たつみ)” の例文
洛内四十八ヵ所の篝屋かがりやの火も、つねより明々と辻を照らし、淡い夜靄よもやをこめたたつみの空には、羅生門のいらかが、夢のように浮いて見えた。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宇津木兵馬は、七兵衛の約束を半信半疑のうちに、浅草の観音に参詣して見ると、堂内のたつみに当る柱でさわいでいる一かたまりの人の声。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それの革鞄のかぎを棄てた事です。わたくしは、この、この窓からはるかたつみそらに雪を銀線のごとく刺繍ぬいとりした、あの、遠山の頂を望んで投げたのです。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「平、文句がよい——たつみに見えたあの白雲は、雪か、煙か、オロシャ船、紅毛人のいうことにゃ、日本娘に乗りかけて——」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
玄関はたつみの方に向かへり。きはめて古き家なり。この家には出して見ればたたりありとて開かざる古文書の葛籠つづら一つあり。
遠野物語 (新字旧仮名) / 柳田国男(著)
漢の焦延寿の『易林』にそん鶏と為すとあれば、そんけいは巽鶏そんけいだ、けいの字音にって蛙をケイと読み損じて、たつみの方の三足の蛙と誤伝したのである。
その東隣の宅地のたつみの角に、諏訪信濃守の被官人某が、明応七年に地借りをして、小屋を造ったということがある。
養子をするばあいは必ずたつみの方角から選べとか、かなり有名なものでも四五の例はすぐに挙げることができる。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一〇、失せ物はたつみの方のマロニエの根元を探すべし。デイジョンを過ぎ、ボウム駅の手前の、ニュイ・サン・ジャンという町へ着いたのはそれから三日ののちのこと。
玉造口定番ぢやうばんの詰所はたつみに開いてゐる。玉造口の北側である。此門は定番遠藤が守つてゐる。これに高槻の手が加はり、後には郡山こほりやまの三番手も同じ所に附けられた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たつみの隅にある殊に高い塵塚には、草ばかりか、漆の木なぞが自然に生えて、小ひさな森を作つてゐた。
ごりがん (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それをふところにわたくしが相国寺の焼跡に立ったのは、あくる日のかれこれたつみの刻でもございましたろうか。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
画家のたつみ九八郎が、金に困って、自分のアトリエで持物全部を競売にしたことがありました。
人家などどこにも見えず、百姓家さえ近所にはありませんでした。いやたった一軒だけ、数町はなれたたつみの方角に、お屋敷が立っておりましたっけ。それも因縁づきのお屋敷が。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
月のまゆがきりりと寄ると、小気味のいいたつみ上がりだ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
けばたつみに、聖代しやうだい
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たつみの鬼をうちやぶり
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
黒装束くろしょうぞくはみなおどしだににいた若い女子おなご源氏閣げんじかくりこんだ者は、武田伊那丸たけだいなまる身内みうち木隠こがくれたつみ両人りょうにんとあとでわかった。おお、それから鞍馬くらま竹童ちくどう
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
八三 山口の大同、大洞万之丞おおほらまんのじょうの家の建てざまは少しくほかの家とはかわれり。その図次のページに出す。玄関はたつみの方に向かえり。きわめて古き家なり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
汗のある手は当てない秘蔵で、芽の出づる頃より、ふた葉の頃より、枝をめず、ふりは直さず、我儘わがままをさして甘やかした、千代田のたつみ生抜はえぬきの気象もの。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
折々又夏に戻ったかと思うような蒸暑いことがある。たつみから吹く風が強くなりそうになっては又む。父は二百十日が「なしくずし」になったのだと云っていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
それをふところにわたくしが相国寺の焼跡に立つたのは、あくる日のかれこれたつみの刻でもございましたらうか。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
その取落した猪口を拾い取ると、何と思ったか、力を極めて、それを室のたつみの柱の方向をめがけて発止はっしと投げつける。猪口はガッチと砕けて夜の嵐に鳴滝なるたきのしぶきが散るようです。
「冗談いうねえ。ぶら下っているなア、あッち側なんで。……こんなところでたつみあがりになっていねえで、まア、こっちへ来てごらんなせえ。とんでもねえことになっているんです」
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
即ち東南には運気を起し、西北には黄金のいしずえを据える。……真南に流水真西に砂道。……高名栄誉に達するの姿だ。……ひつじさるたつみに竹林家を守り、いぬいうしとらに岡山屋敷に備う。これ陰陽和合の証だ。
鵞湖仙人 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……殿町の家から登城するにはたつみ門が近い、だが、そうすると、馬場下の除村家のそばを通らなければならないので、代二郎はまわり道をして、大手門へ向った。途中の町筋は色めき立っていた。
初夜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
たつみとはまた、方角が悪いじゃありませんか。泰安州へ行くには、どうしたって、梁山泊りょうざんぱくのそばを通ることになる」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寅之丞は当時近習小姓であった。天保十三年壬寅じんいんに生れたからの名である。即ち今の飯田たつみさんで、巽の字は明治二年己巳きしに二十八になったという意味で選んだのだそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
汽車は赤城山あかぎさんをそのたつみの窓に望んで、広漠たる原野の末を貫いていたのであった。——
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たつみの方角にいた一人の若い娘の方に、無二無三に飛びかかってしまいました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それをやろうとしたのが大しくじり、会わせてくれというと、いきなりお粂がたつみあがりに怒りやあがって」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
町屋の屋根に隠れつつ、たつみひらけて海がある。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「では、せんこく帰陣しました山県やまがたたつみのふたり、すぐこれへ召入めしいれましてもよろしゅうござりましょうか」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
水色みずいろにすみわたった五こうの空——そこに黒くまう一ようのかげもなく、ただ一せん、ピカッと熒惑星けいわくせいのそばのほしが、あおい弧線こせんをえがいてたつみから源次郎岳げんじろうだけかたへながれた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「城門をひらけ。たつみ矢倉を除くのほか、持口の守備わずかを残し、一陣に各所から突いて出ろ」
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
暫くすると、いぬいたつみの二つの門から、ひたひたと、夜の潮のように、おびただしい人馬が、声もなく火影ほかげもなく、城内にはいって来た。そしてまた、墓場のようにしんとしていた。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
街の空には、春の雲をって、かりの影が、これもたつみの方へ消えて行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここから千里の外、たつみの方角といえば、そこには、泰安州たいあんしゅう東岳とうがく泰山の霊地がある。一に罪障の消滅を祈り、二に衆生のための浄財を喜捨きしゃし、三に、あきないがてらの見物もして廻りたいと思う。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「ウウム水辺すいへんだな……これよりたつみの方、それも遠くはない所に」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして彼がもっとも注意したらしい所は、東南のたつみの門です。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)