手巾ハンカチ)” の例文
時に依つて萬歳の叫喚で送られたり、手巾ハンカチで名殘を惜まれたり、または嗚咽でもつて不吉な餞を受けるのである。列車番號は一〇三。
列車 (旧字旧仮名) / 太宰治(著)
警部は、手箱と、二本の髪の毛と、「タニムラ」と縫いのしてある女持の絹手巾ハンカチとをテーブルの上にならべ、刑事の顔を見て言った。
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
なかでも、波止場はとば人混ひとごみのなかで、押しつぶされそうになりながら、手巾ハンカチをふっている老母の姿をみたときは目頭めがしらが熱くなりました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
手巾ハンカチ目頭めがしらにあてている洋装の若い女がいた。女学校のときの友達なのだろう。蓬々ぼうぼうと生えた眉毛まゆげの下に泣きはらした目があった。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
それは、現場のブレント入江クリイクの草原で残雪にまみれて発見された「男持ちの血染めの手巾ハンカチ、白地に青い線で縁取った大判の、木綿の安物」
双面獣 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
あたかも、手品師が、開いた手に手巾ハンカチをかぶせ、何やら呪文を唱えた末、パッとそれを除ければ、掌にはキレイな小鳥——それそっくり。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
とも知らずあとへ入って来た一人の士官が不図自分の手巾ハンカチが落ちたと思ってポケットへ入れてしまった。彼は舞踊の席へ戻る。
靴足袋、玩具、甘蔗の茎、貝釦かいボタン手巾ハンカチ、南京豆、——その外まだ薄穢い食物店が沢山ある。勿論此処の人の出は、日本の縁日と変りはない。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
居間ではエリスが手巾ハンカチを眼にあてて、深い椅子に腰を下ろしたまま、じっと首垂うなだれていた。ビアトレスと坂口は言葉もなく、その傍に佇んだ。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
やがて、女は独りごとのようにいうと、敏捷な手つきで、白い手巾ハンカチを前髪の上にひろげた。その日、女は濃紺の細いタフタで、髪を束ねていた。
昼の花火 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
「僕は先日こなひだ電車のなかで女史が落した手巾ハンカチまでも拾つてやつたんだ。加藤が何をした、奴はその折夕刊を読んで知らん顔をしてたぢやないか。」
靜子は妹共と一緒に田の中の畦道あぜみちに立つて、手巾ハンカチを振つてゐる。妹共は何か叫んでるらしいが、無論それは聞えない。智惠子は無性に心が騷いだ。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
令孃はおれの顏をちらと御覽になつたが、それから書物の方へ視線を移される途端に、手巾ハンカチを下へお落しになつた。
狂人日記 (旧字旧仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
「まあ、御精が出ますねえ。」そう云って、園子はそっと香水をにじませた手巾ハンカチを鼻さきにあて、再び二階へ上った。きっちり障子を閉める音がした。
老夫婦 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
遠くで、遅い柳絮りゅうじょが一面に吹き荒れた雪のように茫々として舞い上った。彼はこっそりと盗んでおいた宮子の手巾ハンカチをポケットから取出すと鼻にあてた。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
日本へ着いたら絹の靴下だの手巾ハンカチだの沢山に占領して、飛行機に積めるだけ積んでネ、お土産にちょうだいよ、ネ
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
と、こうべを垂れて、ハッと云って、俯向うつむせなを、人目も恥じず、と抱いて、手巾ハンカチも取りあえず、袖にはらはらと落涙したのは、世にも端麗あでやかなお町である。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
手巾ハンカチを顔に当てても何の甲斐かひもなかつたことをいつてゐることをおもひだして、幾らか心を慰めたのである。
ヴエスヴイオ山 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
菊江は白い小さな歯をした青年の口元を浮べたところで、己の足がもう野菜店やおやの店の中へ入っているので、驚いて三個の褐腐こんにゃくを買って、それを手巾ハンカチくるんで出た。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
わし掴みにしたキャラコの手巾ハンカチでやけに鼻面を引っこすり引っこすり、大幅に車寄の石段を踏み降りると、野暮な足音を舗道に響かせながらお濠端ほりばたの方へ歩いて行く。
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
激しく手巾ハンカチをふつてゐたが、凡太も亦、彼はデッキのステップに身を出して龍然に目礼を送りながら、目に光るものの溢れ出るのを、どうすることも出来なかつた。
黒谷村 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
顔には気障とか気取りとか威張った容子もなく、時々、手巾ハンカチをつかうような人でもなかった。
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
手巾ハンカチと一緒に小さな紙片のまるめたのが飛び出して来たので、その皺をのばして見ると、それは会社の便䇳紙で、何と次のような片仮名が、電報みたいに並んでいるのでした。
四月馬鹿 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
すると彼女は三等室の窓の外へ體躯を伸ばしてたやすく彼の眼につくやうに、手巾ハンカチで合圖をした。出來る限り長い間、その孫の青黒い姿の見える限り、彼女は彼に眼をそゝいだ。
アピア市中では赤い手巾ハンカチが売切になって了った。赤ハンカチの鉢巻が、マリエトア(ラウペパ)軍の制服なのだ。顔を黒く隈どった赤鉢巻の青年達で、市中はごった返している。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
やがて宝鏡先生が校長に代って壇に立ったが、その顔はいくぶん蒼ざめてこわばっていた。先生は、先ず手巾ハンカチで顔の汗をふき、どこを見るともなく、その大きな眼をきょろきょろさせた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
侍女の差し出した手巾ハンカチで顔を掩いながら烈しい嗚咽おえつを洩らしているのであります。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
細君は真赤に泣きはらした眼を伏せて、手巾ハンカチで鼻と口を覆ひながら降りて来た。
監獄挿話 面会人控所 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
久米は学生時代から、既に多少の文名を馳せてゐたし、芥川は大正五年の九月に、僕が時事へはる一月前に「新小説」に「芋粥」を出し、十月には「中央公論」に「手巾ハンカチ」を出してゐた。
世に出る前後 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
僕は何となく芥川龍之介の『手巾ハンカチ』を思ひ出した。女は自分の立場の釈明や、周囲の冷眼に対する反発をこの純白のハンカチに託してゐたのだらうか。これも一つの作劇術に於ける臭味かもしれない。
車中も亦愉し (新字旧仮名) / 小津安二郎(著)
ドウナルドは手巾ハンカチあぶみを造り、虎の頭の上で跳ね躍りました。
時に依って万歳の叫喚で送られたり、手巾ハンカチで名残を惜まれたり、または嗚咽おえつでもって不吉なはなむけを受けるのである。列車番号は一〇三。
列車 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「大原の持っていた手巾ハンカチを君はどう説明する? 仮りに断髪の女が大原に麻酔をかけたとしても、その手巾ハンカチは別の女のものじゃないか」
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
だがそれは全くの事実で、生命いのちまでもと思ひ込んだ男女の恋なかが、もとは落した手巾ハンカチを拾つてやつた位の事に過ぎないのは世間によくある事だ。
そうして相手が気のつかないように、そっとポケットへ手巾ハンカチをおさめた。それは彼が出征する時、馴染なじみの芸者に貰って来た、ふちぬいのある手巾ハンカチだった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
モウ五六間も門口の瓦斯燈から離れてよくは見えなかつたが、それは何か美しい模樣のある淡紅色ときいろ手巾ハンカチであつた。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そのために先方からどんな苦情をうけるかと思うと、彼は気が気でないのだと包み隠さずにいって、この寒中かんちゅうひたいにびっしょりとかいた汗を手巾ハンカチぬぐった。
東京要塞 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あなたは、先頃の明るさにひきかえ、一夜の中に、みにくく、年老としとって、なにか人目をじ、泣いたあとのような赤い眼と手にしわくちゃの手巾ハンカチを持っていました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
手巾ハンカチあらつたの、ビスミツト、かみつゝんでありますよ。寶丹はうたん鶯懷爐うぐひすくわいろ、それから膝栗毛ひざくりげ一册いつさつ、いつもたびふとつておいでなさいますが、なんになるんです。
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
手巾ハンカチ笹縁ささへりが、額に淡い三角の影をつくり、女は、豊かな髪を持ち上げるように、両手を首のうしろに廻した。すこし上目づかいに彼をながめ、その唇が笑った。
昼の花火 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
縁に赤い糸で刺繍ぬひとりをした真白な手巾ハンカチを懐ろから取り出して、然るべく用を足すと、またもやそれを几帳面に十二折りに折りたたんで、懐中へ仕舞ひこんだものだ。
東京駅を出、品川辺で、乗込んで居た妹らしい若い婦人も別れを告げると、その細君は、あまり新らしくない白い手巾ハンカチを目に当て、田舎風に、而も真心をあらわして啜泣き始めた。
それから一週間程して、ドリアンはセルビイ・ロイヤルの植物室で、そこの硝子窓に白い手巾ハンカチの如くに貼りついて彼を瞶めているジェームス・ヴェンの顔を見出して気を失って倒れた。
「では貴郎もあの事を御存知ですか」エリスは怖ろし気に手巾ハンカチで顔を覆った。
P丘の殺人事件 (新字新仮名) / 松本泰(著)
咳込んだ口を抑える手巾ハンカチの中に紅いものを見出さないことはまれだったのである。死に対する覚悟に就いてだけは、この未熟で気障きざな青年も、大悟徹底した高僧と似通ったものをっていた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
船が下り出すと、みつ子夫人は河岸からしきりに手巾ハンカチをふった。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
手巾ハンカチはやはり大原の持っていたものでしょう。大原は索物色情狂フェチシストですから、以前その女が店員をしていた頃、取ったのでしょう」
謎の咬傷 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
これはいかんと思って、ポケットから手巾ハンカチを出そうとすると、これはどういうわけか手に力がはいらない。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
白い婚礼麺麭が焼かれたり、布巾ふきん手巾ハンカチがしこたま縫はれたりして、焼酎の樽がころがし出されると、新郎新婦は並んで卓子につき、大きな婚礼麺麭が切られた。
博士はかういつて、その生一本な日本語を使ひ馴れた唇を、雑巾のやうな手巾ハンカチぬぐつて壇を下りた。