庭面にわも)” の例文
しかし光秀はまだ懐紙に手もふれていないし、そのひじは、脇息きょうそくに託し、そのおもては、若葉時特有なそよぎを持つ庭面にわもの闇へ向けていた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
殿をお見送りした後、一人ぎりになって、私はそのままいつまでもその暮れようとしている庭面にわもをぼんやりと見入っていた。
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
栄三郎が雨をすかして庭面にわもを見渡すと、向うにささやかな開きをなしている草むらのあたりに、泰軒を囲んでいるとおぼしき一団の剣光がある。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
九女八は、鷺草の、白い花がポツポツと咲き残るのへ降る雨が、庭面にわもを、真っ青に見せて、もやもやと、青い影が漂うようなのに、きっと心をひかれながら、つぶやいた。
市川九女八 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
むやみな銃声がおこり、筒口から雲のように硝煙が噴きだして庭面にわもいちめんにたちこめた。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
鹿のはしるような物音が寺園の奥に響いた。その跫音を追いまわしていた一僧は、やがて息をあえぎながら茶屋の庭面にわもへ駈けて来て
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日ねもす何か憂わしげな様子で庭面にわもなど眺めながら暮らしているかと思うと、次ぎの日は小弓の遊びなどに出かけて往って
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
横川の河岸に散っていったらしく、つめたい気をはらむ風がびんをなでて、つい、いまし方まで剣渦戟潮けんかげきちょうにゆだねられていた、庭面にわもには、かつぎさられた御用の負傷者の血であろう、赤黒いものが
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
然し今は、努力はしない、たとて何にもならないからだ。庭面にわもへは春風が訪れて来ている、彼は心を春風の中に遊ばせていた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんな庭面にわもはまだほの明るかったが、気がついて見ると、部屋のなかはもうすっかり薄暗くなっていた。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
八月の庭面にわもはもう秋草だった。酔っぱらいたちが静かになると、虫の音がすだき始める。草の根にまで白い夜露が降りていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その善信が、かなり長い時間にわたって、庭面にわもの暮れるのもわすれて、自己の信念を説き聞かせていると、人々は、いつか、涙をながして
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
よそに聞きながら、庭面にわもの緑を見つめていた。公の事については、一切、口をさし挾まないことが、貞淑であり、婦徳とされているのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何の、庭面にわも、廊下、到る所を、人数をもって取り囲ませ、多少の傷負ておいを出しましょうとも、眼をつぶって刺し奉るほぞを決めてかかれば……」
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爺の左近は、そばでふとおもてを庭面にわもへそらした。時ならぬ朝霜はもうあとかたもない。けれど爺ははなをすすっていた。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭面にわもや廊下先に、人の気勢けはいがないかあるかを、耳を澄まして確かめるためだった。やがて、ずっと低い声でこう云った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たそがれの庭面にわもには、ところどころに、土佐派の絵師が屏風びょうぶに盛った雪のように、白いまだらが厚く消え残っていた。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、その箸をもって、料理の一品をはさんで、庭面にわもへ投げやると、そこにいた飼犬が、とびついて喰べてしまった。
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
声を聞いて、そこから庭面にわもへ出て来たのは、呉用学人ごようがくじん公孫勝こうそんしょう劉唐りゅうとうの三名だった。——晁蓋は彼らを指さして
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
武蔵は、なるべく眼をうごかすまいとしても、つい、格天井ごうてんじょうや、橋架きょうかの欄干や、庭面にわもの様や、欄間らんま彫刻ほりなど、歩くたびに、眼を奪われてしまう気がする。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭面にわもを越えた往来に聞えるのである。戞々かつかつと、深夜のしじまを破って通るくつわの響きで眼をさましたのであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
政子は広間の次へ出たが、そこに明りが見えたので、廊を引っ返して、白い衣裳のまま、庭面にわもへ走り出した。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
鹿野文八かのぶんぱちが出て行った。まもなく庭面にわものほうに恟々おずおずした人影が立った。勘太は、貴人に対する礼を知らない。文八に教えられて、いわれるままに地へ坐った。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かいがいしく、もすそをくくしあげた女房が、侍女こしもとひとりをつれて、御台所みだいどころのお使いと称し、その混雑な庭面にわもから、ほの暗い広間の中の人群れを見わたしていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼の母の松波まつなみは、一間のうちから、われを忘れて庭面にわもへ駈け下り、亀一の体を抱きあげて、おろおろと
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭面にわもの木々へ明りが青くさしている。ほかは、墨のように暗かった。白く揺れているのはの花らしい。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山鳩がく。だるい。べつにほかに用もないらしい主君の顔つきなので、彦右衛門は退さがろうとしかけたが、ふと庭面にわもを見ると樹陰から濃い煙が這っては薄れてゆく。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かれは、ふと、庭面にわもの秋草へ、ひとみをこらした。はたと、虫のが一ときにやんだからである。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かすかに、庭面にわも静寂しじまをふるわせて来ると——男はやや焦躁あせり気味に——なお聞きとりにくい声をも聞こうとするように——前後もわすれていつか物蔭から這い出していた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな際とて、お招きしても、何もおもてなしはないが、せめて良い花でも一枝……と、庭面にわも
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
まだほの白い方丈の庭面にわもにあたって、何か、大きな物音がしたのである。つづいて、性善坊の名を呼ぶ声がする、幾度もつづけざまにする、まぎれもなく師の房の声だった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
昼のようだった庭面にわもの月が、うすい雲のまくにつつまれて、月蝕げっしょくの晩のようなほのぐらさでした。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、庭面にわもの障子をあけた小間使いのおりんに向って、二度ばかり同じことばをもらしました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『あれ見よ。貧乏でよいものは、庭面にわも風情ふぜいだけだ。うるがままな秋草のたけは、なんと、われらの風流にふさわしいではないか。さあ、飲もう、みなも、え、酌み合え』
鳴門舞の謡声うたごえより、なお太やかな音声おんじょうをして、阿波守重喜ハッタと庭面にわもにらみすえた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
冬来れば冬枯れる、庭面にわもの移りなど想いながら、ふとそんなことも考えたりしていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、庭面にわもへ下りて、流れにうがいし、髪をなで、衣紋えもんを直してから、いて行った。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし釣殿といえ、寝殿しんでんといえ、こうもち古びているやかたは、洛外らくがいでもめずらしい。ただ、さすがに庭面にわもは、あるじのゆとりというものか、この自然をよく生かし、掃除そうじもとどいて清洒せいしゃである。
そこにたたずんでいたが、だいぶ手間どれるので、何故待たせるのかと疑いながら、広縁へ出て、折ふし冬ざれの寺の庭面にわもに、霜除しもよけをかぶって、ほのかなくれないを見せている寒牡丹かんぼたんなど眺めていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭面にわもも、屋根も、霜が白い。桑実寺くわのみでらの広間小間には、また燈火ともしびを立てている。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭面にわもは暮れかけてくる。広縁やらんに、木の葉まじりの時雨しぐれが時々ふきかける。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ばばが帰ると、小次郎は、ざっと室内を掃いて、庭面にわもへ井戸の水をいた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しずかに、庭面にわもの真ん中に位置をとり、その女性はしゃんと、駒を止めた。
と彼は何気なく窓から半身を見せて庭面にわもを眺めた、と思いがけない人——天降あまくだったかという疑いはこんな時にであろう、こうがい島田しまだに春の陽を浴びて、瑠璃紺地るりこんじに金糸の千草を染め浮かした振袖へ
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小姓達はいわゆるお湯殿ゆどの部屋二間にひかえている。衣服から髪までさばさばそこであらためて彼は橋廊下を戻って来た。と、その下から犬のように跳び出して、宵闇の庭面にわもに土下座した小者がある。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
とまた、腹這はらばいになって、ぽかんと、庭面にわもを見たりしていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
庭面にわもで、付人達の返事がした。迦羅奢がらしやも、今は取り乱して
言いかけて、俊基は、ふと眼を庭面にわもへそらした。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、まだほの明るい庭面にわもきざはしの下で。
しかし依然、庭面にわもの助光を見て。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)