寝惚ねぼ)” の例文
旧字:寢惚
あんずるよりはむがやすいとはよく云ったものです。寝惚ねぼけた遠藤は、恐ろしい毒薬を飲み込んだことを少しも気附かないのでした。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
自分の寝惚ねぼけた頭はこの時しだいにえて来た。できるだけ早く兄の前から退しりぞきたくなった結果、ふり返って室の入口を見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お村が虐殺なぶりごろしに遭ひしより、七々日なゝなぬかにあたる夜半よはなりき。お春はかはや起出おきいでつ、かへりには寝惚ねぼけたる眼の戸惑とまどひして、かの血天井の部屋へりにき。
妖怪年代記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「そんな、寝惚ねぼけたふりしたかて、胡麻化ごまかされまつかいな。リヽーんなはるのんか孰方どっちだす? 今はつきり云うて頂戴。」
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「うん……」夫はわざとらしく寝惚ねぼけたような声をした。「どうも雨の音がひどいなあ。お前もまだ寝られないのか?」
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
殆ど五六ヶ所から、すさまじい火の手が上つて、それが灰色の雨雲に映つて、寝惚ねぼけた眼で見ると、天も地もこと/″\く火に包まれて了つたやうに思はれる。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
しかしてふたたび白の独天下になった。可愛かあいがられて、大食して、弱虫の白はます/\弱く、どんの性質はいよ/\鈍になった。よく寝惚ねぼけて主人しゅじんに吠えた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
寝惚ねぼけ眼で寝具を二つ並べて敷いて去ったあと、葛岡は、自分の分の布団をぐいと片側に寄せ、わたくしの分の布団との間に畳の空地をママえました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
暁近い深い睡眠ねむりに未だ湖水は睡っていた。時々岸のあしの間でバタバタと羽音を立てるのは寝惚ねぼけたばんに違いない。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「わたしは夢を見て、寝惚ねぼけてこんなところへ来てしまったの。そして、だれかに突き飛ばされて気がつきましたのよ。けれども、それも夢かもしれませんわ」
宝石の序曲 (新字新仮名) / 松本泰(著)
しかもこんな目に遇ったのは、何も私ばかりじゃなく、私の知人の間にも、三四人はいようと云うのです。して見ると、まさか電車の車掌がその度に寝惚ねぼけたとも申されますまい。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
男は越中ふんどし一本、女は腰巻一枚、大の字なりになり、鼻から青提灯あおぢょうちんをぶら下げて、惰眠をむさぼっている醜体しゅうたいは見られたものではない。試みに寝惚ねぼけ眼をこすって起上った彼等のある者をつかま
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
分光器にかけて分析した帝展の日本画が果してみんなそれぞれに充分飽和サチュレートした特色を含んでいるだろうか。それともいくら分析してもどこまでも不飽和な寝惚ねぼけた鼠色に過ぎないだろうか。
帝展を見ざるの記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それが或日まるで変った音がした。言って見れば、今までのが寝惚ねぼけた音なら、今度のは目のめた音である。お母様が隣の奥さんにその事を話すと、あれは琴を商売にしている人ではない。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「梨の実と間違えて、皮をいちゃア困ります」と寝惚ねぼけていた。
悪因縁の怨 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
「おい、おい。」と寝惚ねぼけた声をして、一人を起こし出した。
遠野へ (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
寝惚ねぼけなさんすな
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そんな、寝惚ねぼけたふりしたかて、胡麻化ごまかされまっかいな。リリーんなはるのんか孰方どっちだす? 今はっきり云うて頂戴ちょうだい。」
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
自分は寝惚ねぼけた心持が有ったればこそ、平気で彼の室を突然開けたのだが、彼は自分の姿を敷居の前に見て、少しもいかりの影を現さなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はいはいと寝惚ねぼけ声で答えて、あたふた逸子が出て行く足音を聞きながら、鼈四郎は焜炉こんろに炭を継ぎ足した。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と聞こゆるは寝惚ねぼれたる女の声なり。白糸は出刃を隠して、きっとそなたを見遣みやりぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
巡査は四十ばかりの、flegmatiqueフレグマチック な、寝惚ねぼけたような、口数を利かない男で、純一が不平らしく宿屋に拒絶せられた話をするのを聞いても、当り前だとも不当だとも云わない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こえをかけると、安さんは寝惚ねぼけた様な眼をあげて
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「ですから、なお変ですわ。そんな沢山写真があったなんて。きっとあなたは寝惚ねぼけていらっしったのよ。あなたのお写真は一枚丈け、大切に抽斗の中の手文庫にしまってあるのですもの。一体あなたの御覧なすったという抽斗はどれですの」
接吻 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
やっぱり寝惚ねぼけて
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼はそのくらい興をましながらまだそのくらい寝惚ねぼけた心持を失わずに立っていたが、やがて早く下宿へ帰って正気の人間になろうという覚悟をした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫の心持の変化は大概諒解りょうかい出来ますねんけど、いったい光子さんどういうつもりでいなさったのんか、そらまあ、ほんまに半分は寝惚ねぼけてなさって、ほんその時の出来心やったのんか
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
(何を寝惚ねぼけているんです。しっかりするんです。)その頃の様子を察しているから、お京さん——ままならない思遣りのじれったさの疳癪筋かんしゃくすじで、ご存じの通り、いちうちの眉をひそめながら
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
此の長々しい叱言こごとが、母親の口から出て階段を駈け上り、寝惚ねぼけた私の耳へ口惜しそうに喰い付くだけなら料簡も出来るが、壁一重のお隣に住んで居るお琴さんにまで聞えるかと思うと
The Affair of Two Watches (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
奥方様のほか誰方どなたもおいでがないと、目を丸くして申しますので、何を寝惚ねぼけおるぞ、てまえが薄眠い顔をしておるで、お遊びなされたであろ、なぞと叱言こごとを申しましたが、女いいまするには、なかなか
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
二日目の昼過ぎお梅どん母家おもやの方い行ってて、夫は私の寝顔見ながら団扇うちわはい追うてた、そしたら光子さんが寝惚ねぼけたように「姉ちゃん」いいながら私の方い寄ってうとしなさるのんで
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
寝惚ねぼけたように云うとひとしく、これも嫁入を恍惚うっとりながめて、あたかもその前に立合わせた、つい居廻りで湯帰りらしい、島田の乱れた、濡手拭ぬれてぬぐいを下げたしんぞすそへ、やにわに一束の線香を押着おッつけたのは
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
部屋が廣い上に燈明が一つぼんやりともっているだけで、衝立の此方こっち側は濃いやみになっていたから、主膳がちょっと寝惚ねぼまなこを開けたくらいでは、法師丸の寝床がからになっているのが分る筈がない。
当人寝惚ねぼけている癖に、ひと目色めつき穿鑿せんさくどころか。
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
寝惚ねぼけて足の裏をめたってね」
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
と、寝惚ねぼけた声で云うのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)