」
椋のミハイロ (新字旧仮名) / ボレスワフ・プルス(著)
むくの葉で手触りのないように仕上げるのである。
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
からすむくこずゑに日は入れど、君は来まさず。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
野良犬ならば、すぐ跳び越えられるように、崩れている所もある。かずらからんでいるむくの樹の上で、キチキチと、栗鼠りすが啼いた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むくの木の所へ行って見上げると、椋鳥むくどりも何にもとまっていないで、ただわずかな葉が淋しそうについているきりでした。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「生きながらすぐに打ちこむひしこづけ」「むくの実落ちる屋根くさるなり」なども全く同様な例である。こういう重複はもちろん歓迎されないものである。
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
宮のまはりにあるむくの林は、何度となく芽を吹いて、何度となく又葉を落した。其度に彼はひげだらけの顔に、いよいよ皺の数を加へ、須世理姫は始終微笑ほほゑんだ瞳に、ますます涼しさを加へて行つた。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
我邦わがくにではすべてホコまたはムホコであったのを、武器にはホコといい、他の棒はオコといって区別をしたので、むくを削ってホコにするのにてきした木だったからこの名があり、現にまた
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
きじ六、石丸、むく衛門えもんなど、六波羅方の動静を、日夜うかがいおりましたるところ、今夜にいたりまして活溌となり、早馬数騎鎌倉さして、馳せ下るよう見うけましたれば、途中に要して取って抑え
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ここにその妻、むくの木の實と赤土はにとを取りて、その夫に授けつ。
そしてのっそり、崖の上のむくの木のところまでいった。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ぷいと引き返して、小溝のめぐる石垣のすそを馳けだし、少し勾配のついた坂道をのぼりましたが、やがてふり仰いだむくの大木。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋も末のことですから、むくの木の葉はわずかしか残っていませんでした。その淋しそうなはだかの枝を、明るい月の光りがくっきりと照らし出していました。
狸のお祭り (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
この榎樹から東の方に並んで数本の大きなむくの樹があった。椋の実はちょっと干葡萄のような色と味をもっている。これが馬糞などと一緒に散らばっているのを平気で拾って喰うのであった。
郷土的味覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
一ぽうを見ると、そこにすばらしく大きいむく大木たいぼくがある。その高いこずえの一たんがちょうど、鳥居とりい横木よこぎにかかっているので
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たちまち、むくの大枝に両手を伸ばした。そして、ぶらんと、牧渓猿もっけいざるのごとき曲芸を演じるかと見えたのもほんの一瞬。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
塀を越えたはずみに弦之丞、右の肩をむくの枝にはねられて、まだえきらぬ鉄砲傷、抱きしめてキッと唇を噛んだ。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
枝におもりをかけられて強く曲ったむくの木が、ばさッと水玉の粒を散らして、元の姿勢にハネ返ったかと思うと——
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むくの葉のしずくが、背にこぼれた。ぶるっと、何げなく、築地のうちの屋根の棟を振り向いた。しかし、さっきの光りものも見えない、何の異も見出せなかった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むくの大木の梢から丈余の高塀たかべいを跳び越えて、切支丹屋敷の中へ紛れ込んでしまったのです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぎんのようなひげあごからたれて風をうけているのが、そのときには、下からもありありとあおがれた。老人ろうじんはやがてむくこずえにすがって、蜘蛛くもがさがるようにスルスルとりてきた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
巨大な門も築土ついじも、彼にかかっては何の用も果していない。時遷はいつのまにか大きなむくノ木のこずえに、栗鼠りすみたいに止まっていた。どこかの城楼で時の太鼓がにぶく鳴っている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わかっているといいながら、小文治のワクワクしているむねのうちもさっしなく、居士はゆうぜんとむくの木のに腰をすえて、目を半眼はんがんにとじ、あご銀髯ぎんぜんをやわらかになでている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むくの木の上には、天蓋の虚無僧、すぐその後に、手をのばして叫んでいる。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋の深さを告げる黄色いむくかしわの葉が、同時に上からバラバラ降った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
パラパラッと青いむくの実と、そして、椋の葉の露がこぼれた。
鳴門秘帖:06 鳴門の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)